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第7章:刻まれた恐怖

第6話:意地悪な問いかけ

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「知ってます? カマキリのメスって、オスと交尾した後、こんな感じでオスを動けぬ身にして、物理的にむさぼり喰らうって」

「ふむ……。これは勉強になりますな。さすがはキングオブゴリラですよ。愛しいからと言って、絞め技をかましますかね?」

 カミラ=ティアマトからの報告を受けるためにニンゲン・エルフ・魔族・亜人族の代表者たちが仮の本部へと姿を現したのは5月17日の昼過ぎであった。彼女本人からの連絡は無かったが、いい加減、被害状況のまとめがひと段落しているはずだと、そこに自然と集まったのである。そして、彼らがその眼にしたのは、床に倒れ伏せていたカミラ=ティアマトとユキムラ=サナダの両名であったのだ。

「ふふっ。良いではないですか。ワタクシとしましては、ようやくカミラさんに良いヒトが出来たと安心してましてよ。あらあら、幸せそうな寝顔ですこと」

 カミラ=ティアマトは夜を問わずに働き詰めであった。そこにユキムラ=サナダという珍客を迎えて、そしてすったもんだの展開を披露し、ついには絡み合ったまま、2人は眠りに落ちたのである。カミラ=ティアマトはもちろん疲労が積み重なったことによる睡眠であり、ユキムラ=サナダは頭突きの後遺症プラス、カミラ=ティアマトの絞め技による合わせ技1本であった。

 そんな微笑ましい? 彼女らの姿を見て、ニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエは彼女らの身体の上に薄手の毛布を掛けるのであった。そして、彼はそこらに散乱していた書類を拾い上げて、机の上にキレイに並べ終える。

「ううむ……。予想していた以上の損害を被っているようでござるな。ニンゲン族の将だけでも10人は犠牲になったようでござる」

「ワタクシのところは将こそ、それほど死にはしなかったものの、巻き込まれる形で兵は2万もの損害を被っていますわね」

 ニンゲン軍は死者だけで2万。そして、エルフ軍は傷を負った者を合わせて2万。総勢14万の内、3分の1が戦える状況に無いことを知る、ニンゲン族の首魁とエルフ族の女王であった。そして、兵自体には損害が無かった魔族・亜人族であったが、三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)と三大闘士を失ったのは痛すぎた。これでは魔族・亜人族は軍として統括できる者がほとんどいなくなってしまったと同義だったからだ。

「将がいなければ、兵を動かすことなど出来ません。うちは6万の軍を持ってきていましたけど、先生とイヴァンくん2人では精々1万ずつの運用になるでしょうね」

「そうなると、残りの4万にはトウ関に戻ってもらうしかないな。アニキ、こちらでそう手配しておくが、問題ないですか?」

 亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァがカミラ=ティアマトが取りまとめた報告書を片手に魔族の代表者に確認する。魔族の代弁者はコクリと頷き、同意したという意思をイヴァン=アレクサンドロヴァに伝えるのであった。しかしながら、そこで待ったをかけたのがニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエである。

「将がいなくて軍を統括しきれないのはわかるのでござるが、そちらの本国から応援を呼べぬでござるか? ニンゲン・エルフ連合軍は3分の1も損害を出してしまったのでござる」

「言いたいことはわかりますよ? タムラくん。でも、あの覇王がそのような時間的猶予を先生たちに与えてくれると思いますか? 明らかに覇王は先日の襲撃の際に、狙って将を殺した風に感じますけどね」

 ハジュン=ダイロクテンの言いを受けて、むむ……と零しながら口をつぐんでしまうタムラ=サカノウエであった。覇王のあれほどの力をもってすれば下級兵士がどれほどに壁になろうが、彼奴を押し留まらせるのは無理だということはわかっている。そして、将たちが進んで犠牲になってくれたのはありがたいが、それも彼奴の計算の内だったと主張するのがハジュン=ダイロクテンであったのだ。

 ただ、運が良かったことはそれぞれの国の代表者たちがだれひとりとて犠牲にならなかったことである。これだけでも、軍全体が崩壊しなかったという結果が残ったのだ。これは大きなアドバンテージでもあった。

 いくさにおいて、一番やっていけないのは、総大将が死ぬことである。悪く言えば、部下たちは代えが利くが、総大将はそうはいかないのである。特にタムラ=サカノウエはこの『聖戦』の総大将なのだ。配下の将をいくら失おうとも、タムラ=サカノウエが生きている内は、まだ本格的な敗けが決定したわけではないのだ。

 ドワーフ族が成さねばならぬことは、このいくさにおける一地方において、一時的に勝つことではない。このドワーフ族の支配する国に侵略を開始した総大将の首を取ってこそ、この侵略は止まるのである。

「拙者が死んではいけないことが一番重要だということでござるな……。して、これからどうすれば良いのでござろうか?」

「それをこっちに振ってきますか? 総大将がどうしたいかで決まることじゃないんです? 先生たちはあくまでも『火事場泥棒』ですから、そこは間違わないでほしいんですけどぉ!?」

 この後に及んで、自分たちはただニンゲン・エルフ連合軍の侵攻にあわせて、それに乗っかっただけだと主張する魔族の代弁者に対して、ニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエはこめかみに青筋が立ちそうになってしまう。明らかに挑発しているのだ、魔族の代弁者は。自分たちに正当な地位を約束するようにと、念書を書けと言ってきているのである。

 魔族・亜人族によるドワーフ族が支配するダイクーン王国への侵攻を正式に認めてしまえば、彼らにも戦後、ダイクーン王国との交渉について、口を挟まれることとなる。だからこそ、魔族・亜人族と合流した後も、その辺りをわざと曖昧にしてきたのだ、タムラ=サカノウエを初めとするニンゲン軍は。

 しかし、今や、ニンゲン軍の後ろ盾となっていたエルフ族の女王は手のひらを返して、魔族の代弁者とねんごろな関係になってしまっている。いくら朴念仁のタムラ=サカノウエであったとしても、2人がどこまでの関係を築いてしまっているかはわかっていないが、面白くない状況になっていることは察している。

「くっ……。それについてはうちの軍師であるカンベー=クロダと協議中でござる。しかしながら、今は利権争いよりも先に、あの覇王をどうにかすべきだと言わせてもらうのでござるっ!」

「覇王をどうにかすべき、ですか。確かにアレをまずどうにかしないと、この先のことなんて考えても意味がないことは承知です。ですが、承知の上で言わせてもらいますけど、タムラ=サカノウエくんは先生たちに何を望むのです?」

「手を貸せと言いたいのでござるっ! ええいっ! 貴殿とやり合うのは性に合わぬでござるっ!」
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