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第7章:上覧武闘会・開催

第10話:売名行為

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「お、おい。今、あいつ、ロケットパンチって言ったよな?」

「ああ、俺も聞いたぞ。かの拳聖:キョーコ=モトカードが最も得意としている必殺技だったはずだ……」

 上覧武闘会の会場は勝者であるロック=イートに対して、拍手喝采とならずに、それよりもどよめきが沸き起こっていた。この第1回戦・第1試合を遠巻きに見ていた他の参加者たちが、ロック=イートがロケットパンチを放ったことで、互いに意見交換しだしたのである。そして、観客たちの中でも武道通の者たちが、アレはロケットパンチに違いねえっ! と席から立ち上がり、興奮したままにそう叫ぶ。

 どよめく観客たちを見つつ、ほくそ笑む男が居た。それはコープ=フルールであった。彼はここ十数年で一番の邪悪な笑みを顔に浮かべていたのである。そして、横に座る自分の執事であるゴーマ=タールタルに左手を軽く掲げて合図を送る。ゴーマ=タールタルはやや困惑気味の表情であったが、自分たちの周りに座る同じ屋敷に住まう使用人たちにアレをやれと指示を出す。

 指示を出された側の使用人たちは足元に置いていた太鼓とラッパを手に取り、パッパラパードンドンドンと音を出す。観客たちは観客席でいきなり楽器を鳴らす一団が現れたので、思わず彼らに注視せざるをえないのであった。衆目に晒されながらも、フルール家の使用人たちは楽器を鳴らすことはやめない。そして、コープ=フルールが席から立ち上がり、自分たちを見る観客たちに両手で静まるようにと所作をし、高々と宣言しだす。

「この試合の勝者であるロック=イートくん。彼こそはっ! 拳聖:キョーコ=モトカード様から後継者として直々に指名された男ですっ!」

 観客たちのほとんどは拳聖:キョーコ=モトカードの名前を出され、さらに彼女の後継者として指名された男がロック=イートであることを初めて知ることとなる。どよめきが一層に高まっていく中、コープ=フルールはさらに言葉を続ける。

「彼はそんな名誉ある地位に座ることよりも『世界最強の生物』になると、私の愛娘であるリリー=フルールに誓った騎士なのですっ!」

 コープ=フルールはそう言い切ると同時に観客たちに対して、深々と礼をする。そして、まるでオーケストラの指揮者が指揮棒を振る直前の如くに左右の両腕を広げて止める。そして、サンハイッ! とばかりに両腕を上へと振り上げる。それに釣られて観客たちは大歓声を上げることとなる。拳聖:キョーコ=モトカードはアンゴルモア四天王の中で一番の人気がある戦士であった。だからこそ、彼女の後継者がこの上覧武闘会に姿を現したことに歓迎の意思を示したのである。

「ロック! ロック! ロック!」

 今までの彼へ罵声を浴びせていた観客たちはどこかの闇に消えてしまったのかとさえ思えるほどに、皆がロック=イートへ肯定的な声援を送り始めたのであった。コープ=フルールはこの観客たちの反応におおいに満足する。一度はロック=イート自身の言動で頓挫しかけていた計画であったが、結果的には大成功と言ってよいほどの出来栄えであったのだ。ロック=イートの名は上覧武闘会の会場内だけでは収まらずに、近日中には首都:アウクスブルグ中に広まることは間違いない。ロック=イートの名を売り、同時に彼の値を吊り上げることに関して、コープ=フルールは勝利を収めたのである。

(クックック……。ここまでの逆転劇なんて、そうそうに産まれませんよっ!? いやはや……。ロックくんを御するのは難しいですが、それに見合った分のリターンが返ってきます……)

 コープ=フルールは観衆たちの色よい反応に思わず高笑いしそうになるが、それを必死に抑えることとなる。あくまでも自分はロック=イートがこれから紡いでいく騎士物語の指揮者コンダクターであり、彼の物語における主役でないことをわかっている。彼を利用し、最大限に甘い汁を享受することが目的なのである。彼の物語の幕開けを告げる役目を十分に果たせたことに満足感を抱いたのだ。

 コープ=フルールの芝居かかった宣言を聞き、ガハハッ! と高笑いをする人物が居た。それは特別観覧席に座るアンゴルモア大王そのひとであった。彼は終始ご機嫌な様子で、彼の隣に座る弓神:ダルシゥム=カーメンの忠言を聞きもしなかったのである。

「ですから、主アンゴルモア大王に叛意を抱いていた拳聖:キョーコ=モトカードの後継者でごわす! それを放置しておいては、貴方様の身に危険が及ぶかもしれませんぞ?」

「ガハハッ! タイガー・ホールが健在であれば、そうであったかもしれぬが、今やあそこは廃墟となり、キョーコの弟子たちも剣聖の手により、地方へ分散させたであろうがっ! 何を憂う心配がある也。それよりも、あの小僧をわれ直属の子飼いとしたほうが良いと思うのであるがなあ?」

 アンゴルモア大王がロック=イートに対して、大層な好感を持つと同時に、それと比べ物にもならないほどの嫉妬心を抱く人物が居た。その者はチッ! と舌打ちし、その場から消えることとなる。アンゴルモア大王の地獄耳にその舌打ちが聞こえはしていたが、聞かぬ振りに徹する。これはこれで面白いことになるであろうという予測の下での放置だったのだ。ワインが注がれた真鍮製のカップを左手に持ち、それに口をつけて、その中身を飲み干し、またしてもガハハッ! と大笑いするのであった。

 一方、試合の決着がつくまで散々に罵声を浴びせられていたロック=イートは困惑していた。強敵であったタライ=マークスから勝利をもぎ取り、さらににコープ=フルールの策によって、観客のほぼ全てが自分に対して肯定的にとらえるようになったことに驚きと困惑の感情が心の中を席巻することとなる。そんな彼に対して、助言をおこなう人物が居た。

「あー。勝者が観客たちから声援を受けているのならば、それに応えたほうが良いッスよ。人気は水モノゆえに、受け入れられているうちに好印象を残しておくのも処世術のひとつッス」

 その人物とは剣聖:プッチィ=ブッディであった。彼は試合場である石畳の上に足を踏み入れ、ロック=イートの横に近づいていきながら、そう助言したのである。そして、勝者であるロック=イートの右の手首辺りを自分の左手で掴みとり、無理やり彼の右の義腕を振り上げさせるのであった。ロック=イートが剣聖と共に腕を振り上げたことにより、観客たちの声援はより一層大きいモノへと変わっていく。

「衆目を集めるのはこれが初めてなんッスか? だけど、この先、ロックっちは良い意味でも悪い意味でも、皆に注目される存在になっていくッス。観客席でロックっちを盛大に売り出した男を恨む気になる日もやってくるかもッスけど、本来、恨むべき相手は拳聖だから、そこは間違えないようにするッスよ?」
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