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第9章:移り変わる世界
第7話:覇王の鼓舞
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――テンショウ21年6月1日 ドワーフ族が支配するダイクーン王国の首都:セイにて――
傷が完全に癒えた覇王はドワーフ族の女王に出立の許可を求め、それを受けて、女王は覇王に4種族討伐の軍を起こすことへの認可を与える。女王:アイナ=ワトソンの顔は憂いに満ちていたが、覇王が彼女を頭を優しく撫でることで、彼女の顔は少しばかりその不安気な色が落とされることとなる。
防具を着こんだ覇王が愛馬であるナイトメアに跨り、右手を軽く掲げながら、宮殿前の城門ををゆっくりと通過する。ドワーフ族たちの老若男女が期待を込めた声援を彼に送る。覇王は出立前に国民に向かって声明を発表している。ニンゲン・エルフ・魔族・亜人族たちに奪われたコロウ関とトウ関を奪い返すだけでなく、各種族の領土奥深くまで侵攻を続けると。
この覇王の言いが本当であれば、ドワーフ族がテクロ大陸の『覇者』になることも実現するのでは? という淡い期待が国民たちの心に芽生えたのであった。何しろ、先日の戦いで、覇王は20万にも達するニンゲン・エルフ・魔族・亜人族連合軍を相手に一騎駆けし、散々に敵兵を殺して見せたと聞き及んでいる。次に出陣した三大騎士がひとり、イタメル=レバーニアンが撤退する憂き目にあったが、それでも4種族連合軍はコロウ関とトウ関まで退いたという情報は国民たちの知るところとなっている。
覇王ひとりの存在で戦況がひっくり返るのであれば、いくら強固な壁であるコロウ関とトウ関であろうが、眼の前で紫色の戦闘馬に跨っている覇王がなんとかしてくれるだろうという期待感に満ち溢れていたのだ、宮殿前に集まる民衆たちは。
覇王:シノジ=ダイクーンがダイクーン王国の首都であるセイを出立した時、彼に付き従う生身の兵は5000ほどしかいなかった。それほどまでに、ドワーフ族全体では疲弊しきっていたのである。彼の軍に所属している将官たちは8人ほどいたが、彼らはコロウ関に向かう道中で調達する死役兵を指揮する駒としか見られていないことは薄々感じていた。
死役兵は命令を忠実に守る反面、自分の頭で考えて行動できる存在でないことは覇王からの説明で散々言い聞かされてきた。それをちゃんと理解していないからこそ、イタメル=レバーニアンは橋頭保での戦いに敗れたのだと、覇王は言う。だが、将官たちから言わせれば、死役兵側に大きな欠陥があるのではないかと訝し気であった。
死を恐れぬ兵は将官たちにとっては喜ばしいことではある。だが、逐一細かい命令を通達していかなければならぬと言うなれば、それは新兵を扱うのと同等だとも言えたのである。将官たちは不安を抱えたままに覇王に追従し続けることとなる。しかし、その不満を覇王自身に言えるわけもなく、心の中にくすぶりを持ったまま、覇王に同行する。
そんな将官たちの気持ちを察したのか、覇王は首都:セイから出立し、三日ほどが経ち、ニンゲン・エルフ連合軍が築いた橋頭保までやってくると、酒宴を開くと言い出したのであった。
「さあ、飲むが良い。今夜は無礼講也。我に言いたいことがあるならば、今のうちに言っておくが良い」
覇王は軍全体の士気を高めるために、この橋頭保でわざわざと足を止めて、将官たちと腹を割って話し合おうと言い出したのだ。しかしながら、覇王の周りに集まる将官たちは互いの顔を見合わせて、お前が先に言えと肘で小突き合い、なかなかに言い出せないのであった。
しかしながら、酒の力は偉大だ。ニンゲン・エルフ連合軍が残していった酒樽を100程開けると、次第に将官たちの口の滑りも良くなっていく。
「いや、特に大きな不満は無いのですが、それよりも不安のほうが大きいと言いますか……」
「ほう? 不安と言うか。さあ、飲め飲め。我がその不安を払拭してやろう」
覇王は酒樽をジョッキ代わりにして、ゴクコクとその中身を飲んで見せる。その豪快さがドワーフ族たちにとっては勇気を与えられることとなる。ドワーフ族の兵士たちの掟として、酒杯を交わせば、義兄弟だという暗黙の了解があった。かの覇王が肩を並べて、自分たちと飲み比べをしてくれるだけでも、将官たちの憂いは吹き飛んでいってしまう。
