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第7章:エーリカの双璧

第8話:クソ真面目

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 アベルはミンミン=ダベサにレイヨンを紹介した後、レイヨンを練兵場へと連れていく。アベル隊が勢ぞろいする皆の前にレイヨンを立たせ、自己紹介させるのであった。アベル隊はレイヨンに拍手を送り、新しい未来の隊長候補殿が来たぞ! と自分たちの日頃鍛えた身体と技をレイヨンにまざまざと見せつける。

「すごいのです! 俺じゃなくて! 私は感動しました! 皆の前に立つと、皆の間に立つのとじゃ、見える景色が全然違うのです!」

 レイヨンは興奮覚めやらぬ表情でアベルとミンミンにそう報告する。アベルだけでなく、ミンミンもにんまりとした笑顔を作る。レイヨンは真面目で素直だ。若者特有の吸収力抜群の時期なだけはあり、レイヨンは根掘り葉掘りアベルたちに練兵における部下への指示の出し方のコツを聞きだそうとする。

「レイは本当に真面目で素直だなっ。教えてる側のこちらまで嬉しくなってしまう」

「本当、この世知辛い世の中で真っ直ぐ育ったもんだべさ。レイくんは王都生まれでさらに育ちが良かったりするんだべさ?」

「お、俺! じゃなくて! 私は父に男らしくあれと教わり、そう教育されました! 父は騎士の階級であり、それを誇りに思っています。私も誉れある父のような騎士になりたいとそう願っています!」

 気持ちの良い返事であった。アベルはその気持ちを乗せて、レイヨンの髪の毛を右手でワシャワシャとかき混ぜる。そうされたレイヨンは頬を紅く染めて、うぅ……と困り顔になってしまう。

「あ、アベルカーナ隊長は距離感が近すぎるのです! 例え同じ釜の飯を食べている仲でも、しっかりと一線を画すべきなのではないでしょうか?」

「そう言えば、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に所属したのはいつ頃なんだ? 先の大戦おおいくさを経ていれば、そのような感想を抱けぬはずだが」

 死線を一緒にくぐり抜けた仲間であれば、当然、心も体も距離感が近くなるのは当然のことであった。レイヨンの口ぶりから言って、レイヨンが所属した日はそれほど深いものではないと推測するアベルであった。アベルの予想は当たっており、大戦おおいくさが終わった後になってからの所属であった、レイヨンは。

「あの大戦おおいくさを経験していないか。それはもったいない。じゃあ、その穴埋めをするためにも、もっともっとレイとはスキンシップを重ねていかなければならぬな」

「こ、これ以上、距離感が近いと色々と、こ、困ってしまうのです! アベルカーナ隊長は責任を取れるのですか!?」

 レイヨンにそう言われたアベルは視線をミンミンへと泳がす。ミンミンはアベルと眼が合うと同時にブフッとお互い噴き出すのであった。話を逸らされたとばかりに憤慨するレイヨンであった。だが、レイヨンが顔を真っ赤にして、抗議の色をその表情に強く浮かべれば浮かべるほど、おかしさが腹から込み上がってきてしょうがないアベルたちだ。

「すまんすまん。大笑いしてしまって。今はわからないかもしれないが、こういうのが当たり前になり、日常と化すのが軍隊だ。だが、レイの言うように上官とその部下となれば、一定の距離も必要だ。というわけで、レイから物理的に5ミャートルほど距離を開けておこう」

「うぅ……。アベルカーナ隊長はいじわるなのです! これはいじわるを通り越して、イジメなのです! アベルカーナ隊長の上官に当たるエーリカ様に報告させてもらうのです!」

「アベル。いくらレイくんが可愛いからって、からかいすぎだべさ。いやあでも、良い子がアベルの調教を受けれるって、こんな幸せなことはないんだべさ」

「おい、ミン。調教じゃない。人材育成だ。人聞きの悪いことを言うな」

「おっと、言い間違えただべさ。レイくん、安心しろだべさ。アベルに身を任せておけば大丈夫。おいらの目から見ても、レイくんからは才器をひしひしと感じるんだべ」

「調教!? 受け入れる!? アベルカーナ隊長の!? 身を任せていい!?」

 アベルたちはレイヨンの様子がおかしいと思いつつも、それほど気にしなかった。初めての体験尽くしで、少々、レイヨンが興奮しすぎているために、頭が追い付いてきていないだけなのだろうと。だが、まだまだレイヨンの育成は始まったばかりだ。この程度で頭が混乱していてもらっては、アベルたちのほうが困ってしまう。

 アベルは興奮を冷ましてくるようにとレイヨンにそう命じる。ならば、洗面所で頭を冷やしてくるというレイヨンであった。混乱状態に陥っているレイヨンがフラフラと歩いていくの後ろ姿を見ながら、アベルとミンミンはヤレヤレ……と息を吐くのであった。

「ミンから見て、レイはどう思う?」

「うん? 可愛い弟分が出来たって意味だべさ? それとも将来性についてか?」

「どちらもだな。真面目で素直なのは好印象。そして、可愛い弟分として迎え入れやすい雰囲気。だが、問題は……」

「そうだべな。問題はアベルが育成担当ってところだべさ。たった1週間だべが、アベルのクソ真面目のせいで、レイくんがキングオブクソ真面目になってしまうかもしれないだべさ」

「ハッ! 言ってくれる。もし、レイが育って、それがしの補佐になれば、度量が広いミンでも、真面目すぎる隊にはついていけないんだべさぁぁぁと嘆いてしまうかもしれんなっ」

「1日も早く、そうなるようにお願いするだべさ。そしたら、おいらは気兼ねなく、アベルの未来の補佐たちに、この隊を任せることが出来るんだべさ」

 ミンミンはそこまで言うと、一度、言葉を止める。アベルはミンミンから視線を外し、さらには澄み切った青空を見上げる。身体に吹き付ける風は1月ということもあり、寒さを強調していた。だが、そんな冷たい風に身体を打たれながらも、アベルは気持ち良さを感じていた。

 アベルは大空を見上げながら、未来の血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を夢想する。ブルース、ミンミン、エーリカ。オダーニの村を代表する悪ガキ集団が、いつの間にか部下を集め、その部下を教育し、部下と共に戦場を駆けるという役目を担っている。悪ガキ集団だった頃の自分たちの数年後はこうなっているのだぞと教えてやりたい気分だ。

 しかしながら、その当時のエーリカにそれを伝えれば、そんなの当たり前じゃないの! あたしを誰だと思ってんのよ! と返してきそうであった。アベルはフフッ……と小さな笑い声を口から漏らす。

「さて、かれこれ10分以上経つが、なかなか戻ってこないな。ついでに用を足しているのか? 上に立つ者としてのプレッシャーがずどんと腹にきて、トイレに籠らなければならない状況に?」

「それ、先週にアベルが育成を担当したあいつのことだべさ?」

「うむ。才器はあるが、如何せん、気が少々弱いあいつのことを指している。レイはあいつとは違うと思っていたが、レイも彼同様なのか?」

「レイくんはその辺り、大丈夫だと思うんだべさ。おいらが思うに、洗面所へ向かう道中にエーリカとばったり出くわして、今頃、アベルに受けた調教まがいの指導について、報告しているんじゃないんだべさ?」

「ハハハ! エーリカにレイひとりでそれがしの悪事を報告できるのならば、気の弱さうんぬんは逆に心配しなくても良さそうだ」

「だべなっ」
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