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第12章:ヒトが覇王を超える時

第5話:無限の愛

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 魔族の代弁者とエルフ族の女王が放った一撃目は覇王の怪力により、ものの見事に粉砕されてしまう。だが、愛は無限という言葉通りに、魔族の代弁者たちは二撃目となる半月状のエネルギー波を覇王に向かって飛ばす。三日月状の時とは違い、エネルギー波自体の質量が約3倍となっており、覇王はギョッと両目を剥くこととなる。ちっぽけな存在でしかない彼らが何故に先ほど以上のエネルギーを生み出せるのかがわからない。

「エエイッ! うっとおしいこと極まりないッ!」

 覇王は両手の指をあらん限りに伸ばし、両手のひらで半月状のエネルギー波を受け止めてみせる。受け止めてみせたと同時に、そのエネルギー波に10本の爪全てを突き立ててみせる。覇王の爪が食い込んだ部分から亀裂が走り、バリーーーン! というガラスを1000枚ほど同時に割ったような音が周囲に甲高く響き渡る。覇王はさらにしんどそうにハアハアゼエゼエと上半身全体を使った荒い呼吸を繰り返す。

 ドラゴンに噛まれている右足がジンジンと痛み、立っているのもやっとだという雰囲気を醸し出す覇王である。そんな彼はいい加減、右足から離れろとばかりにヨンの横っ面をぶん殴る。だが、ヨンは喰い込ませた歯を全て引っこ抜かれぬ限りはそれを止めようとはしないかのように強情を張り続けた。実際、ヨンの歯茎からは歯槽膿漏のようにダラダラと血が流れていた。その血の一滴ですら、覇王のモノは混ざっていなかった。

 ドラゴンの顎力をもってしても、覇王力120パーセントに達したの筋肉の鎧を食い破ることは出来ていなかったのだ。だが、覇王の筋肉は鋼鉄のように硬く、同時にゴムのような柔軟さを兼ね備えていたために、ヨンの歯が食い込む余地があったのだ。それが皮肉にも覇王がヨンを剥がせない状況を生み出していた。

「ふごふごっ! わいは絶対に離さへんからなっ!」

 覇王は怒りを通り越して、辟易とした感情に襲われることとなる。かれこれドラゴンの横っ面を十数発殴ってはいるが、殴れば殴るほど、右太ももを締め付けてくる力が増されてしまう。自分の手に武器があれば、このドラゴンのぶっとい首を叩き斬ってしまえるのだが、この全長15ミャートルに達した覇王が扱える武器なぞ、この世に存在するわけがない。

 覇王力120パーセントを発揮した際に、シノジ=ダイクーンの両手に納まるべき武器が無いことが、覇王自身の弱みとも言えた。だが、全長15ミャートルにも達した覇王は、その辺の大岩を地面から引っこ抜いてぶん投げたり、山の表面を素手で崩すなどでも、十分な破壊力を生み出すことが出来た。だが、それをまったくさせないようにとドラゴンが自分の右ふとももに噛みついたままなのだ。

 覇王はあえて、ドラゴンの接近を許したのだ。全長6ミャートル程度のドラゴンに何が出来ようかと、相手にしなかった。それがここまで尾を引く事態になるとは、覇王の計算違いと言っても過言ではなかった。そして、満足に動けぬ身に向かって、魔族の代弁者とエルフ族の女王が三撃目となるエネルギー波を覇王に対して飛ばしてくる。

 その三撃目は満月のように丸くて大きな球体状のエネルギー波であった。直径10ミャートルほどもあり、覇王の全長の3分の2にも達する大きさを有していた。覇王はギリギリと歯ぎしりし、両腕を大きく開く。そんなものに屈するわれではないと言いたげなポーズをとってみせる。

 ここにきて、ヨンは覇王の右太ももに噛みついていたのを止める。いや、止めたというよりかは、力尽きて地面に伏せてしまっただけであった。ヨンは運の良いことに、魔族の代弁者とエルフ族の女王が放った最後の一撃に巻き込まれずに済んだ。覇王は足かせを失ったと同時に、七色に光り輝く満月状のエネルギー波に押されに押されることとなる。

 覇王の右足にあった突起物はヨンにほぼ全てを噛み砕かれており、熱が外に出ることあたわず、覇王の右足内に溜まり続けていた。それにより、覇王の右足はオーバーヒートを起こし膨張していた。それにより、覇王は右足に神力ちからを入れることすら出来ないわけで、覇王は踏ん張りを利かせられなくなり、満月状のエネルギー波にどんどん押されてしまう。

 覇王は満月状のエネルギー波の両側から両腕を回し、受け止める方向でどうにかしようと最初は考えていた。しかし、右足が思うように動かない事実を受け入れて、身体をのけぞらせることで、エネルギー波をどこか後方へと投げ飛ばそうかと思案した。しかし、覇王は満月状のエネルギー波をその身で受け止めている最中に、ある最悪の結果を頭の中に思い浮かべてしまった。

われがこのエネルギー波を後方に投げ飛ばす? それだと、コロウ関に詰めているわれの配下はいったいどうなる!?)

 覇王はゾクッ! と背中に冷や汗が噴き出ることとなる。魔族の代弁者とエルフ族の女王が放ったこの一撃は、黄金色の大きな水瓶みずがめである『土竜の咆哮ドラゴニック・バースト』が吐き出した岩石よりも遥かにエネルギー量が高かった。覇王はこのエネルギー波を受け止めようと努めながらも、同時にこのエネルギー波をどこかに投げ飛ばした場合に、このエネルギー波がもたらす破壊の規模をざっくりと計算する。

 そして、覇王が算盤そろばんを筋肉で出来た脳みそで弾いた結果、着弾した場所を中心として周囲10キュロ四方が跡形も無く吹き飛び、さらには余波が100キュロ以上にも及ぶという計算結果となる。こうなれば、コロウ関に詰めている25万の死役兵だけでなく、自分が一から育てあげようとしている8人の将官たちも、この世から消滅することは必定であった。

「とんでもないことをしてくれたなッ!? これが貴様らの説く『愛』かッ!!」

 覇王は吼えずにはいられなかった。愛には色々な形がある。慈愛、性愛、聖愛など、例えを上げれば数えきれないほどに、愛が付きまとう言葉ばかりだ。そして、魔族の代弁者とエルフ族の女王が放った愛は、自分を含めて、ドワーフ軍を壊滅するだけの破壊力を含んでいた。そんなもののどこが愛に値するのかと非難めいた言葉を発してしまう覇王である。

 何が何でもこの愛を受け止めきらなければ、ドワーフ軍は壊滅してしまう。覇王はずるずると地面に二本の線を描きながらも、神力ちからを発揮し続けた。1キュロミャートル、2キュロミャートル、3キュロミャートルとどんどん、コロウ関の方へと押し戻される。覇王はギリギリと歯ぎしりしつつ、必死に食いしばる。自分はこの愛を全力で受け止めることに注力し、コロウ関まで残り1キュロミャートル地点まで達したその時に、自分がしている行為について、気づかされることとなる。

われは何故、やつらの愛を受け止めようとしているのだッ!?」
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