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第5章:4種族の邂逅

第5話:恣意的な事後通達

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 いくさというものは刻々と戦況が移り変わっていくものだ。最初に思い描いていた通りのいくさ運びが出来るのであれば、その者は名将と称えられるだろう。しかし、現実はそう上手く事が運ぶなど稀だ。現に魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンはトウ関を策謀で乗っ取り、さらにドワーフ族が支配するダイクーン王国の北西地方を混乱に陥れることに成功した。

 ここまではハジュン=ダイロクテンの思惑通りに事を運べていたが、それに待ったをかけたのが、敵対するドワーフ族ではなく、共にドワーフ族を敵に回しているニンゲン・エルフ連合軍だったことは、魔族・亜人族連合軍にとって、痛手となる。

 渋々ながらハジュン=ダイロクテンは早馬を飛ばし、魔族・亜人族連合軍6万はニンゲン・エルフ連合軍14万に合流する旨を伝えることとなる。ニンゲン・エルフ連合軍は魔族・亜人族連合軍からの使者を快く本陣に招き入れ、合流しても良いという認可を与えることとなる。

「ちっ! なんであちらは上から目線でモノを言っていやがるのかがわからないなっ! こちとら、ほぼ無傷でトウ関を接収したっていうのに」

「まあまあ、落ち着いてください、イヴァンくん。あちらはあくまでも『聖戦』をやっているのです。そして、先生たちの行動を彼らにとっては『火事場泥棒』と称するしかないのですよ」

 戻ってきた伝令からニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエの伝言を受け取った亜人族のおさ:イヴァン=アレクサンドロヴァが憤りを感じて、沸き起こった感情をそのまま口に出してしまう。彼の盟友である魔族の代弁者:ハジュン=ダイロクテンはドウドウとまるでいきり立つ馬をなだめるかのように、まずは落ち着けとイヴァン=アレクサンドロヴァに向かって助言するのであった。

 しかしながら、ハジュン=ダイロクテンとしても、タムラ=サカノウエの言いにはカチンと来ていた。そのため、彼のために用意していた意地悪を敢行することとなる。強行軍を敷き、5月13日の夕暮れには魔族・亜人族連合軍の6万がニンゲン・エルフ連合軍14万が築いた橋頭保きょうとうほに到着することになる。そして、その橋頭保きょうとうほにある本部に向かって、ハジュン=ダイロクテンとイヴァン=アレクサンドロヴァの両名がズカズカと足を踏み入れることとなる。

「なん……だと!? なんでここにおぬしたちがいるのでござる!?」

 ニンゲン・エルフ連合軍は橋頭保きょうとうほであるこの地に突貫作業で掘建小屋をいくつか建設し、そのひとつを本部として活用していた。その本部の広さは12畳分ほどの広さしかなく、急造しただけだというのがありありとわかるほどに、殺風景な場所であった。

 そして、その本部の中心部には大きめの軍議用机が配置されており、そこに木製の椅子を並べて、ああでもない、こうでもないとニンゲン・エルフ連合軍のトップと幹部連中がそれぞれの意見を出しあっていたのである。その本部の入り口に立っていた警護の者が魔族の代弁者と亜人族のおさが中に通してくれと言ってきたので、ちょっと待ってほしい!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。

 だが、そんな慌てふためく彼を無視して、本部の木製のドアを勢いよく開けて、中に入っていく2人であった。そのため、ニンゲン族の首魁は二重の意味で驚いてしまうこととなる。

「てか、気づいてなかったんですか? 先生たちが魔族・亜人族連合軍を先導していていたって」

 ハジュン=ダイロクテンの言いにタムラ=サカノウエは間抜け面のままに首を縦にコクコクと数度振ってしまうこととなる。彼としては、どうせ魔族の四天王と亜人族の三大闘士辺りが、互いに手を取り合い、魔族・亜人族連合軍を率いているとばかりに思っていたのだ。だからこそ、魔族・亜人族から早馬が飛ばされてきた時に、慇懃無礼な返答をしたのである。

 それはどちらが立場上、上に立っているのかを示すための示威行為でもあった。こちらは『聖戦』の総大将であり、貴様たちは魔族の代弁者でも、亜人族のおさでも無いと揶揄するためだったのだ。だが、実際に自分の眼の前に現れたのは各国の代表者だったのである。こればかりは計算外であったタムラ=サカノウエである。

「いやあ。あなたからもらった伝言がやけに上から目線で嫌みったらしいと思ったら、まさかのこのザマですよ」

 ハジュン=ダイロクテンは胸の前で腕組をし、口の端を軽く歪める。さらには物理的に上から目線の態度で、してやったりといった感じでそう言いのけてみせるために、タムラ=サカノウエとしてもたじたじとなる他無かったのであった。しかしながら、同時に助け舟を出すべく、ハジュン=ダイロクテンの補佐が口を開く。

「まあ、そんなにいじってやるなでッチュウ。こちらも勘違いしてくれるように動いていたのは確かなんでッチュウ」

「ちょっと!? コッヒロー=ネヅくんはどちらの味方なんです!? あなたの役職は魔族の宰相でしたよね!?」

 ハジュン=ダイロクテンの芝居がかった仕草をシカトしながら、ウィル・オー・ウィスプのコッヒロー=ネヅが、タムラ=サカノウエたちに向かって、種明かしをしてみせる。魔族の代弁者と亜人族のおさは、自分たちの位置を知られないためにも、ニンゲン族の宰相であるマサユキ=サナダとは徹頭徹尾、魔王城とオゥサカ城を行き来する伝書鳩クル・ポッポーのみで連絡を取り合っていたのである。

 それゆえに、互いの前線に連絡が行き交うには1~2日間のタイムラグが生じることとなる。そのタイムラグを利用して、魔族・亜人族はトウ関を急襲せしめたというわけなのだ。要はわざと事後伝達になるように仕向けたのである。もし、直接的に連絡を取り合っていれば、政治的にニンゲン・エルフ族は魔族・亜人族のトウ関攻略に待ったをかけていた可能性が高かったのである。

「なんとなんと……。まさかコロウ関をこちらが接収する三日前には、そちらはトウ関をとっくに落としていたのでごわすか?」

「はい、カンベー=クロダくん。貴方たちの劇的な勝利に水を差さないようにと、そちらの報告もわざと怠っていました。回りくどい連絡手段のおかげで、さもニンゲン・エルフ連合軍が先にコロウ関を落としてみせたと錯覚できたでしょ?」

 ニンゲン軍の軍師であるカンベー=クロダも、こればかりは脱帽せざるをえないのであった。城や要塞を攻略するにおいて、策謀でそれを為すのが最良の手だと言われているが、実際、そんな上手く行くはずもない。だが、それを現実のモノとしてやってみせたのが魔族の代弁者なのだ。カンベー=クロダは改めて、魔族・亜人族との停戦協定がどれほどに大切なモノだったのかを痛感させられることとなる。
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