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第17章:ヨン=ウェンリー

第6話:大精霊使い

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 その男は歓迎ムードを身体中から溢れさせていた。だが、どこからと漂ってくるうさん臭さはクロウリーの3倍以上とも言えた。エーリカたちはあからさまに嫌な顔をその男に向けてみせる。そんな訝し気な視線に晒された男は苦笑をその顔に浮かべる。

「コッシローくんからも何か言ってくれまへんか? まるでわいが不審者のように思われているんやで?」

「お前は不審者のように思われているのがちょうど良いんでッチュウ、大精霊使いのヨン=ウェンリー。ボクにはクロウリーからのメッセージは届いていないのに、なんでお前の方にはメッセージが届いているんでッチュウ?」

 警戒心を解かぬエーリカの頭の上にちょこんと乗っているコッシローの疑問は当然であった。先ほど、コッシローが天からの恵みが降り注ぐことを、大精霊使いのヨン=ウェンリーから通心で聞かされていた。だが、その後はまったく音沙汰も無かったのだ。スコールが降り注いでから半日ぶりに存在感を示したと思えば、生身の身体で、こちらに最接近してきたのだ、ヨン=ウェンリーは。

 これで警戒しないでもらいたいと言われても、無茶がすぎた。いくら、愛しのクロウリーくんとは敵対関係では無いと言われても、それを頭から信じられないコッシローであった。ヨン=ウェンリーはヤレヤレ……と頭を左右に振る。そして、論より証拠とばかりに右手に持っている魔法の杖マジック・ステッキの下端を泥の地面へと突き刺す。

「ここは湿地帯は湿地帯なんやけど、本当は田畑を作るうえでは最上で豊穣な土地やったんや。まあ、わいの呪力ちからが足らんせいでこうなったとも言えるんやけどな。さて、そろそろ元の土地に戻してええやろ。この土地を必要としているエーリカちゃんがやってきたんやさかい」

「それってどういうこと??」

「まあまあ、じっくり、この土地が生まれ変わっていく姿を見ていてほしいんや。4人の偉大なる魔法使いはよっぽどの理由をごっちゃごっちゃとこねくりまわさんと、この世界では真の呪力ちからを発揮できんのや。わいらの真の呪力ちからを目の当たりに出来るエーリカちゃんは本当に運が良いんやで?」

 ヨン=ウェンリーはそう言いながら、グリグリと魔法の杖マジック・ステッキの下端を泥の中に捻じ込んでいく。まるで大地に足りなかったネジを嵌めていくような作業にも見えた。ヨン=ウェンリーが右手に持っている杖の半分が泥の中へと消えてしまう。準備が整ったとばかりにヨン=ウェンリーが身体の位置を調整し、魔法の杖マジック・ステッキの宝石部分に両手をかざすのであった。

 その途端、ぶわっ! と地面から熱気があふれてくることになる。熱気は上昇気流となって、エーリカたちが身に纏っていた毛布や御座を下から押し上げる。女性陣はまるでスカートを風で下から捲られたというイメージが脳裏に浮かんでしまい、今更ながらに恥ずかしさを覚えてしまう。

「うぅ……。いくら毛布を抑えつけていても、お尻が丸だしになってしまうのです……。アベル隊長、そんなにマジマジと見ないでほしいのです……」

「カエルに陵辱されたとしても、わたくしはまだ聖女なのだと思ってしまいます……」

「普段はさばさばとしているあちきでも、これは気恥ずかしさを覚えるニャン。まるで処女おとめになってしまったかのような気分ですニャン!」

「なんで今更、あたしでも恥ずかしくなってんだろ!? タケルお兄ちゃん、あっち向いてて!?」

 レイヨンやセツラならば、恥ずかしさに身を打ち震わせるのはまだわかる。だが、大浴場で男どもからお賽銭を取りまくっていた痴女すぎるアヤメ=イズミーナ、そして、皆に素っ裸で勇ましい姿を見せつけていたエーリカですら、この公開辱めには耐えきれなくなっていた。

 コッシローはそんな身体を縮こませているエーリカの頭に乗ったまま、ヨン=ウェンリーはやっぱりクロウリー以上に厄介な存在だと再認識するに至る。ヨン=ウェンリーがひと仕事終えたとばかりに右の袖で顔中に浮かぶドロっとした脂成分多めの汗を拭いとる。辺りは湿気だらけであり、さすがの大精霊使いであったとして、全身汗だらけになっていた。

「お待たせしたんやで。しばらくは蒸し風呂に入ってる気分になるかもしれへんが、そこは勘弁してほしいんや。あとで温泉を掘ってやるさかい、それまで辛抱してくれなはれ」

 ヨンは相当暑いのか、立派な衣服の胸元を右手で掴み、さらには空いた隙間に左手で風を送り込んでいた。それもそうだろう。湿地帯は完全に干上がっていたのだ。しかも、先ほどまでヌルヌルのぬめった気持ち良くない地面は、今やふかふかのベッドに勝るとも劣らないくらいの柔らかさに変じていたのである。

 エーリカたちはブーツを脱ぎ捨てて、その豊穣な大地を踏みしめたくなってしまう。自分が1番先だとばかりに汚れ切ったブーツを脱ぎだす者が続出し始める。

「これは良い土でござるなっ! ここに作物の種を植えるだけで、大豊作間違いなしと思えるのでござる!」

「バカでもわかるなっ! この土の良さがっ! こんな土地が手に入るのを事前に知っていたなら、間違いなく、作物の種を大量に仕入れていたはずだっ!」

「ふわふわだべさぁ。ここまで土が良いと、このままベッド代わりに寝てしまいたくなるレベルなんだべぇぇぇ」

 ブルース=イーリンとアベルカーナ=モッチン、さらにはミンミン=ダベサは素足で土を踏むだけでは足りぬのか、そのふかふかの土の上に四つん這いとなり、さらには土を両手ですくいあげた。そして、クンクンと匂いを嗅ぎ、さらにはペロッとその土を口の中に含む。土の甘い味がブルースたちを感激させた。この味をエーリカとセツラにも是非味わってほしいとばかりに、エーリカとセツラを地面の上で四つん這いにさせたのである。

「うっわ! これはびっくりね! オダーニの村の土ですら、裸足で逃げ出しそう!」

「この土でごはんを3杯ペロリといけそうなくらいに美味しい土ですわ……。オダーニの村にこの土を送ってさしあげたいくらいですの……」

 オダーニの村出身の若者は誰でも農作業を手伝っている。それゆえに、この土の素晴らしさを嫌でも肌と舌で感じ取ることが出来た。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちに続くように、オダーニ村出身の若者たちは大地に抱かれていく。

「なあ……、コッサン」

「タケル殿。みなまで言わなくても良い。ここは地上の楽園ですな。大地を耕す前に、違うものを耕してしまいたくなりますぞ……」

「おめえ、俺には言うなって言っておいて、何でそこまで言っちまうかな? いや、しかし、眼福眼福……」

 タケルとコッサンは豊穣な土と戯れるエーリカたちが神聖で不可侵なものと思えてしまった。しかしながら、神聖であればあるほど、それをけがしたくなる男も確かにいた。生まれたままの姿で土と戯れる若者たちは、それぞれが天界から遣わされた天使のように見えた。

 だが、そんな微笑ましすぎる天使たちに欲情してしまっている悪魔のタケルとコッサンであった。タケルとコッサンはそんなどうしようもない男すぎるシンボルを隠すために、蒸し暑いこの状況下でありながら、腰に毛布を巻きつけざるをえなかった。
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