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第19章:譲れない明日

第7話:生きるための地獄

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 エーリカの言葉を受けた村人たちはどんどんエーリカから物理的な距離を開けていく。振り上げた拳の降ろし先を決めかねている状況であった。そんな村人たちに対して、エーリカは右腕を伸ばし、右手の人差し指を北西の方向に伸ばす。その動作に呼応したかのように、エーリカの両脇を固めたブルースとアベルがさらにもう1歩、エーリカの前へと出る。

「拙者たちの敵は西ケアンズ! そして、その後ろで高見の見物をしているダンテ=ガーライでござる!」

「エーリカを信じるのだっ! そして、エーリカの言葉を聞くが良いっ! いくら向こうがこちらをニンゲン扱いしなくても、それがしたちはニンゲンの誇りを失うなっ!」

 ブルースとアベルの宣言は村人たちの心を正しき方向に向かわせる。エーリカの圧に屈し、腰砕けになりそうであった村人たちは、足に力を入れる。身体に熱を入れ直して、自分たちが何に対して、怒り狂わなければならないのかを真に理解する。

「エーリカさまぁぁぁ! すまねぇだぁぁぁ! おいらたちは間違えそうになっただぁぁぁ!」

「そうよっ! エーリカさまはあたしたちのために、この世に黄金郷を作ろうしてくださってるのっ! そこの住人になろうとしている私たちが獣に落ちてはいけないのっ!」

「んだんだっ! エーリカさま、ありがとう! おれらは誇り高きニンゲンだぁぁぁ!!」

 村人たちはエーリカを讃えようと、両手を大空へと突きあげて、エーリカの名前を連呼する。エーリカはちょっとやりすぎたわね……と苦笑してしまいそうになる。だが、そんなエーリカの重責を半分担う役目を持っている女性が遅れて、エーリカの前に立つ。

「始祖神:S.N.O.J様からの神託が降りましたわ。エーリカを支え、エーリカと共にこの世の理不尽に抗えと。わたくしたちの戦いをS.N.O.J様も応援なさっています」

「本当ですか!? セツラ様っ!」

「天上の神がわたしたちを見守ってくださっているわっ! ああ……。エーリカ様、セツラ様……」

「おいら、まだ勝ってもいないのに涙が溢れてきやがるっ! エーリカ様、セツラ様! おいらたちの戦いっぷりを見ていてくだせぇ!」

 エーリカの名前のみが叫ばれていたが、セツラが皆に神託を告げると、村人たちの声にはセツラの名前が半分混じるようになる。セツラは少しはお役に立ちましたでしょうか? という表情をエーリカに見せる。エーリカはうんっ! と力強くセツラに頷いて見せる。

 エーリカたちは村人たちを割り進み、西ケアンズの使者を村の門にまで案内する。ミサ=キックス将軍はエーリカに対して、非礼を詫びるためにも頭を深々と下げるのであった。

「ミサ将軍。顔をあげてちょうだい。そして、聞いてほしい。あなたがこの村を無事に出れたからと言って、あなたのこの先の未来は真っ暗よ」

「わかっておる。わたしは隙を見つけて、どこかで身を隠そう。エーリカ殿。どうかわたしを見つけてほしい。裏切者として辱めを受け、さらには晒し首となる前にだ」

「うん。わかった。それまで正気を保ってね? あたしはあなたのことを高く評価しているわ。もし、けがされたっていう烙印を誰かの温かみで消したいのなら、好みの男を紹介するわよ?」

「そ、そこまでは頼んでおらんっ! しかしだっ! 汚れきったわたしを救ってくれる殿方が居るのであるなら、あのその……。お頼みする……かもしれん」

 ミサ将軍はそう言うと、エーリカに握手を求める。エーリカは差し出された右手だけでなく、ミサ将軍の身体を両腕で抱きしめる。そうしながら、エーリカは頑張ってね? とミサ将軍に耳打ちするのであった。ミサ将軍はエーリカから離れると、もう1度、深々と頭を下げる。そうした後、共にしている兵士10人と一路、南ケアンズ軍が居る場所へと歩いていくのであった。

「エーリカさん? もしかしてですけどぉ。タケルお兄さんに頼むってことはありませんわよね??」

「あっ。バレちゃった? タケルお兄ちゃんの使いどころって、こういう場面だと思うんだけど、間違ってる?」

「う、うむ。エーリカやセツラを前にして、はっきりとは言いにくいでござるが……」

「また、うちのレイがタケル殿に無意識な敵意を膨らませてしまうな。今までは実績無しゆえにレイも大人しくしてくれてはいるが……」

「タケルお兄ちゃんは天然タラシなんだし、何とかしてくれる気がするのよねぇ? でも、他の候補も考えておくわ。あたしがタケルお兄ちゃんを許せなくなっちゃうかもしれないしねっ」

 エーリカは朗らかな表情で皆にそう言ってみせる。タケル殿は真に女難だらけな運命の持ち主なのだなと嘆息せざるをえない面々であった。エーリカたちが作戦本部に戻ると、何も知らないタケルがエーリカが脱ぎ捨てた衣服をエーリカに手渡す。タケルは着替え真っ最中のエーリカに対して、すげえすげえと褒め称える。そんな呑気すぎるタケルを見ていると、セツラたちは頭痛がやってきて仕方が無かった。

「さて……と。色々とツッコミをもらう前に、次の行動に移るわよ。交渉とも言えない交渉が決裂した今、何の気兼ねもなく西ケアンズ軍はこの村に軍を近づけてくる。あたしたちの装備は貧弱すぎて話にならない。じゃあ、どうやって、西ケアンズ3千の兵を追い返すか?」

「それについては事前の打ち合わせ通りにまずは動こうと思うのでござる。あちらもバカでは無いことは承知でござる」

「うむ。こちらの対策はあちらも織り込み済みだろうな。それでも力押しに徹してくるかが肝心であろう」

「チュッチュッチュ。見え見えの罠をどうあちらが乗り越えてくるかでッチュウね。なるべく、向こうが躊躇してくれた方がありがたいでッチュウ。一角ひとかどの将なら、罠の数々を踏み散らかして、突っ込んでくるはずでッチュウけど」

 エーリカたちは6日前に西ケアンズの使者を追い返した後、作物を栽培したことで手に入れていた大量の藁を村の外側に山のように積み上げていた。その山はひとつでは無く、いくつもあった。そして、それはそのまま火計用の火種に使われることは西ケアンズ軍から見ても、自明の理であった。

 エーリカたちは火種だけでなく、原始的な罠である落とし穴も多数掘っていた。その落とし穴を隠すためにも藁で蓋をしたのだ。まさにここに落とし穴がありますよと強調してみせたのだ。そうすることで、西ケアンズ軍の進軍ルートを限定しようとしたのだ。

 それがエーリカたちが出来る最低限のスミス村のさらなる防御施設であった。当然、エーリカたちには懸念がまだまだあった。西ケアンズ軍を村の内側から攻撃できる施設が圧倒的に足りなかったのである。

やぐらの建設数まで十分じゃないのが痛いのよね……。村内に踏み込まれた時のことを考えて、村内にまで柵やちょっとした罠を仕掛けるのに人手を割いたのは失敗だったかも」

「チュッチュッチュ。村内にも防衛用の何かしらを敷設するのは当然やっておかなければならないのでッチュウ。それも見越してのいくさになると村人たちに教えるためにもでッチュウ」

「生きようとすればするほど、地獄が近くなる。でも、あたしたちは黙って地獄に落とされるわけにはいかないわ。あたしたちがニンゲンであることをあいつらに痛いほど見せつけるわよっ!」
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