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第10章:勇者と英傑

第4話:せめて女らしく

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「ユキムラ!? ユキムラ!? ユキムラーーー!!」

 カミラ=ティアマトの背中にはゾクッという悪寒が駆け巡る。その悪寒の正体を直感で知ったカミラ=ティアマトは愕然とした表情になりつつも、彼の名前を呼び続けた。そして、彼女が半狂乱になりつつも、自分は死んではいけないと思い、両手に一本づつもつ幅広直剣ブロードソードを振るい続けた。

 しかし、彼女の顔は憔悴しきっていた。一刻も早く、ユキムラの下へと向かわなければならないという想いが積み重なっていくというのに、それを眼の前に群がる死役兵がそれを許してくれなかったからだ。彼女に付き従う兵はさらに半減し、今や5000まで目減りしていた。そんな状況下に置かれている彼女がユキムラ=サナダの下へ辿りつけるわけがないのは、彼女自身もわかりきっていたのだ。

「おい、姐さんが愛しの彼に会いたがってんぞっ! てめえら、気合入れろってんだっ!」

「ははっ! 戦場で恋人の名前を泣き叫ぶように言うなんて、少しは乙女らしくなったんじゃないですか? よっしゃ、ここは姐さんのためにヒト肌脱ぎますかっ!」

「お、おめえら、何言ってやがんだ!?」

 カミラ=ティアマトに最後まで付き従っていた5000人のエルフ兵がその命が尽きる前くらい、カミラ=ティアマトに女としての生き方を貫いてもらおうと決心したのである。皆の顔は一様に晴れやかであった。そして、次の瞬間、彼らは一斉に、自分の体内の魔力を暴走させたのだ。

「やめろっ! おめえら、自爆特攻は禁じたはずだぞっ!!」

「へへっ……。ユキムラさんと立派な子ゴリラでも作る心配でもしてなさんなってっ!」

「そうそう。ニンゲン族の将来有望な将ととエルフ族の総指揮官殿との子供なんだ。覇王がどれだけ強かろうが、その子供がなんとかしてくれるってもんだぜっ!」

 カミラ=ティアマトが率いていたエルフ兵たちがそう言い残すや否や、彼ら自身が火球となりかわり、死役兵の群れへと突っ込んでいく。しかしながら、彼らはすぐには爆散せずに、自分が生み出した焔を死役兵たちに次々と延焼させていく。そして、ひとりが数ミャートルの道をこじ開け、さらに後ろに続く兵たちがもう数ミャートルの道を開通させるのであった。

 そして、5000のエルフ兵は多大な犠牲を払って、焔の道を造り上げる。その焔の一本道はカミラ=ティアマトが居る地点から、地面に横たわるユキムラ=サナダの下へと開通してみせるのであった。カミラ=ティアマトはこの出来上がった焔の一本道の先でユキムラ=サナダを視認するや否や、駆けに駆けた。途中、同志であるエルフ兵の亡骸にけつまずき、転げそうになるが、すぐさま体勢を整えて走りに走ったのだ。

「ユキムラーーー!!」

 カミラ=ティアマトはこの時、自分が泣いているのか笑っているのかわからなかった。ただ言えることは、生きてまたユキムラ=サナダに出会うことが出来そうだという感情に彼女の心は支配されていたのである。

 しかし、恋路に邪魔者が現れるのはどんな物語でもそうであるように、カミラ=ティアマトとユキムラ=サナダの間にも物理的な障害が現れ出でることとなる。そして、その障害とはもちろん、覇王:シノジ=ダイクーンそのひとである。

 カミラ=ティアマトは視界に伸長2ミャートル半ある筋肉ダルマの大男が映ったが、自然と身体が動く。両手に一本づつ持つ幅広直剣ブロードソードをあらん限りの力をもってして、その男の身に叩きつけようとしたのだ。覇王は焔で出来た道を真っ直ぐに突き抜けてくるエルフ兵に面食らうこととなる。そして、彼もまた自然と身体が動き、大剣クレイモアを真一文字に振り払うのであった。

 カミラ=ティアマトは自分の胴体を真っ二つにせんと迫ってくる大剣クレイモアに対して、二本の幅広直剣ブロードソードの軌道が上から下方向だったのを途中で左斜め下へと強引に変える。覇王が右手に持つ大剣クレイモアとカミラ=ティアマトが持つ二本の幅広直剣ブロードソードが歪な角度でぶつかり合う。

 無理な体勢で幅広直剣ブロードソードを振るってしまったために、いくらキングオブゴリラと称されているカミラ=ティアマトでも、覇王の一撃を完全に封殺することは出来なかった。そのため、大剣クレイモア幅広直剣ブロードソードがかち合った衝撃をモロに身体に受けて、横殴りに地面へと倒れ込んでしまう彼女であった。

「ガハッ、ゲホッガホッ!」

 カミラ=ティアマトが幸運だったことは今の衝撃で左側の肋骨が数本折れただけで済んだことであろう。本当なら、覇王の横薙ぎにより、彼女は胴体を横に真っ二つにされていてもおかしくなかったのだから。カミラ=ティアマトは喉の奥から血を吐きつつも、あらん限りの力を両足に込めて立ち上がる。膝はガクガクと震えているし、折れた肋骨は肺に穴を開けている。

 それでもカミラ=ティアマトは戦うことを選んだのである。数歩先で仰向けに倒れているユキムラ=サナダを救うためにだ。あの好青年を絵に描いたような顔の面影はどこにもなかった。だが、それでもひと目でその男がユキムラ=サナダであることを察したのだ、彼女は。

「てめえっ! あたしゃの男になんてことしやがったっ!」

「カハッ! こやつは貴様の想い人であったか。ちょうど良いところに来てくれた也。こやつの名を教えてくれはせんか? われとしたことが、これほどの傑物の名を聞きそびれてしまってな?」

 覇王は悪びれることもせずに、地に伏すおとこの名を教えてくれとカミラ=ティアマトに乞うのであった。その覇王の言い草に、カミラ=ティアマトの身体中の血が沸騰してしまうのは当然であった。力を認め合った武人同士であれば、自然と自己紹介しあうものだ。しかし、それを忘れていたというこの男を心底許せないと思うカミラ=ティアマトである。覇王はユキムラ=サナダを認めていると言いつつも、同時に侮っていると感じて仕方がない彼女であった。

「あたしゃが教えてやる義理なんてこれっぽちもねえよっ! こいつは自分の足で立ち上がって、名乗りをあげるんだよっ!」

 女エルフ兵のその言いを聞き、失礼ながらも覇王はエフッエフッ! と咳こんでしまう。今にも息を引き取りそうな男が、どうやってその足で立ち上がり、さらには自分に向かって名乗りをあげるのか? と聞き返してしまいたくなってしまう覇王であった。いくら想い想われる間柄と言えども、無茶振りも過ぎると思ってしまうのは覇王だけでは無いだろう。

「チュッチュッチュ。ならば、僕が彼に立ち上がるだけの力を与えるのでッチュウ。おい、そこの若造。僕の声が聞こえているならば、真に勇気ある言葉をその脳裏に思い浮かべるでッチュウ。もし、その想いが本物であれば、お前は『勇者』の力に目覚めるはずなのでッチュウ」
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