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第9章:スタート地点

第3話:納得

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「それはいったいどう意味ですかな? 大魔導士:クロウリー=ムーンライト様」

「ええ、言葉その通りです。イソロク王並びにホバート王国は、今までと変わらず、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を傭兵と位置付けてもらいたい。金で雇っているとでも。ただまあ、そうなるとイソロク王もやりにくいと思いますので……。ここはひとつ、テクロ大陸本土侵攻への先遣隊とでも」

「ううむ……。要は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がやらかした場合は、足切りしろということだな?」

「ご明察。イソロク王はテクロ大陸本土への侵攻に足場が欲しい。そして、エーリカ様はエーリカ様ご自身の思惑があり、イソロク王の話に乗った。これでウィンウィンの関係となります」

 なるほどと感心するイソロク王だった。どちらも利あってこその形にすれば、他の大臣たちへ話を通す場合に、都合が良いことになる。今、王の執務室に呼んでいる大臣たちはエーリカに肩入れしている派閥であった。他の派閥からも賛同を得る必要がある。そこも読んでのクロウリー様からの意見であった。

「わしはそれで構わぬ。王宮内での働きかけに有利になることだからな。あとは、エーリカ次第だが……」

「もうっ! イソロク王もクロウリーも意地悪よっ! そんなにあたしをイジメたいの??」

「ええ、可愛いエーリカ様はイジメ甲斐がありますので……」

「くぁはっはっ! 可愛い娘には旅をさせろと言うからなっ! さあ、エーリカ。テクロ大陸本土で存分に暴れるが良い。ホランド将軍よ。おぬしには寄騎よりきとして、エーリカの監視を頼む」

「ハッ! 本来の寄騎よりきとしての仕事をしつつ、エーリカ殿の手足として働いてきましょうぞっ!」

 本来の寄騎よりきの仕事とは、『お目付け役』のことを指す。地方を統治する領主に対して、本国からお目付け役として派遣される者のことを『寄騎よりき』と呼ぶのだ。しかしながら、本国から派遣されたからと言って、寄騎よりきは頭ごなしに領主に何かを命令出来るわけではない。微妙なバランス感覚で寄騎よりきは仕事をしなければならない。

 助言役、監視役、補佐役、女房役、中間管理職と様々な仕事があるのだ、寄騎よりきとは。だからこそ、相当なやり手でなければ、務まらない職だとも言える。そうだからこそ、寄騎よりきとして、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と共にするホランド将軍は、イソロク王から見ても、将来性有望な将軍であった。

 そのホランド将軍をさらに出世させるとなると、いくさ場が絶対に必要となってくる。イソロク王側としては、利益はこれだけでも十分であった。だが、そこに付け加えるようにクロウリーは先ほどのことを提案したのである。

 なにはともあれ、エーリカとイソロク王との談義はまとまりつつあった。あとは、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がいつ、テクロ大陸本土へとかちこみをかけるかだ。ここら辺はアデレート王家の都合もある。水面下で話を進めておくということで、イソロク王側の預かりとなる。

「では、ますますの活躍、期待しておるぞ。あと、ホランド将軍はこう見えて、まだ独身ぞ。なんでも目にかけていた自分の補佐をどこぞの若者に寝取られたようでな?」

「王よ、お言葉ですが、私はマーベルのことを育てあげたいと思っていますが、自分の嫁にしたいとは思っていません。そして、エーリカ殿を相手に私がどうこうすることは決してありません」

 皆は、お前が未だに独身なのはそういうところだぞと思ってしまう。だが、そうであるからこそ、皆の信頼が厚いのだとも言える。部下に手を出す上司はやりやがったなこの野郎! という賛辞を贈られるものの、同時にこいつに部下を預けたら、喰っちまう奴かよ! という悪名も一緒にもらってしまうことになる。

 実際に血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団でも、そのような事件が起きた。さいわい、その事件を起こした張本人はしっかりその部下の将来の面倒を見てくれるので不問にしたのだ。ゲスな男となると、単に身体目当てなのを白状し、さらには責任すらも取ろうとしない。それに比べれば全然マシなほうなのだ。

 そのことは置いておいてだ。この堅物は、せっかく将来性有望のエーリカを紹介したのに、その機会を無碍にする発言をいきなりかましたという堅物以上の堅物ぶりを発揮した。クロウリーとしては喜ばしい話ではあるが、イソロク王側からすれば、やれやれまたかよとしか言いようがなかった。

 エーリカたちはイソロク王に深々とお辞儀をし、王の執務室から退出していく。彼女の後を追うようにホランド将軍も退出していく。残されたイソロク王は大臣たちに王宮内のまとめをおこなっておくようにと指示を出す。

(エーリカ。こちらで出来る限りのことをしておこう。いくらクロウリー様の言うように利で繋がる間柄ということに王宮内で決まったとしてもだ……)

 ホバート王国内では大昔から、テクロ大陸本土との関係をどうするかという議論が巻き起こり、それが大事にまで発展したという歴史を刻んでいる。それゆえに、そもそもとしてエーリカたちをテクロ大陸本土に送るなという意見も見られるのだ。だが、彼らを説得するのは王の役目である。イソロク王は王としての仕事を全うしようと決意するのであった。

 そんな王の心情を知ってか知らずか、商人から借りている屋敷に戻る道すがら、エーリカはまだクロウリーに不平不満を言っていた。

「ねえ、クロウリー。あたしはどうしても心にひっかかりがあるの。母国を巻き込んでいいのかってやつね」

「エーリカ殿。いい加減、腹を決めてください。貴女の迷いは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの命運すら分けてしまうことになりかねないのです」

「それはわかってるわよっ! でも、あたしは納得が欲しいの。母国を巻きこんでも構わない。そんな、あたしの強さを見たいのっ!」

「なんとも難しいことを言いますね……。エーリカ殿には自分でも御することが出来ない野望をお持ちなのに」

「うん。あたしは一方で、ひどいことをしようとしている。それもあたしの野望で。でも、それによって、巻き込んでいくひとたちに返せるモノは『平和』だけなの」

 クロウリーはなかなかにエーリカ殿は難儀な御方だと思ってしまう。ホバート王国で産まれ育ったからこそ、そういう考えなのだと。200年も戦乱で泣かされている民たちにとって、『平和』とはどれほどにありがたいのかをエーリカ本人がよく理解していないのだと思ってしまう。

 この世界は矛盾だらけだ。誰もが平和を望んでいながら、その平和を勝ち取るためには血を血で洗う方法以外無いのだ。話し合いで解決なぞ、夢のまた夢である。そのことはエーリカも重々承知だ。だからこそ、エーリカは悩むのだ。そんな悩めるエーリカに対して、クロウリーは人目がある街中なのにも関わらず、エーリカの前で片膝をつく。

「エーリカ殿。先生はとうの昔にエーリカ殿に命を預けた身です。臣として仕える先生ですが、エーリカ殿が間違っている場合は忌憚無く意見させてもらいます」
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