上 下
47 / 123
第5章:4種族の邂逅

第6話:女王来たりて

しおりを挟む
 ニンゲン・エルフ連合軍のトップと幹部連中は魔族の代弁者に一本取られる形となる。だが、ハジュン=ダイロクテンが勝ち誇っているところに、またしても本部に来訪する者がいたのだ。そして、ハジュン=ダイロクテンはその者の顔を見て、明らかに嫌そうな表情を顔に浮かべるのであった。

「なんだか死臭が辺りを漂っているので、少々、気分がすぐれないわね? と思ってましたけど、貴方の顔を見て、腑に落ちましてよ?」

 戦場のど真ん中に建設された橋頭保きょうとうほであるにもかかわらず、明らかにこの場に似つかわしいドレス姿の女性が現れたのである。ハジュン=ダイロクテンはウゲェと忌避感たっぷりの息を吐く。そんな態度に出られても、ドレス姿の女性は口元を孔雀羽の扇子を広げた状態で覆い隠し、さらにはニヤニヤと余裕たっぷりの表情を見せつけてくれるのであった。

「エルフ族の女王よ。失礼ながら、アニキの身体から匂ってくるのは死臭ではない。『加齢臭』だと訂正させてもらおう」

「ちょっと、イヴァンくん!? キミは上手い返しが出来たって顔をしてますけど、先生はどちらの臭いでも、心に傷を負ってしまうんですけどぉ!?」

「ハジュンは風呂嫌いでシャワーばかりでッチュウ。それゆえに加齢臭がぷんぷんと匂ってくるんでッチュウ」

 エルフの女王であるアンジェラ=キシャルが本部に登場するや否や、ますます、この場は混乱の渦に飲み込まれていく。ハジュン=ダイロクテンは盟友であるはずの亜人族のおさからはフレンドリーファイヤーを喰らうは、自分の補佐であるコッヒロー=ネヅにはトドメを刺されるはで踏んだり蹴ったりであった。そして、それにいちいち反応するゆえにニンゲン・エルフ連合軍の本部は大変騒がしい状況へと追い込まれていく。

 そして、その状況に嫌気を感じたのか、今まで割とキチンと椅子に座っていたエルフ軍の総指揮官であるカミラ=ティアマトが足を組みつつ軍議用の机に足先を乗せるという、横柄な態度を見せてしまうのであった。

「いい加減にしてほしいわ。こちとら、珍しく真面目にタムラ=サカノウエと打ち合わせをしていたってのに、そこに水を差すのはいい加減やめてくれないかい?」

 普段、不真面目一本で生きているキグオブゴリラことカミラ=ティアマトにそう言われては閉口せざるをえなくなる魔族の代弁者とエルフ族の女王であった。アンジェラ=キシャルはこほんっとひとつ咳払いをし、孔雀羽の扇子で椅子の上を軽くはたいた後、ちょこんと行儀良く、その椅子に尻を乗せることとなる。アンジェラ=キシャルが醜い言い争いを止めて、そのような行動に出たので、ハジュン=ダイロクテンとイヴァン=アレクサンドロヴァの両名も黙って椅子に座ることとなる。

 そんな3人を見届けたカミラ=ティアマトは軍議用机の上から足先をどかし、組んでいた足を崩し、態度を改めることとなる。そして、各国の代表者が一同に集ったことに対して、言わねばならぬ一言を放つのであった。

「アンジェラ様よ。もうすでにその耳に入っているはずだが、改めて言わせてもらうわ。タムラ=サカノウエ様はドワーフ族との停戦協定をお結びあらせるようだぜ?」

 カミラ=ティアマトはわざわざと丁寧な物言いで、今、ニンゲン・エルフ連合軍が置かれている立場を短い言葉で説明しきってみせる。彼女の言いを受けて、エルフ族の女王であるアンジェラ=キシャルは口元を孔雀羽の扇子で隠した状態で眼を細めてみせる。そして、数秒間ほど何かを考えた後、口を開き、自分の意見を言ってみせる。

