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第7章:エーリカの双璧

第2話:ヘタレのブルース

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「昨日はひどい眼にあったのでござる。結局、オネエさんたちに処女を奪われなかったものの、しばらくはあのオカマバーには近寄りたくないのでござる」

「すまねえな、ブルース隊長。でも、良い経験にはなっただろ?」

「確かに経験値は貯まったのでござる。本物の女子おなご相手にも挙動不審にはならないかもしれないのでござる」

 ブルースはノーマルに女子が好きな男である。そして、16歳という若さが溢れる年頃のために、女子にモテたいという普通の願望を持っていた。しかし如何せん。ケージに話しかけてくる女子たちに自分も気さくに話かけて、その輪に混ぜてもらおうとは思っているのだが、その度に心臓がバクバクと跳ね上がり、まともに口から声が出ない性分なのだ。

 そんなブルースに対して、ケージを囲む女子たちは一切、ブルースに目を向けることは無かった。ケージに対して、今度、デートしてちょうだい! と言って去っていく。今日もまた、ブルースは挙動不審になりながら、ケージを囲む女子たちとまともに会話出来ず仕舞いであった。

「まあ、経験は少しだけ活かされていたな……」

「ぼくから見ていたら、ヤキモキしてしまんですぅ。普段、エーリカおねえたまやセツラ様に接するように、自然と振る舞うことは出来ないのですぅ??」

「それが出来たら、こんなに苦労していなのでござる。しかし、普段とは違い、女子たちがちらっとだけ、自分にも注目をしてくれたのは嬉しく思ってしまった。拙者はなんと小さな男でござるか」

 ケージたちはやれやれと頭を左右に振るしかない。オカマバーの店長が言うようにガールズバーという魑魅魍魎ちみもうりょうが住む場所に、今のブルースを放り込めば、ブルースがダメ男になってしまうのは目に見えていた。軍隊において、上司が出世していくことは、そのまま部下の出世にも響く。

 ケージはマグナ家の暴れん棒という最低な評価を自分の手で濯ぐためにも、一角ひとかどの将となりたいという夢を持っていた。だからこそ、自分の隊長が舐められるような事態に陥ってほしくない。ガールズバーに住む魑魅魍魎ちみもうりょうを相手にしても、軽くあしらえるほどの立派な男になってほしかった。

「ケージさん。ぼく、思ったんですけど。ブルースさんには根本的に男としての自信が足りてないと思うんですぅ」

「ん? いくさを通じてだと、ブルース隊長は立派な将だと思うぜ?」

「ぼくがそうであるように、ブルースさんは戦いの場においては『猛るヒト』なんですぅ。普段は内気ですけど、戦う場所を与えるとヒトが違うように大活躍できる部類のヒトなんだと思うのですぅ」

 ランの意見になるほどと思ってしまうケージであった。ケージが普段、ブルース隊長を隊長として尊敬しているのは、ブルース隊長と同じ隊に配属され、さらにはブルース隊長の勇ましい戦いぶりを見ているからだと。普段は気の弱い部分を垣間見せるブルース隊長であるが、いくさ場で腹をくくった時の隊長は、自分も惚れてしまいそうになる。

「なっるほどな。男としての自信ってか。確かに普段のブルース隊長からは威厳ってもんが身体から出てこない。その威厳が出ていない原因も自信の無さから来ているってかっ!」

「その通りだと思うのですぅ。だから、まずは経験値うんぬんよりも、心を強くしてもらうことから始めるのですぅ」

 自分たちよりも数ミャートル先を肩を落としながらトボトボと歩くブルースの背中をゆっくりと追いかけるケージたちであった。ケージたちは普段でも自信満々にしているブルース隊長の姿を想像する。そう妄想することで、何故かにんまりと笑顔になるケージであった。

「こりゃ、ブルース隊長に男としての自信をもってもらわねえとなっ!」

「はい! ブルースさんが身体から威厳を溢れさせれるようになれば、エーリカおねえたまも喜ぶと思うのですぅ!」

 それぞれの思惑は違っているが、ケージとランの利害は一致することになる。どちらもブルース隊長には立派な隊長になってほしいと願った。それゆえに彼らは彼らなりの方法で、ブルースモテモテ計画を発動することになる。

 ケージとランに欠けているものが何だったかを大魔導士:クロウリー=ムーンライトは後に語ることになる。『ヒトにはそれぞれに才覚や器と呼ばれるモノがある。才ある者は往々にして、才の無い者を無自覚に追い詰める』と……。

 その話はともかくとして、連日のようにケージとランはブルース隊長に自信をつけさせるための方策を考え、それを実行に移した。日に日にブルースがケージとランの行動を訝しむのは当然と言えば当然であった。

「お前たち、何故、正座をさせられているかわかっているでござるか??」

「俺っち、まったくわからねえっ!」

「右に同じなのですぅ……」


 とある日、自分の隊の練兵が終わった後、ブルースはケージとランを居残りさせて、さらには黙ってその場で正座をするようにと命令する。ケージとランはきょとんとした顔つきで、何故、今から説教をされねばならぬのか、まったくもってわかっていないという表情になっていた。

「今朝、エーリカから注意されたのでござる。あんた、変な噂が流れているわよと。大戦おおいくさが終わってから、たるんでるんじゃないの? って。拙者はエーリカにそこまでして女子にモテたいの? っていう、まるでタケル殿に向けるような、あんたはナメクジねって視線を飛ばされたのでござるっ!!」

 ブルースにとって、エーリカから受ける視線は大事であった。大戦おおいくさを通じて、ブルースはエーリカから受ける視線が、カタツムリからカブトムシレベルに昇格したという自信を持っていた。これは大きな前進である。エーリカにとって、男は『虫』か、路傍の石同然の扱いである『無機物』かという明確な境界線があった

 そもそも、エーリカ自身の評価の仕方が悪いわけではない。実際のところ、女子とは往々にして、男に対して、このような評価分けをおこなっている。男は女子のことをおっぱいが実っているかどうかで評価分けするのと同じと思ってもらえればいい。あるサイズ未満は目には映らず、あるサイズ以上になれば、嫌が応にも視線を奪われる。それと同様なことが女子でもおこなっているだけである。

 そして、エーリカの男に対する評価の中において、虫は虫でもちゃんと階級分けがされていた。虫の中で最低レベルに低いのが『ナメクジ』である。男だとは思っていても、男と意識されているかどうか、ギリギリ判断が難しいところだ。ちょっと厳しめに塩対応をすれば、すぐにしょげてしまうような男のことを『ナメクジ』と評しているエーリカである。

 同じように普段、気弱なところを見せてしまうブルースの評価は『カタツムリ』であった。しかし、大戦おおいくさを経て、エーリカはブルースの評価をあげていたのだ。だが、その評価を再び下げたのが、まさかの自分の補佐たちとは思っていなかったブルースであった……。
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