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第16章:逃避行

第5話:コッサンvsセイレイ将軍

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 裸王こと拳王の仁王立ちに立ち往生しかけたシュウザン将軍であったが、機転を利かして、無理やりにチョウハン河に架かる橋を渡ってみせる。ついで、シュウザン将軍の後に追従してきたセイレイ将軍に500の兵を預け、チョウハン河に落ちたセツラを捕らえるようにと命じる。

 シュウザン将軍は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と共に南ケイ州軍と戦っただけはあり、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の代表者のひとりがセツラであることを知っていた。エーリカを逃してしまったとしてもセツラを確保できれば、アデレート王家の代表であるオウシュク=ケイロウの面目は一応、立つと考えた。

 シュウザン将軍から500の兵を預かったセイレイ将軍はすぐさま、チョウハン河の堤防沿いを突き進む。それから20分後には、セイレイ将軍の前方でチョウハン河から素っ裸の女性を引き上げている素っ裸の男が居た。セイレイ将軍はかの者たちを捕らえよと兵士たちに命じる。男は女を自分が乗っていた馬の背に腹ばいで乗せて河から引き上げる。さらにはその馬を川岸まで誘導すると、自分も馬の背に飛び乗り、手綱を引いて、セイレイ将軍の軍から一目散に逃げ出す。

 セイレイ将軍はチィッ! と舌打ちする。あちらは馬に2人乗せている。二人乗りのために逃げるには速度が足りないが、それでも徒歩かちの歩兵では分が悪い。セイレイ将軍は乗っている馬の腹に蹴りを入れて、馬の速度を上げる。

「その女を置いていけ! さすれば、お前は見逃してやろう!」

 セイレイ将軍は受け入れらるはずがない要求を、馬を駆けさせている男に言う。男はもちろん、聞く耳持たずだ。右手で手綱を持ちつつ、その右手で女性の背を押して、腹の水を吐き出させていた。空いた左手で槍を構え、その槍の切っ先をセイレイ将軍に突き立ててくる。

「我が名はコッサン=シギョウ。女をニエにして、自分だけ助かろうというアデレート王家の将軍とは違います」

「ふんっ! 言ってくれる。それはお前のあるじであるエーリカのことを指しているのか? それとも、馬に乗せている女のことを指しているのか?」

「どちらでも同じことではありませぬか? 剣王に媚びを売るためであれば、どちらでも良いといお考えなのでしょう。でなければ、わざわざ本隊から外れた身共たちに追手を差し向けまい」

「そういうことではないわっ! その女はお前の女なのかと聞いておるっ!」

 コッサンはアデレート王家全部をひっくるめて、下衆となじった。ロリョウの町の時もそうであったが、アデレート王国は堕ちるところまで堕ちきったと感じていた。だが、そもそもとして、セイレイ将軍はその女はお前の女であり、そのために命を賭して守ろうとしているのではないか? と問うたのだ。

 コッサンは膝に乗せているセツラの方をチラリと見る。こうやって、彼女の裸体を間近に見るのは二度目だ。コッサンはセツラのことをどう思っているのか、改めて考える。するとだ、セツラは硬い突起物に下から押し上げられたことで、少し身体を動かすのであった。

「なるほど……。これは失礼した。貴殿はまだ救いようがある武人だ」

「おうよっ! アデレート王家は腐ってはいるが、配下全員が腐っているわけではないわっ! 女のために戦える男と戦えるだけ、自分はまだマシな存在だわ!」

「身共の股間辺りを凝視しないでもらいたい。これを見られたからには生かしておいてはいけませんな」

「ぬかせっ!」

 セイレイ将軍はたわむれは終わりだとばかりに戟を振り回す。コッサンは槍を盾にして、戟から受ける衝撃を受け流す。セイレイ将軍はやりおると感じ、これなら少々、手荒なことをしても大丈夫だという安心感を逆に得るのであった。

 セイレイ将軍は足のみで馬を操り、両手を用いて戟を振り回し、振り下ろす。コッサンはセツラを馬上から落とさぬためにも、左手一本で対処しなければならなかった。セイレイ将軍はコッサン本人だけでなく、コッサンが騎乗する馬も狙ってみせた。だが、コッサンは左手に持つ槍を巧みに操り、戟の軌道を逸らしてみせる。

「面白いくらいにやりおる。どこでそれほどの武術を身に着けた? 何故にそれほどまでの腕がありながら、アデレート王家に仕官しなかった?」

「それは答えなくてもわかっているはずです。今のアデレート王家には仕える価値が無かった。それはあなたもご存じでしょう?」

「シュウザン将軍と共に内側から改革することもできたはずよ……」

「それが出来なかったのがシュウザン将軍です。身共はエーリカ様に賭けた。身共の勝ちです」

 セイレイ将軍は何が勝ちなのだ? と言いそうになった。だが、それを言うことは出来なった。コッサンの股間のふくらみを基点にして、眼を覚ましたセツラがピタリと上半身をコッサンに預けたからだ。セツラは清廉な気を身体から発し、コッサンを護る清浄なる結界を作り出す。セイレイ将軍はクッ! と唸り、慌てて、コッサンに戟を振り下ろす。

 右手が自由になったことで、コッサンは両手で槍の柄を握る。振り下ろされてきた戟を槍の柄でしっかりと受け止める。さらにはセイレイ将軍側へと押し出し、その勢いをもってして、セイレイ将軍の右肩に一突き見舞いするのであった。

 セイレイ将軍は左手で右肩を庇う。それにつられてセイレイ将軍の馬が速度を下げる。コッサンがヨーコから渡されていた長剣ロング・ソードを右手に持ち、すかさず、馬の顔面目掛けて、それを下手したてにぶん投げた。

 さいわいなことに、コッサンが投げた長剣ロング・ソードは馬の顔面を滑る。そうなったことで、セイレイ将軍は馬を制御し、再び、コッサンに肉薄する。だが、それをさせまいとコッサンは次に狙ったのはセイレイ将軍の左肩であった。コッサンの一撃は鎧を貫通し、セイレイ将軍の左肩に傷をつける。

「セツラ殿を傷つける気が無かったことはわかっておりました。命までは取らなかったのは、そのお礼と思っておいてくだされ」

「クハハッ! 敵に情けをかけられるとはなっ! 全軍、止まれっ! いくら腐ったアデレート王家と言えども、なけなしの誇りを大事にせよっ! 女の尻を追いかけ回すのはただの恥ぞっ!」

 セイレイ将軍は一騎打ちに敗れると、自分に追従してきていた兵士たちに止まるように命じる。兵士たちは互いの顔を見合い、戸惑うばかりであった。そんな命令を出したセイレイ将軍を訝しむ眼で見ている。だが、セイレイ将軍は兵士たちを無視して、コッサンに早く行けっ! と怒鳴るのであった。コッサンはセイレイ将軍に軽くお辞儀をし、右手で手綱を握り、馬を走らせる。

「あの方は……。責任を取って、自害なされるようですわ」

「ええ……。身共たちを逃してくれたことへの恩は返せないようです。アデレート王家は国の行く末を憂う良将を失いましょう。エーリカ様の下へ急ぎましょう。シュウザン将軍に同じ轍を踏ませてはなりませぬからな」

 馬の足を止めたセイレイ将軍の周りには、彼に向かって槍の穂先を突きつける兵たちが増え始めていた。セツラはコッサンの顔を下から覗き見て、コッサンにあの将軍を助けてほしいと言いそうになっていた。だが、コッサンはセツラの憂う表情を見ることは決してなかった。セツラはただ顔を下に向けるしか他無かった……。
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