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序章

プロローグ2:剣王と戦士

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――竜皇バハムート3世歴451年 1月30日――

 この日は冬の厳しさも和らぎ、地面に降り積もっていた雪もしっかりと踏めるほどの固さになっていた。その厚い雪を厚底のブーツで踏みしめる大男が向かった先は、喧騒が止むことが無いとある国の王都であった。

 その大男はボロを着てても錦と言わんばかりの風貌であった。ボロボロの外套マントの隙間から、これまた長い年月で傷ついた部分鎧が顔をのぞかせていた。しかし、その恰好を恥じることなく大男は雪原を越え、王都へと足を踏み入れる。

 王都がこれほどまでに賑やかだったのは、円形闘技場コロッセウムに招かれたとある武人の存在があったからだ。その武人の字名あざなは【剣王】。創造主:Y.O.N.N様から祝福ギフトを与えられた人物であり、円形闘技場コロッセウムで開かれた武術大会で99連勝目を飾ったのである。

「パパ! 剣王は60歳を超えたおじいちゃんなんでしょ!? それなのになんであんなに強いの!?」

「エーリカ。老いては盛んとはかの剣王様のためにあるような言葉だ。だが、その剣王もついに力尽きようとしている。エーリカ。パパと一緒に時代が変わるその瞬間を見届けよう」

 エーリカの頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶことになる。エーリカの父親の名前はブリトリー=スミス。とある村で刀鍛冶を生業としている。エーリカは父親に剣王の強さの秘密を聞いたが、彼は娘の期待している答えを与えるどころか、不穏な発言をしたのである。

 当然、6歳児のエーリカは大いなる不満を表す。彼女は端正な顔にある眉の間に思いっ切りシワを創り出す。さらには少女真っ盛りの薄い唇をアヒルのクチバシのように尖らせる。そんな不満たらたらのエーリカの頭をゴツゴツとした分厚い左手で優しく撫でるブリトリー=スミスであった。エーリカは父親のゴツゴツとした大きくて分厚い手が大好きだ。男の手というのはこうでなければならないと幼いエーリカの心に染み込ませていた。

「パパが何を言いたいのかわからないけど、剣王様が100連勝を飾ったわ! あたし、結婚するなら剣王様みたいな立派な王様が良い!」

「ははは……。剣王様が立派な王様かどうかはさておき……。エーリカは昨日まで、大きくなったらパパみたいな仕事ひとすじで真面目なひとと結婚する! って言っていたじゃないか」

「そんなこと言った記憶はありませーーーん! やっぱり男は剣王様か、それ以上に強いひとじゃないと嫌ーーー!」

 娘のエーリカの心変わりに苦笑せざるをえない父親であった。しかし、エーリカの言うことが本心であるならば、自分が鍛え上げた刀を譲った男にエーリカが惚れこむことになる。だが、あの男は危うすぎる。ブリトリー=スミスはその刀が完成した瞬間、心が沸き立ってしょうがなくなってしまった。そして、その刀を【魔人殺しの剣デーモン・キラー】と名付けてしまった。

 今思い返せば、若造が愛刀に付けてしまいそうな銘である。だが、それでもあの時感じたあの刀から発せられる魔性は、それを打ったブリトリー=スミスすらも心酔させたのである。そして、その魔人殺しの剣デーモン・キラーを背中に背負った大男がついに円形闘技場コロッセウムに現れた。

「100連勝を終えたばかりで、われは興奮しきっている……。101人目とはキリが悪い。出直してまいれ」

「ふんっ。老いぼれの剣王がっ! 俺様の発する鬼迫に恐れおののき、言い訳を考えただけだろうがっ!!」

 円形闘技場コロッセウムに集まる観衆たちは、剣王に対して不遜な態度と言葉を発する大男に対して、しかめっ面になる。6歳児のエーリカ=スミスもまた、他の観衆共々、不遜な大男にブーイングを飛ばすのであった。大男はふんっ! と鼻息を噴き出す。それと同時にボロボロの外套マントを翻し、背中に背負っていた大太刀を鞘から抜き出した。

 円形闘技場コロッセウムに集まる観衆たちはゴクリと唾を喉奥に押下するこになる。その途端、今まで大男に対して飛ばしていたブーイングはピタリと止むことになる。それほどまでにその大太刀自体が勇壮であり、それと同時に冷たい冷気を放っていた。その冷たい冷気が剣王の100連勝達成で非常に熱くなっていた観衆たちの心臓に寒さを突き刺したのである。

 エーリカ=スミスはその剣気に圧倒され、呼吸がしづらくなってしまう。右隣りに座る父親の太い左腕に両腕を絡ませ、さらに力強くギュッと抱きしめるのであった。

「パパ……。剣王様は勝つよ……ね? あの不届き者になんかに負けないわよね??」

「それはパパでもわからないな。でも、これだけは言える。パパは剣王すらも斬り伏せることが出来る刀を打てたという自負がある。その刀を使いこなせる技量をシノジ=ザッシュが持ち合わせているかどうかになる」

 ブリトリー=スミスはかの大男の名前を知っている。詳しい素性までは知らないが、刃渡り2ミャートル近くあるあの大太刀を振るうだけの膂力と技量を持ち合わせている人物だということは知ってる。そして、シノジ=ザッシュはその膂力と技量を戦場という戦場を渡り歩くことで手に入れたことも知っている。

「さあ、シノジ=ザッシュ。かの凶王を斬捨てたまへ。わたしを追い出した一族たちに、わたしの才が異端ではないことの証明をしてくれたまへ!」

 ブリトリー=スミスはギラギラと眼を輝かせていた。自分が打つ刀は魔性を帯びてしまうことがたびたびあった。それゆえに禁忌の法に触れたと一族のとある人物に言い振らされた。ブリトリー=スミスは不名誉の烙印を押されたことと、若さゆえの暴走も手伝い、その当時、お付き合いをしていた女性と共に辺境の村へと駆け落ちしてしまった。

 ブリトリー=スミスはその辺境の村で汚名返上する機会を虎視眈々と待ち続けた。そして、ついに自分はこれ以上の名刀を打てぬだろうという自信作を旧知の戦士に譲ったのである。見返りはただひとつ、魔人殺しの剣デーモン・キラーと共に龍となりて、王になってほしかったのである。そうなれば、自分は間違ったことをしていないと、自分の一族に胸を張って言える気がしてならなかった。

 剣王:マンチス=カーンは両手に1本づつ持つ血も乾いていない大曲刀を用いて、剣舞を披露する。大曲刀を振れば振るほど、その刀身自体が赤く染まっていく。剣王:マンチス=カーンの怒りにも似た感情が大曲刀に伝播していく。その刀身を不遜な大男の血でもっと真っ赤に染めてやろうとしたのである。

「なん……だとぉぉぉ!?」

 大きすぎる大太刀を右肩に乗せつつ、斬る構えを取っていた大男は袈裟斬りに大太刀を振るってみせる。全体重を大太刀に乗せることで、剣王:マンチス=カーンが生み出していた赤い暴風を真正面から砕いたのである。マンチス=カーンは2本の大曲刀の刃にヒビが入るだけでなく、次の瞬間には粉々に吹き飛んでいくのをその赤い両目で捉えることになる。

 さらに次の瞬間には自分の黄金こがね色の鎧に出来た大きすぎる隙間から血しぶきが噴き出すのを、その赤い両目で見ることになる。

「剣王老いたり……。今の我が技量では届かぬと思っていたっ!!」
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