この掟は覇王が今から600年前に決めたドワーフ軍の掟であることを今の世の将官たちは知らなかった。第1次テクロ大戦が行なわれる十数年前において、このドワーフ族が支配する土地は小部族が乱立していたのである。この地をひとつにまとめ上げたのが覇王:シノジ=ダイクーンそのひとなのだ。そして、彼が挙兵した時は彼に従う兵士は100人にも満たなかった。
そんな絶望感溢れる状況下、覇王は部下たちと酒杯を交わし、それぞれに身上話をさせたのである。部下の心を掌握する方法は今昔変わらずであったことに、覇王は大層、気分良く笑ってしまう。将官たちの誰もが、覇王に一献とばかりに酒樽を持ってきて、覇王に勧めるのであった。
「くっくっくっ! いくら我がウワバミだからといって、そう急かすな」
「いえいえ。あまりにも気持ちの良い飲み方をされるので、私どもも見ているだけで気分が良くなってしまいますなっ!」
髭面の将官が覇王の隣に座り、他の将官たちにもっと酒樽を持ってこいと指示を出す。この男の名はイカターマ=モンジャ。覇王が政権だけでなく軍権をも握ったことで、遅咲きの芽が咲いた男である。ドワーフ族は長年、三大騎士たちがそれぞれに軍権を握り、3つの軍閥を築いていた。しかし、その三大騎士たちのうち、1人が所在不明、1人が橋頭保攻略の失敗の責を取って失脚する。そして最後のひとりであるブッディ=ワトソンは精神不安定に陥り、まともに指揮を執れる状態ではなかった。
そして、覇王が軍権を完全掌握すると同時に、軍の体制を大きく刷新することとなる。今、覇王に付き従っている将官たちは覇王の親衛隊隊長群という位置づけだ。近々行なわれるコロウ関攻略において、彼らの序列を決める算段であった、覇王は。
覇王の目的はコロウ関を奪い返すだけで留まるわけがなかった。その後に続く、4種族たちとの戦において、他の地を任せるべき将官が必要となってくる。覇王は戦を行うと同時に練兵もこなさなければならない状況にあることを承知している。
しかしながら、まずは自分に付き従うこの8人の将官たちをどうにかしなければならない。彼らが後の世にドワーフ族の八龍将軍と呼ばれるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうであることは否めない覇王であった……。
傷が完全に癒えた覇王はドワーフ族の女王に出立の許可を求め、それを受けて、女王は覇王に4種族討伐の軍を起こすことへの認可を与える。女王:アイナ=ワトソンの顔は憂いに満ちていたが、覇王が彼女を頭を優しく撫でることで、彼女の顔は少しばかりその不安気な色が落とされることとなる。
防具を着こんだ覇王が愛馬であるナイトメアに跨り、右手を軽く掲げながら、宮殿前の城門ををゆっくりと通過する。ドワーフ族たちの老若男女が期待を込めた声援を彼に送る。覇王は出立前に国民に向かって声明を発表している。ニンゲン・エルフ・魔族・亜人族たちに奪われたコロウ関とトウ関を奪い返すだけでなく、各種族の領土奥深くまで侵攻を続けると。
この覇王の言いが本当であれば、ドワーフ族がテクロ大陸の『覇者』になることも実現するのでは? という淡い期待が国民たちの心に芽生えたのであった。何しろ、先日の戦いで、覇王は20万にも達するニンゲン・エルフ・魔族・亜人族連合軍を相手に一騎駆けし、散々に敵兵を殺して見せたと聞き及んでいる。次に出陣した三大騎士がひとり、イタメル=レバーニアンが撤退する憂き目にあったが、それでも4種族連合軍はコロウ関とトウ関まで退いたという情報は国民たちの知るところとなっている。
覇王ひとりの存在で戦況がひっくり返るのであれば、いくら強固な壁であるコロウ関とトウ関であろうが、眼の前で紫色の戦闘馬に跨っている覇王がなんとかしてくれるだろうという期待感に満ち溢れていたのだ、宮殿前に集まる民衆たちは。
覇王:シノジ=ダイクーンがダイクーン王国の首都であるセイを出立した時、彼に付き従う生身の兵は5000ほどしかいなかった。それほどまでに、ドワーフ族全体では疲弊しきっていたのである。彼の軍に所属している将官たちは8人ほどいたが、彼らはコロウ関に向かう道中で調達する死役兵を指揮する駒としか見られていないことは薄々感じていた。
