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第11章:覇王と代弁者と女王

第10話:ヒトの限界

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 気付けば、魔族の代弁者は虎眼石タイガーアイの双眸から溢れんばかりに涙を流していた。覇王を睨み続けるその眼には憎悪の炎を燃やし続けていたのにだ。だが、魔族の代弁者の心がそうしようと決意していたというのに、身体が拒否を示したのだ。魔族の代弁者にそうではいけないと意見してきたのである。

 魔族の代弁者は心の中をかき乱されることとなる。何故に覇王を睨む眼から、涙が次々と溢れるのか理解できないでいた。この勝負が決まる刹那において、魔族の代弁者は心を乱してしまう。さらには、魔族の代弁者は危うく、弦を握る右手を離してしまいそうになる。

 魔族の代弁者は頭を強く左右に振り、眼から流れ落ちる涙を振り切ろうとする。しかし、それでも彼の虎眼石タイガーアイの双眸からは涙が途切れることはなかった。そして、ついに彼はその涙の理由を知り、真理へと至る。

「覇王くん。先生は『真実の愛』を見つけました」

「ほう? それはそれは……。是非とも、我輩にもご教授願いたい」

「『汝の隣人を愛せよ』。これは先生からの愛です』

 魔族の代弁者はそう言うと、右手の指を弦から外し、つがえていた太矢を覇王に向かって放つ。覇王は満面に笑みを称えつつ、魔族の代弁者の放った一撃を真正面から受け止める。覇王が作り出した光の壁に魔族の代弁者が放った太矢の先端がぶち込まれる。互いにせめぎ合いを繰り返し、その接点部分から眼も眩むような火花が飛び散る。

 虹色の光を発する太矢は光の壁にぶち当たった後も、ドリルのような回転を止めずに光の壁を穿ち続けた。覇王が生み出した光の壁はその太矢との接点を中心に亀裂を縦横無尽に走らせる。しかしながら、光の壁は一枚だけで構成されているわけでは無く、多層に織られていたのだ。薄皮一枚に亀裂が走り、それによって光の壁の一枚が宙に霧散していく。それを何度も繰り返し、徐々にではあるが魔族の代弁者が放った太矢の勢いを減衰させていく。

 太矢を放った魔族の代弁者は成り行きを黙って見ていることしかできなかった。彼はその身に宿る魔力の全てを太矢に注ぎ込んでいた。それゆえに、魔族の代弁者は片手と片膝を地面につく恰好となっていた。だが、それでも魔族の代弁者の視線は覇王に向けられていた。自分の放った愛が覇王に届くことを信じていた。

「先生の愛はどんな障壁も乗り越えられるのです。それが覇王くん。キミが生み出した心の壁ですら……」

 魔族の代弁者はそう言った後、本当に本当の最後のひと絞りの魔力を太矢に伝えんと、右手を真っ直ぐに伸ばし、その手のひらの先から申し訳ない程度の魔力を放出する。その魔力が太矢に到達するや否や、失速しかけていた太矢の回転量が100倍以上に膨れ上がったのだ。

 覇王はこの現象に面食らうことになる。光の壁は100層に渡っており、魔族の代弁者が放った太矢を完全に防ぎきることが出来ると考えていた。しかし、勢いを得た太矢は覇王が生み出した光の壁を次々と粉砕していく。数秒後には100層あった光の壁の全てが破砕され、覇王の腹にその太矢がぶち込まれることとなる。

「ぐぬおぉぉぉ!?」

 覇王は自分の腹に突き立つ太矢がそれ以上、肉体を破壊しないように硬質化した両腕で、その太矢を抱え込む。しかしながら、虹色に輝く太矢の回転は光の壁を100層貫通したというのに、まったくもって衰えておらず、自分を抱え込んできた覇王の両腕すらも削り始めるのであった。

 太矢自体は魔力の塊であり、それが結晶化したものであった。それなのに、覇王の筋肉ぶつかりあうことで、まるで金属と金属がぶつかり合うようなギャリギャリギャリッッッ!! という甲高い音を奏でることとなる。そして、覇王は地面に二本の線を描きながら、太矢の勢いに押されて、20ミャートル以上、後方へと無理やり移動させられる。

 覇王は事ここに至り、ついに真の覇王力を発揮する。身体の構造はそのままに、覇王の身体自体が膨張したのである。縦方向に6倍、横方向に同じく6倍に膨れ上がり、覇王の伸長は高さ15ミャートルに達する。

「覇王力120パーセント開放……。魔族の代弁者よ、よくぞここまでわれを追い詰めた。われがこの姿をヒトに見せたのは初めて也」

「ははっ……。これはさすがに無理ってもんでしょ。先生の愛がどれほど大きかろうが、これは反則ってもんです」

 伸長15ミャートルに達した覇王にとって、魔族の代弁者が放った太矢は、そこらに転がっているただの棒きれに過ぎぬサイズとなってしまったのだ。魔族の代弁者は覇王の本質が何であるかをこの時点でようやく悟る。そもそもとして、覇王はヒトならざる存在であったのだ。魔族の代弁者に限らず、勇者と英傑は所詮、『ヒト』なのである。だが、覇王がここまでの神力ちからを持っているのは、『ヒトならざるモノ』だからこそであったのだ。

「覇王くんは神そのものだったのですね?」

「それは半分当たりで半分間違い也。われは神とヒトの融合体である。神の神力ちからとヒトの可能性を併せ持つがゆえに、われは覇王也」

 この返答に魔族の代弁者はほとほとに参ったという顔つきになってしまう。創造主はヒトを管理・指導するために神という存在を創った。神はやがて、このテクロ大陸でエンシェント・ドラゴンへと姿を変えて、テクロ大陸に存在する国々の守護神となったのだ。しかしながら、遥か高みの存在と化しているエンシェント・ドラゴンたちは、それでもヒトを慈しむことを忘れなかった。ヒトに叡智を授け、苦難を与え、ヒトが進化していく姿を見守ってくれていた。

 エンシェント・ドラゴンたちはヒトの可能性に賭けたのだ。創造主:Y.O.N.Nが創り出した世界ではあるが、そのことわりに縛られることのないようにと、神々も手を尽くしたのである。しかし、その集大成である人物が『覇王』だったのだ。

 創造主:Y.O.N.Nは神々とヒトが手を合わせあうのを最初は喜んだ。しかし、創造主:Y.O.N.Nは『平和』な世界が嫌いであった。だからこそ、『混乱』の象徴として、神々とヒトが長年培っていたモノを使い、『覇王』を創り上げたのだ。

 そんな途方もない眉唾モノの話を魔族の代弁者は、コッヒロー=ネヅから以前に聞かされていたのだが、おとぎ話だと一蹴してしまっていた。しかし、実際に覇王と対峙し、自分の魔力の全てを注ぎ込んでも、どうにもならない存在がいることに、驚きを通り越して、諦観の情を芽生えさせる他無かった。

「先生の敗けです。敗者は勝者に裁可を委ねるしかありません。煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」

 そう投げやりに言う魔族の代弁者に対して、覇王はニヤリと口の端を歪ませてみせる。そして、右の太ももをゆっくりと持ち上げる。その後、右足の裏をへたりこんで地面に尻餅をつけている魔族の代弁者に向かって、振り下ろしていく……。
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