上 下
142 / 197
第14章:南ケイ州vsアデレート王家

第7話:カンショウ将軍の一騎駆け

しおりを挟む
 本陣から騎馬に乗り飛び出したカンショウ将軍を追いかけるように4千の歩兵が敵陣目がけて真っ直ぐに突っ込んでいく。カンショウ将軍を先頭にして、自然と4千の兵は鋒矢ほうしの陣をかたちどる。カンショウ将軍はちらりとだけ後ろを見て、ニヤリと口の端を歪ませる。

「目指すは敵本陣よぉ! 皆の者、邪魔する敵兵を蹴散らし、一気に駆け抜けよぉぉぉ!」

 カンショウ将軍は昂りを抑えないままに渡河をおこなう。両軍をくっきりと分けていた河の水深は浅く、カンショウ将軍と彼の後ろに続く4千の勢いを衰えさせることは無かった。カンショウ将軍は渡河し終えると、すぐさま眼の前に横長に展開している2千の軍団の真正面から突入していく。

「なん……だと? 海が割れるように、敵が散開していく? ふんっ! 面白いっ!」

 カンショウ将軍は戟を手に持ち、まずはひとり! と歩兵に向かって振り下ろす。だが、その戟が敵兵の身体に届く前に、敵兵は対抗する素振りも見せずに、横へと移動していく。カンショウ将軍は敵が作った誘いとも思える道の先を見る。

「くはぁ! 我輩が出張ってくることがバレているかと思えば、チンオウ将軍ではないかっ!」

「カンショウ将軍……。何も聞いてくれるなっ! 自分のあるじはエーリカ様よっ!」

 敵兵が横へと退いたことで、2千の軍を率いている将がカンショウ将軍の目に映ることになる。カンショウ将軍はとてつもない嬉しい顔になりながら、馬を操り、一直線にチンオウ将軍へと接近していく。チンオウ将軍も馬を操り、カンショウ将軍と並走する。カンショウ将軍は戟を振り回し、チンオウ将軍を殺そうとする。チンオウ将軍は殺されてなるものかと、槍を振り回して対抗する。

「貴様のしたり顔をぶっ飛ばしてやりたいと常日頃から思っておったわぁ!」

「その台詞はこちらが言うべき台詞ですぞぉ! 能力があるゆえに、散々、自分をなじってくれた過去をお忘れかっ!」

「若造が……、言うてくれるわぃ! 貴様を鍛え上げたのは我輩だぞぉぉぉ!」

「いつまでも若造扱いっ! まさに老害というべき存在だっ!」

 チンオウ将軍は南ケイ州の領主から1万の兵を与えらるほどに立派な将軍であった。エーリカたちによって、その1万を破られることは置いておいてだ。それでも南ケイ州の総大将であるカンショウ将軍から見れば、チンオウ将軍はひよっこ同然である。その態度はこの一騎打ちでも存分に発揮されることになる。

 カンショウ将軍は勢いそのままに戟をどんどん振り回す。チンオウ将軍は実直に自分の身に振り下ろさてくる戟を槍で弾く。カンショウ将軍はちょこざいなっ! と言いながら、チンオウ将軍を馬ごと押しまくる。チンオウ将軍は圧に耐えきれなくなり、馬ごと体勢を崩すことになる。

 それがチンオウ将軍の命を救ったとも言えよう。カンショウ将軍はトドメの一撃をチンオウ将軍に入れようとするが、戟はチンオウ将軍の乗っている馬に当たってしまう。チンオウ将軍はそのまま横倒れになりながら馬と共に地面を滑っていく。カンショウ将軍はフンッ! と鼻息を鳴らし、チンオウ将軍のトドメを取らずに次の敵を探し求める。

 カンショウ将軍が一騎打ちに勝ったことで、彼の後ろに続いていた4千の兵は勝鬨かちどきをあげる。カンショウ将軍は兵たちが発する熱に押されるように、眼の前に展開している新たな2千の軍団へと突っ込んでいく。

