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第8章:目覚めの兆し

第1話:退けぬ戦士たち

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――大王歴1200年10月19日 アンゴリア大王国 首都:アウクスブルグにて――

 上覧武闘会では四日間に渡り、第1回戦が繰り広げられることとなる。本大会のスペシャルゲストである神槍:ブリトニー=ノーガゥは危なげなく勝利を掴み取り、第2回戦へと駒を進めていた。彼を倒せば、開拓軍の代表者となれるわけだが、老いたといえどもさすがに『神槍』と呼ばれるだけはあり、第1回戦の相手はなすすべなく倒されることとなる。そんな完勝に近い勝利を得たブリトニー=ノーガゥたちに対して、観客たちは拍手を惜しみなく送る。だが、少しばかり熱はこもっていないようにも感じるブリトニー=ノーガゥであった。

(う~む。もう少し、相手に華を持たせてやるべきでしたかねえ? でも、手を抜くと主アンゴルモア大王から叱責を喰らいそうですし……)

 神槍:ブリトニー=ノーガゥとしても、ウサギに対して、獅子が全力を出さねばならぬ状況へと追いやられていたのである。それは第1回戦・第1試合で観客の声援を独り占めした男が存在したからである。だからこそ、神槍ここにありという戦いぶりをしろと主アンゴルモア大王から厳命されていたという経緯があったのだ。そのため、相手の立場をおもんばかるようなことは出来ずに圧勝せざるをえなかったのだ。

 そんな彼の事情を置いておいて、第1回戦は進んでいく。そもそも、この第1回戦で勝利した時点で開拓軍の幹部入りは決まったも同然であった。だが、戦士たちにとって、ここからさらに厳しくなっていく。開拓軍入りは確定したが、そこでの序列が変わってくるからだ。序列が上ならば、支払われる給金も倍々となっていく。一介の浪人風情にしか過ぎない戦士にとっては、給金の過多は死活問題ともなってくる。

 上覧武闘会に出場する戦士たちはお互いにライバルの関係なのである。戦士たちにとって名誉は大事であるが、それ以上に喰っていかなければならないのだ。この先の地位向上のためにも、出来る限り上へと勝ち進まねばならない。上覧武闘会に出場するような戦士ならば、軍に入れば良いじゃないかと言われるかもしれないが、その場合は一兵卒からのスタートなのである。そこで何年も自分よりも実力が下の者に顎で使われるのは納得いかないのは当たり前であろう。

 だからこそ、予選大会でしのぎを削り合い、本戦へと駒を進めてきたのだ。そして、その野望は膨らむことをやめようとせず、さらに上へ上へと高みを目指していくことになるは致し方ないと言えよう。戦士たちは1回戦を突破したからといって、眼の輝きを失ってはいなかった。いや、それまで以上にギラついていたのである。そして、そんな戦士たちが集う控室の雰囲気が日ごとに悪くなっていくのは当然と言えば当然であった。

 ピリピリと肌が焼け付くような感触をロック=イートも感じていた。皆が生き急いでいる。そんな感覚をロック=イートは肌で感じていたのだ。だが、そんな緊張感に包まれている控室へ飛び込んでくるや否や、ロック=イートに抱き着く人物が二人居た。

「あ~。わたくしの騎士様。バナナジュースを持ってきたのですわ。ごっくんと一気飲みしてほしいのですわ」

 リリー=フルールが木製のジョッキいっぱいに注ぎ込んできたバナナジュースを無理やりロック=イートに飲ませようとする。ロック=イートは何かを言わんとするまえに口をバナナジュースで塞がれてしまう。ロック=イートがバナナジュースの波に溺れそうになっているところを、助けるべくヨーコ=タマモが動く。

「おぬしは何をしておるのじゃ。試合前のカロリー摂取と言えば、赤マムシの一気食いに決まっておるのじゃ。ほれ、ロック。わらわが丹精込めて焼いた赤マムシの串焼きを食べるのじゃっ!」

 リリー=フルールを無理やりロック=イートの身から剥がしたヨーコ=タマモが、ロック=イートの口の中に赤マムシの串焼きを無理やり捻じ込みだしたのだ。ロック=イートはふごー! ふごー! と抵抗の意思を示すのだが、それでもヨーコ=タマモはその手を止めようとはしなかったのである。そして今度はリリー=フルールがヨーコ=タマモを無理やりロック=イートの身から引きはがし、またもやロック=イートの口の中にバナナジュースを注ぎ込んでいく。

 ロック=イートは眼でセイ=レ・カンコーに助けてくれという意思を伝えているのだが、セイ=レ・カンコーはロック=イートから顔を背け、同時に視線をも外してしまう。視線を外されたロック=イートは眼を白黒とさせる他無かったのである。もし彼女たちを静止しようものなら、セイ=レ・カンコーは彼女たちからあらん限りの罵声を浴びせられるのは眼に見えていた。ならば、犠牲者はロック=イートだけで良いだろうということで、関わり合いになろうとしなかったのだ。

 ロック=イートがリリー=フルールとヨーコ=タマモからの精神的な攻撃も含めての労いをされてから10分もすると、ようやく彼女たちは落ち着きを取り戻す。急に騒がしくなった控室を嫌う戦士たちが白い眼で彼女たちを見続けたのが功を奏したとも言えよう。

「うう……。わたくしとしたことが場の空気も考えずにはしゃいでしまいましたわ……」

「うう……。わらわも一端の戦士だというのに、われを忘れていたのじゃ。皆、すまぬのじゃ……」

 美女二人が頭を下げたことで、控室に居る戦士たちも留飲が下がることとなる。そして、彼らはそれぞれに調整を再開しだす。リリー=フルールは彼らの邪魔となってしまったことに後悔の念を少なからず抱くことになる。そんなしょげ気味の彼女に対して、覆面の戦士がずかずかと歩いてきて、リリー=フルールの金髪をわしゃわしゃと掻きまわしだす。

 リリー=フルールは何事ですの!? と驚くことになるが、覆面の戦士は口の端をニヤリと歪め、彼女から離れるや否や、今度はロック=イートに近づいていく。そして、ロック=イートがその覆面の戦士が接近してくることに驚いている内に、その戦士はスッと彼の間合いの内側に入り込む。

「ロック。久々に顔を見れたと思ったら、大層な美人に囲まれているわね。あたしとしては嫉妬を覚えちゃうわよ?」

 覆面の戦士が口から出す声は女性のモノであった。そして、ロック=イートはその声に懐かしさを覚えてしまう。だが、そんなロック=イートに対して、覆面の戦士は突然、ロック=イートの右の義腕をひねるように掴み、彼の腹に自分の背中から腰部分を当てて、よいしょとばかりに一本背負いをかましてしまうのであった……。
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