「この『聖戦』の総大将はタムラ=サカノウエさんで間違いありませんことよ。その総大将が決めたことですから、エルフ族から物申すつもりはありまんわよ」

 アンジェラ=キシャルは全面的にタムラ=サカノウエの判断を尊重すると言う発言をおこなうのであった。これには魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンもヒュゥッと感嘆の息遣いをしてしまう。だが、この一言だけで終わるはずがないだろうという思いもハジュン=ダイロクテンにはあった。事実、アンジェラ=キシャルが次に放つ言葉を聞き、自分の考えは正しかったと思うようになる。

「しかしながら、この『聖戦』には、エルフ族も大きな痛手を負ってしまいましたわ。ドワーフ族との終戦に向かっていく中、ワタクシたちも、ドワーフ族との交渉に口を挟ませてもらいますわよ。この点は良くて?」

「ああ、もちろん、ニンゲン族はニンゲン族で。エルフ族はエルフ族でドワーフ族と交渉してもらって構わないのでござる。だが、ニンゲン・エルフ連合軍である以上、双方、どちらにも納得できる形となるように努めさせてもうらのでござる」

 いくさというモノは、実は始めるよりも終わらせることのほうが存外に難しい。どこを終着点とするのかがお互いにズレることなど、当たり前のように起きるのだ。そして、領土の取り合いとなれば、お互いの国の国境をどこにするかで、ズルズルといくさが長引くものである。実際の戦闘が止まっているからと言って、外交部にとっては、ここからが正念場なのである。

 そして、本国に居るニンゲン族の宰相:マサユキ=サナダとエルフ族の宰相:バーラ=イシュタルの仕事はここからが一番忙しくなる。各国の代表者たちの意見を聞き、国としての利害を調整し、双方、納得する形に収めていかなければならない。

 しかし、ここで話から取り残された二か国があった。魔族が支配するレン国と亜人族が支配するグリーンフォレスト国であった。エルフ族の女王であるアンジェラ=キシャルは魔族の代弁者たちにそちらはどうするつもりなのか? と問いかける。ハジュン=ダイロクテンはボリボリと頭を掻きつつ

「ニンゲン・エルフ連合軍が足を止めるというのであれば、こちらも矛を収める以外、無いってわかっていながら、言ってますよね?」

「あらあら。あくまでも、こちらはこちらの都合で動いているのですわ。あなたたちがどうされるかは、そちらで決めてもらって構いませんことよ?」

 エルフ族の女王は心底いやらしいといった感じで、そう言ってのける。ハジュン=ダイロクテンは苦虫を噛みしめたような表情になりながら、彼女に向かって魅了チャームの魔法をその虎眼石タイガーアイの双眸から飛ばしてみせる。しかし、アンジェラ=キシャルも馬鹿ではない。軽く視線を外し、真向からハジュン=ダイロクテンの瞳を覗き込まないようにするのであった。

 ハジュン=ダイロクテンは、チッ……と軽く舌打ちし、両目から魅了チャームの魔法を放つのをやめて、普通にしゃべるように努める。

「こちらはアレですよ、アレ。えっと何でしたっけ?」

「まったく、アレって何ですの? はっきり言ってくれても良くてよ?」

 何も決めてないのかよと言いたげな呆れ顔になったアンジェラ=キシャルに対して、ハジュン=ダイロクテンは虎眼石タイガーアイの双眸から怪しげな光を再び放つのであった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

魔王に成り上がったスライム ~子育てしながら気ままに異世界を旅する~

メイ(旧名:Mei)
ファンタジー
 魔王候補による、魔王選定試験が行われた。そんな中、その魔王候補には最弱種と言われるスライムがいて、そのスライムは最終試験まで残る。そして、最終試験も突破し魔王の座を手にする。  念願の魔王の座についたスライムだったが、次第に退屈するようになり、皆に内緒で旅に出る決意をし、魔王城を後にする。その旅の中で、様々な出来事がそのスライムの周りに起こる!? 自由気ままなスライムが主人公のストーリー。  

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。 そんな兄妹を、数々の難題が襲う。 旅の中で増えていく仲間達。 戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。 天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。 「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」 妹が大好きで、超過保護な兄冬也。 「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」 どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく! 兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。

処理中です...