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第2章:東の果ての囚人

第7話:独房行き

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 看守副長:ツール=ビロンは腰の左側にベルトで固定していたイバラの鞭を両手に持ち、その先端をバシンッ! と勢いよく床に叩きつける。ざわついていた収容所の中は一瞬で静まり返り、他の看守たちは次にツール=ビロンがどういった行動に出るのか固唾を飲んで見守っていた。

 しかしながら、周りの看守たちの予想を裏切り、ツール=ビロンはロック=イートに対して、特に何をすることもなく、ただ離れにある独房へと連れていけと看守たちに指示をするのみであった。

「早く連れていけと言っているだろっ! 何をぼさっとしているっ!」

「へ、へえ……。鞭打ちをするくらいは期待していたんでやんすが……」

「それは看守に対して、暴力で訴えた時であるっ! こいつは単に他の収監者どもと揉め事を起こしただけだっ!」

 看守副長:ツール=ビロンはルールを厳正に順守する男であった。半犬半人ハーフ・ダ・ワンらしいと言えばらしい行動である。もし、彼がその辺りにずぼらな半猫半人ハーフ・ダ・ニャン半猿半人ハーフ・ダ・ウキーであったら、間違いなくロック=イートは鞭打ちの刑を執行されていたであろう。ロック=イートは敵対する気は無いとばかりに両手を上げる。そして、背中をウッド・クラブの先端で小突かれながら、牢屋が並ぶ建物のさらに奥へと案内されることとなる。

 それからロック=イートは建物の角にある塔の一部を改良した独房へと放り込まれることとなる。その独房の鉄扉がギギギィ! という重い金属音を鳴らしながら、看守たちに閉められることとなる。ロック=イートはこの独房に入れられる際に、頑丈な手錠を外されていた。まるで、この部屋の中でなら自由に動いて良いと言われている気がするロック=イートである。

 しかしながら、入れられた独房は手がギリギリ届くか届かない位置に鉄格子が嵌められた窓があるだけで、ベッドすら無い。唯一の救いとすれば、木製の洋式型のトイレが設置されているだけだ。

「ったく。石畳の床で寝ろってか……。まあ、聞いた話、独房は『仕置き部屋』と呼ばれているみたいだから、トイレがあるだけマシってところなのか?」

 広さにしてタタミ2畳分のスペースに放り込まれたロック=イートは、ここでどうやって時間を潰そうかと悩む。石を切り抜いただけの窓から光が入ってくるおかげで、かろうじて、光源は保たれている。ロック=イートは独房の壁に左手の手のひらを当てる。独房は年季が入ったモノでありながらも、壁をぶち破れるほどの薄さでも無い。そもそも、この収容所から脱獄したところで、ロック=イートに行く当てがあるわけでもない。

 それよりもだ。ロック=イートは窓から入ってくる光を右腕に当てて、義腕がどうなっているのかを再確認する。何か凶器を持っていないかどうかをチェックされた際に、右腕に巻き付けていた包帯は、服ごと無理やりに剥がされている。ロック=イートは今、パンツ一丁の姿だ。今が4月終わりの暖かくなりつつある季節でなければ、さすがのロック=イートも体調を崩していただろう。それほどまでに、独房は季節外れを思わせるかのように冷えてしかたなかった。

「さっきは鉄格子を殴って、びびらす程度で終わらせるつもりだったんだが……」

 ロック=イートは右腕の義腕を左手でさすりながら、そう呟く。思った以上に力が右腕に入り、あの結果を招いてしまったのだ。彼としても不本意であった。あの口の臭い半虎半人ハーフ・ダ・タイガの鼻っ柱を物理的にへし折ってしまったのは。いつまで収監されるかわからない収容所で無用なトラブルを起こすつもりは今のところ無かったのだが、それは無駄な心遣いとなってしまう。

 さしてやることも無いので、ロック=イートは自分の右腕代わりとなった義腕を1日でも早く自由自在に使いこなせるようになろうと決意し、右手をグーパーグーパーと握って開いての単純作業をおこなう。こぶしを握り込んでみてわかったことは、生身の右腕の頃とたいして変わらぬほどの握力を持っていたことである。このことにロック=イートは不思議さを感じてしまう。通常、この手の義腕は身体に馴染むまでにかなりの修練を必要とするはずなのだから。

 魔物モンスターに襲われて、四肢を失った者は機械式の義手や義腕、そして義足を装着することがある。もちろん、それらはピンからキリであり、非常に高価なシロモノとなれば、生活になんら支障をきたさぬレベルの高性能さを持っている。ロック=イートの右腕代わりとなっている義腕も、その類であることは想像に難くなかった。彼の意思通りに右手の指を動かすことが出来る。しかし、精度という観点から言えば、あまり満足できるモノではなかった。頭に思い描く動きと実際の義腕の動きはズレている。

 このズレが先ほどの騒動を起こすきっかけとなったことを、はっきりと認識するロック=イートであった。だからこそ、この感覚のズレを修正並びに調整することこそが、ロック=イートに最初に与えられた試練だと彼自身はそう思ったのである。この光がまともに届かぬ独房の中で、ロック=イートは正拳突きの構えを取り、呼吸を整える。そして、ハッ! という掛け声と共に、左右交互にこぶしを突き出す。

 独房の外に居た看守が何が起きたとばかりに鉄扉に取り付けられている小窓の蓋を横にスライドさせて、中を確認する。そして、何やってんだこいつという怪訝な表情を顔に浮かべた後、関心を失くして、小窓の蓋をまたもや横にスライドさせて、閉じてしまうのであった。

「今日入ってきた新入りは変なやつだべ……。何の訓練をしているかは知らんが、禁固10年だべ? いくら身体を鍛えようが、収容所からは簡単に出れないってのにごたいそうなこったべ」

 その看守はロック=イートの服を剥がした張本人である。だからこそ、ロック=イートが名の通った武人であることを、彼の身を包む筋肉の付き具合で察していた。見せるための筋肉の付き方では無い。明らかに何かしらの目的を持った筋肉の鎧であった。しかし、これから先、10年にも及ぶ長い刑期の中、その筋肉の鎧をどうやって維持していくのだろうかと疑問に思ってしまう看守であった。

「さっさと心が折れちまったほうが楽になれると思うんだべさ。武人のために用意される興行も起きるはずも無い。そして、日が経てば経つほどに、自分のやっていることに虚しさを感じていくんだべ……」
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