「またか……。性懲りも無く、我輩に一騎打ちをさせたいようだなぁぁぁ!」

「キョーコ、アイス師匠。あたしにあの敵を譲ってちょうだいっ!」

「えええ? うちが戦いたかったのによぉ……。まあ、エーリカの頼みとあれば、任せるぞぃ」

「えらく簡単に引き下がったのお。今日は槍の雨でも振るんじゃないかい?」

 カンショウ将軍は眼の前に騎乗した女侍が3人いることを視認していた。1対3とは面白いことをしてくれると思っていた。だが、真ん中に立つ女侍が両脇を固めていた2人を下がらせる。カンショウ将軍の血は一気に頭に上ることになる。

「貴様は我輩を舐めたっ!」

「舐めてなんかないわよっ! 敵の総大将の性格からして、単騎駆けを仕掛けてくる可能性があるってチンオウ将軍から一応、言われてたのよっ! そんなことあるわけないじゃないとあたしは思いつつもあなたを罠に嵌める準備をしっかりと整えておいたわっ!」

「ふんっ! チンオウ将軍めがっ! 我輩は道化ではないぞぉ!」

 カンショウ将軍は自分と並走する女侍に向かって、これでもかと戟を振り下ろす。女侍は身に合わぬほどの美しい太刀でカンショウ将軍の激を叩き落としていく。カンショウ将軍は驚いてしまう。戟と向こうの太刀がぶつかり合うことで独特な剣戟の音を奏でることになるが、奏でられる音よりも両手を伝わってくる衝撃のほうがよっぽど重かったのだ。

 カンショウ将軍は面白い……と思ってしまう。こんな小娘が自分よりも強き力を持っていると感じざるをえなかった。1万の兵を指揮できるチンオウ将軍ですら、ただの前座だということがわかってしまう。

 カンショウ将軍は10合、女侍と剣を交える。カンショウ将軍は最初、10合も経たぬ内に、この女侍を倒せると見込んでいた。だが、続く10合を重ねたところでも決着はつかなかった。それどころか、剣を交えてから22合目にカンショウ将軍はヒヤッとさせられることになる。

 剣を交えるごとに女侍の振るう太刀の鋭さが増していったのだ。22合目を数えた時、そこが攻防の節目となる。ここまでの攻め側はカンショウ将軍であった。だが、23合目からは女侍が一騎打ちの主導権を握っていた。カンショウ将軍は防戦一方となり、28合目には被っていた兜を宙高く舞い上がらされることになる。

「ちっ! 小娘如きに遅れを取るとはまさに恥ぃぃぃ。だが、これで頭が冷えた。感謝するぞぉぉぉ!」

「またのお越しをお待ちしているわよっ! 全軍、隊列を整えてちょうだいっ!」

 カンショウ将軍は攻め時を失ったと感じ、女侍に背中を見せる。自分に追従してきた4千の兵は戸惑っている。カンショウ将軍は兵たちを一喝し、ここは死地ぞっ! と宣言した。カンショウ将軍は閉じられていく道を馬に騎乗したまま走り抜ける。カンショウ将軍は一切、後ろを振り向くことは無かった。

 カンショウ将軍の転進に遅れてしまった兵たちは、左右から突っ込んでくる敵兵に対して、為すすべもなく囲まれ、さらには討ち取られていく。それでもカンショウ将軍は自分の命こそ大事とも言えるように、一直線に味方本陣へと馬を走らせる。カンショウ将軍が本陣に到着する頃には、率いていた4千の内、2千が壊滅するという大打撃を受ける。

 だが、カンショウ将軍はそのことにまったく興味がないかのよう振る舞う。本陣の天幕に到着するなり、酒樽に木椀を突っ込む。酒で満たされた木椀を仰ぎ、その中身を一気に飲み干し、ぷはぁぁぁ! と美味そうに呼吸をする。

「がーははっ! 敵本陣にまで到達できるかと思えば、面白き女侍に出会って、気付けば足を止めてもうたわぃ! これが作戦の一環であるならば、あいつは生きたまま捕らえ、我輩の配下として登用してやろうぞぉぉぉ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!

ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー] 特別賞受賞 書籍化決定!! 応援くださった皆様、ありがとうございます!! 望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。 そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。 神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。 そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。 これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、 たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...