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第6章:覇王がもたらす死

第6話:好奇心は猫を殺す

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 エルフ族の総指揮官であるカミラ=ティアマトはニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエに前蹴りをかました後、自分の椅子にどかりと尻を乗せて、さらには行儀悪く足を組む。周りの眼からは、明らかに彼女もイラついているのがわかる。だが、そんな彼女をさらにイラつかせる行動に出ているのが魔族の代弁者であった。

 彼はあろうことか、自分のあるじであるエルフ族の女王の腹をドレス越しで右手でさすっているのである。しかも、エルフ族の女王であるアンジェラ=キシャルはそのいやらしい手つきで触ってくる相手の手をどかそうともしない。

「この子には戦乱の世でもすくすく育っていってほしいのですが、それは叶わぬことなんでしょうかね?」

「あら嫌ですわ。二晩ほど、ワタクシの中に魔液を注ぎ込んだ程度で、ワタクシが孕むなどとお思いのですの?」

 その2人の会話を耳に入れたカミラ=ティアマトの堪忍袋の緒はついにブチッ! という物理的な音を伴って、ズタズタに切り飛ばされることとなる。カミラ=ティアマトは後ろ足でガンッ! と今の今まで座っていた椅子を蹴っ飛ばし、ズカズカと足音を立てながら、魔族の代弁者の前に立つ。そして、未だにニヘラと崩れた表情を浮かべるハジュン=ダイロクテンの首根っこを捕まえて、無理やりに椅子から立ち上がらせる。

「あんた、もしかして、うちの女王様に手を出したっていうのかい!? ことと次第によっちゃ、あんたを八つ裂きにしにゃならん!!」

「え? え? 先生から手を出したわけではありません。先生は請われて子種を授けただけです。ねえ? アンジェラくん」

「いやですわ。そこは『アンジェラ』と呼び捨てにしてほしいのですわよ。それと、カミラさん? ワタクシの男に手をあげるとは何事ですの?」

 カミラ=ティアマトはチッ!! と強く舌打ちし、ドンッ! と両手でハジュン=ダイロクテンの胸を押す。それによって、ハジュン=ダイロクテンは少しばかりよろけてしまうが、すぐに体勢を整え直し、着崩れた鎧下の服を両手でパンパンと伸ばし、いつも通りの男前へと戻ってしまう。そして、カミラ=ティアマトに対して、何かを言わんとするが、その前に本部の出入り口にあの男が驚愕の表情を浮かべながら登場することとなる。

「駄目だ駄目だ、駄目だ! あいつと関わっちゃいけねえ! おい、アニキ、ここは逃げの一手だっ!」

 その男の名はイヴァン=アレクサンドロヴァ。亜人族のおさである。だが、そんな肩書が似合わぬほどにイヴァン=アレクサンドロヴァは焦燥しきっていた。本部に集まる面々は怪訝な表情となりながらも、彼の言葉に耳を貸すこととなる。

「あいつは伝説に謳われる『覇王』そのもので間違いないっ! 私がこの眼で見た限り、エンシェント・ドラゴンですら生ぬるいほどの『覇気』を纏っていやがったっ!」

 本部に集まる面々はエンシェント・ドラゴンと比すること自体が不敬だと感じつつも、このイヴァン=アレクサンドロヴァの慌てっぷりを頭ごなしに否定できる理由も存在しなかった。いくらテクロ大陸に存在する5種族の代表者として、一番の若輩者の彼だったとしても、エンシェント・ドラゴンの偉大さとその威風の恐ろしさは誰しもが体感しているのである。

 そのエンシェント・ドラゴンすらも凌駕する存在が直近に迫っている事実をようやく受け入れる本部の面々であった。ニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエは、側に控えている自分の補佐であるカンベー=クロダにどうすべきかを問う。

「イヴァン様のおっしゃる通り、ここは逃げるが上策でごわす。かの『覇王』が本当に蘇ったのであれば、ここに居る誰をもってしても対抗できませぬ」

 ニンゲン族の軍師:カンベー=クロダがそう言うのであれば、そうなのだろうと皆が納得する形となりそうにはなる。だが、ここでひとつ、あの男が口を差し込むことになる。

「いやあ。先生、一度でいいから伝説の覇王と闘ってみたいと思っていたんですよ」

「ちょっと、アニキ! 私とカンベーの話を聞いてなかったのかよっ! あいつは無理だっ! いくらアニキでもアレとはまともに闘っちゃならねえ! あいつは異常も異常、異常の30倍だっ!」

「えーーー!? イヴァンくんがそこまで言うと、ますますやりあってみたいと思っちゃうんですけどぉ? ちょっと、うちの三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のヨンくんたちに任せてみませんか? 彼らがダメなら先生たちも退くってことで」

 亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァが明らかに不満気な表情を浮かべることとなる。だが、一度言い出したら聞かないのが自分の盟友だ。そして、やろうと思えば、かならず実践しようとする悪癖持ちである。いくら口酸っぱく言おうが、あの『覇王』相手に一戦かましてやろうという魔族の代弁者を亜人族のおさでは止めようがなかったのである。

「しかし……。もし三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のヨン殿が倒されてしまえば、魔族にとって、大きな痛手となってしまいますぞ。それでも良いとおっしゃるのか? アニキはっ!」

「最近、ヨンくんたちの態度が先生に対して横柄だったので、そろそろ痛い目を見させてやろうと思っていたんですよ。コッヒローくんはどう思います?」

「僕の考えでッチュウか? まあ、あのヨンたちなら『覇王』と互角に戦える可能性は無きにしもあらずでッチュウ。でも、それはあまりお勧めできない手でッチュウけど……」

 ウィル・オー・ウィスプのコッヒロー=ネヅとしても、ここでいたずらに戦力を削ぐ行為はいただけないと魔王の代弁者に進言するのであった。だが、ハジュン=ダイロクテンは右眼でウインクをし、何かを告げたそうな雰囲気をコッヒロー=ネヅに伝えてくる。コッヒロー=ネヅは怪訝な表情をその青白く光る球体の表面に浮かべて、またこいつは何か悪さを考えているのだと察するにいたる。

 そして、コッヒロー=ネヅはハアアア……と深いため息をついた後、何かを諦めたような感じで、三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のヨンたちを本部の近くまで来るように伝達してくれと、本部近くにいる伝令に指示を預けるのであった。

 それから十数分後にはドッスンドッスンとけたたましい足音を鳴らして、三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のヨンたちが魔族・亜人族・ニンゲン族・エルフ族の代表者たちの前に姿を現すこととなる。

「おいおいおいぃぃぃ!? わいがかの『覇王』をぶっ殺してもいいってのは本当なんか?」

「わて、武者震いで首が震えてしょうがないんやでぇぇぇ!?」

「カッカッカ! このジューゾー=ヨン。しかとハジュン=ダイロクテン様の命を受け取ったんやでぇ? おい、ツバーキ、コーゾよ。かの伝説の覇王の首級くび、我輩らで捻じり切り落としてやるんやでぇぇぇ!!」
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