上 下
81 / 197
第8章:在りし日の感傷

第7話:嫉妬の聖痕

しおりを挟む
 クロウリーの意識が寸断されて、眼の前を真っ黒な幕が降りる。そして、次の開幕とばかりにその真っ黒な幕が天上へと昇っていく。クロウリーは今、自分が何者であるかを確認する。着ている服から察するに、かつて自分が宰相を務めたとある国の王城にいることを認識する。

「クロウリー師匠! ここにお出でだったか! 随分、探したぞ」

「ああ、これは〇〇殿。何か問題が起きましたか?」

「それが聞いてほしい。俺の婚約者フィアンセがあろうことか、俺の妹であるリズに嫉妬してだな。俺は妹にそんな感情を一切抱いていないと言っているのに、まるで聞いてくれないんだ」

「それはそれは。〇〇殿は天然のたらしですからね。婚約者フィアンセ殿も気が気ではなくなるのは当然です」

 クロウリーはクスクスと笑いながら、彼が6歳の頃から教育係を務めていた〇〇と受け答えする。〇〇は憤慨しながら、クロウリーの言を否定しに入る。

「笑いごとではないっ! 俺は誰にでも誠実でありたいと願っているだけだっ! それが何故、あいつにはわからないんだっ。俺の言うこと全てがただの言い訳に聞こえるらしい」

「では、籍を正式に入れるのはまだですが、いっそ、抱いてしまわれればよろしいかと。自分に忠実な女にしてしまえば良いのです」

 クロウリーは自分で言っていることの意地の悪さを理解していた。〇〇は決して、女子おなごをそのようには扱わない。天然のたらしなくせに、倫理観はしっかりとしていた。それもクロウリーの教育あってこそだが、〇〇は女子おなごだけでなく、誰に対しても、公平で誠実であろうとした。

 そういうところがダメなのですとツッコミを入れてやりたいのだが、それはコッシロー=ネヅの役目だ。そして、待ち構えていたかのようにクロウリーの右肩に乗っている白ネズミの精霊が、〇〇にきついツッコミを入れるのであった。〇〇はたじたじとなり、顔を真っ赤にしてしまっている。

「お、俺は婚前交渉はダメだと思っている……。そりゃ、クロウリー師匠にそう教育されたってのもあるが、俺は俺で、ちゃんと考えている。俺は将来、この国の王になる男だ。国民への示しのため、自分の誇りのため、そして婚約者フィアンセを大事にしているという気持ちを伝えたい」

「チュッチュッチュ。そんなことを言っていると、婚約者フィアンセちゃんに浮気されるでッチュウよ? 忙しいクロウリーにわざわざ相談しにきたってことは、婚約者フィアンセちゃんが他の男の名前を出したんでッチュウよね??」

 コッシローの言に、たじたじとなってしまう〇〇であった。そのいじり甲斐のあるヘタレっぷりにコッシローはますます〇〇を追い詰めるべく、言葉を重ねていく。クロウリーはヤレヤレ……と嘆息してしまう。そんなクロウリーであったが、とある場所から自分を覗き見している人物を察知していた。

 クロウリーはその熱い視線を感じながらも、徹底的に無視し続けた。その熱い視線を飛ばしてきていたのは、今、自分に相談しにきている〇〇の妹君であったからだ。〇〇は来年で18歳。彼の妹君のリズは来年で16歳。どちらも多感なお年頃だ。そして、今はまだリズからの視線には『あこがれ』という感情が9割を占めていた。残りの1割は言わずもがなである。

 クロウリーはその残りの1割が9割のそれと入れ替わらないようにと祈った。この3人の関係を自分から崩したくなかったからだ。自分はあくまでもこの国の未来を担う〇〇と、その妹君の補佐でありたかった。彼らそれぞれの幸せを願ってやまなかった。

 だが、クロウリーに課せられた原罪はまたしても、彼に安息の地を与えなかった。場面が急展開する。クロウリーは王城のとある一室にいた。そこは外からの雷光が間断なく差し込んでくる暗い寝室であった。その寝室のベッドの上でリズは実の兄である〇〇に全身くまなく穴という穴をけがされていたのである。