死役兵は命令を忠実に守る反面、自分の頭で考えて行動できる存在でないことは覇王からの説明で散々言い聞かされてきた。それをちゃんと理解していないからこそ、イタメル=レバーニアンは橋頭保での戦いに敗れたのだと、覇王は言う。だが、将官たちから言わせれば、死役兵側に大きな欠陥があるのではないかと訝し気であった。
死を恐れぬ兵は将官たちにとっては喜ばしいことではある。だが、逐一細かい命令を通達していかなければならぬと言うなれば、それは新兵を扱うのと同等だとも言えたのである。将官たちは不安を抱えたままに覇王に追従し続けることとなる。しかし、その不満を覇王自身に言えるわけもなく、心の中にくすぶりを持ったまま、覇王に同行する。
そんな将官たちの気持ちを察したのか、覇王は首都:セイから出立し、三日ほどが経ち、ニンゲン・エルフ連合軍が築いた橋頭保までやってくると、酒宴を開くと言い出したのであった。
「さあ、飲むが良い。今夜は無礼講也。我に言いたいことがあるならば、今のうちに言っておくが良い」
覇王は軍全体の士気を高めるために、この橋頭保でわざわざと足を止めて、将官たちと腹を割って話し合おうと言い出したのだ。しかしながら、覇王の周りに集まる将官たちは互いの顔を見合わせて、お前が先に言えと肘で小突き合い、なかなかに言い出せないのであった。
しかしながら、酒の力は偉大だ。ニンゲン・エルフ連合軍が残していった酒樽を100程開けると、次第に将官たちの口の滑りも良くなっていく。
「いや、特に大きな不満は無いのですが、それよりも不安のほうが大きいと言いますか……」
「ほう? 不安と言うか。さあ、飲め飲め。我がその不安を払拭してやろう」
覇王は酒樽をジョッキ代わりにして、ゴクコクとその中身を飲んで見せる。その豪快さがドワーフ族たちにとっては勇気を与えられることとなる。ドワーフ族の兵士たちの掟として、酒杯を交わせば、義兄弟だという暗黙の了解があった。かの覇王が肩を並べて、自分たちと飲み比べをしてくれるだけでも、将官たちの憂いは吹き飛んでいってしまう。
この掟は覇王が今から600年前に決めたドワーフ軍の掟であることを今の世の将官たちは知らなかった。第1次テクロ大戦が行なわれる十数年前において、このドワーフ族が支配する土地は小部族が乱立していたのである。この地をひとつにまとめ上げたのが覇王:シノジ=ダイクーンそのひとなのだ。そして、彼が挙兵した時は彼に従う兵士は100人にも満たなかった。
そんな絶望感溢れる状況下、覇王は部下たちと酒杯を交わし、それぞれに身上話をさせたのである。部下の心を掌握する方法は今昔変わらずであったことに、覇王は大層、気分良く笑ってしまう。将官たちの誰もが、覇王に一献とばかりに酒樽を持ってきて、覇王に勧めるのであった。
「くっくっくっ! いくら我がウワバミだからといって、そう急かすな」
「いえいえ。あまりにも気持ちの良い飲み方をされるので、私どもも見ているだけで気分が良くなってしまいますなっ!」
髭面の将官が覇王の隣に座り、他の将官たちにもっと酒樽を持ってこいと指示を出す。この男の名はイカターマ=モンジャ。覇王が政権だけでなく軍権をも握ったことで、遅咲きの芽が咲いた男である。ドワーフ族は長年、三大騎士たちがそれぞれに軍権を握り、3つの軍閥を築いていた。しかし、その三大騎士たちのうち、1人が所在不明、1人が橋頭保攻略の失敗の責を取って失脚する。そして最後のひとりであるブッディ=ワトソンは精神不安定に陥り、まともに指揮を執れる状態ではなかった。
そして、覇王が軍権を完全掌握すると同時に、軍の体制を大きく刷新することとなる。今、覇王に付き従っている将官たちは覇王の親衛隊隊長群という位置づけだ。近々行なわれるコロウ関攻略において、彼らの序列を決める算段であった、覇王は。
覇王の目的はコロウ関を奪い返すだけで留まるわけがなかった。その後に続く、4種族たちとの戦において、他の地を任せるべき将官が必要となってくる。覇王は戦を行うと同時に練兵もこなさなければならない状況にあることを承知している。
しかしながら、まずは自分に付き従うこの8人の将官たちをどうにかしなければならない。彼らが後の世にドワーフ族の八龍将軍と呼ばれるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうであることは否めない覇王であった……。
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