「〇〇殿っっっ!!」

 クロウリーはベッドに駆け付け、〇〇の肩を掴み、強引にこちらの方へと向けさせる。するとだ、彼の額には聖痕スティグマが怪しい光を放っていた。〇〇はまるでこの世の終わりを告げるかのような悲嘆な表情になっていた。クロウリーはまたしても、このような結果になってしまうのかと苦々しい表情になる。

「ダメだった。いくらクロウリーに再三注意を受けていても、俺は俺に宿った聖痕スティグマを扱いきれなかった……。俺は『嫉妬』に狂ってしまった……。リズが見つめる先にいるお前を許せなかった」

「〇〇殿っっっ!!」

「ああ、クロウリーの体温が温かい。俺はこの優しい世界を壊したくなかった。リズが俺ではなく、お前を愛していることに気づいた時から、俺は狂い始めたんだ」

 クロウリーは〇〇を力いっぱい抱きしめる。しかしながら、力強く抱きしめられればられるほど、〇〇の額に浮かぶ聖痕スティグマからは怪しい光が力強く放たれていた。クロウリーはどうすることも出来ないのかと、自分の無力さを嘆くことになる。クロウリーは〇〇も、リズもどちらも等しく愛していた。

 だが、彼らはニンゲンだ。情に流される弱い存在だ。そして、情の中でも最も強い感情が『愛情』であった。そして、次にくるであろう2番目に強い感情を全身から発する〇〇であった。

「ああ、この世界の全てが憎い。何故、俺はリズとクロウリーを祝福できなかったんだっ! 俺にはあんなに美しい婚約者フィアンセがいたのにっ! ダメな俺をクロウリーと共に支えてくれようとした彼女がいたというのにっ!」

「〇〇殿。どうか、気持ちを抑えてください。このままでは、創造主:Y.O.N.N様が望むように、貴方は冥皇に変えられてしまいますっ! どうか、私を信じてくださいっ!」

「ダメなんだ。いくら頭で理解していても、本能がそれを許してくれいなんだ……。俺は妹を本能でけがした、ただの一匹の獣にしか過ぎんのだ……」

 〇〇の存在が希薄となっていく。クロウリーはこのままでは時間が無いことを悟る。〇〇に宿っている聖痕スティグマの暴走状態を放っておけば、この国全土が冥府に堕ちることは確定事項であった。クロウリーはそんな結末を望んではいなかった。いくら、リズをけがし、この優しい世界を壊してしまった〇〇だとしても、クロウリーが〇〇だけでなく、リズも救いたいという気持ちは本物であった。

「コッシローくん。私は禁術をおこないます。コッシローくんは私のために、禁術を使ったことによる負担を半分ほど担ってくれますか?」

 呼びかけられたコッシローは、クロウリーの右肩で存在感を強めていく。そして、後ろ足の2本足で立ち上がり、前足で器用にも魔法陣を描き出す。クロウリーはコッシローのその行為を見て、彼は自分の決断を『是』として捉えてくれていると感じた。

「ふんっ。これはツケなのでッチュウ。いいか、よく聞くんだ、〇〇。お前は飛ばされた先でもリズとのえにしは切れることは無いのでッチュウ。だが、それでも安心しておくんだッチュウ。ボクとクロウリーがお前を助けにいくんでッチュウ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

泥々の川

フロイライン
恋愛
昭和四十九年大阪 中学三年の友谷袮留は、劣悪な家庭環境の中にありながら前向きに生きていた。 しかし、ろくでなしの父親誠の犠牲となり、ささやかな幸せさえも奪われてしまう。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

奥様は聖女♡

メカ喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。 ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。

魔法武士・種子島時堯

克全
ファンタジー
100回以上の転生を繰り返す大魔導師が今回転生したのは、戦国時代の日本に限りなく近い多元宇宙だった。体内には無尽蔵の莫大な魔力が秘められているものの、この世界自体には極僅かな魔素しか存在せず、体外に魔法を発生させるのは難しかった。しかも空間魔法で莫大な量の物資を異世界間各所に蓄えていたが、今回はそこまで魔力が届かず利用することが出来ない。体内の魔力だけこの世界を征服できるのか、今また戦いが開始された。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...