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第5章:4種族の邂逅

第4話:寝耳に水

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――テンショウ21年5月11日 トウ関より南に600キュロミャートル地点にて――

 魔族・亜人族連合軍6万はトウ関から南へと進み続けた。彼らの目的はコロウ関から西に100キュロミャートル進んだ地点で、橋頭保きょうとうほを造っている真っ最中のニンゲン・エルフ連合軍14万と合流することであった。

「ああ、面倒くさいですねえ。なんでこちらからわざわざ、あちらへと合流しなきゃならないんですかねえ?」

「アニキ……。こちらはドワーフ族だけでなく、ニンゲン・エルフ族とも連絡を満足に取り合ってないのですぞ。あちらがこちらを不信がって、ドワーフ族じゃなく、こちらに矛を向けたら、たまらんでしょうが」

 馬上でぶつぶつと文句を言っている魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンを諫めるのは亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァであった。彼らは黒い二本の角がある馬を並行に並べて、魔族・亜人族連合軍6万の先頭を進んでいた。物見ものみの者が、2日前からニンゲン・エルフ連合軍14万が完全に足を止めたと、ハジュン=ダイロクテンたちに報告している。

 そして、それを受けて、このまま略奪を繰り返しているばかりでは、ニンゲン・エルフ連合軍が次にどのような行動に出るかわからないといった危惧が、魔族・亜人族の諸将たちから噴出したのである。その声に押される形で魔族の代弁者は、南進を急ぐ方向に打って出る。ハジュン=ダイロクテンのいくさにおける信条としては、いくさ全体の動きをまるで自分の手のひらの上で転がしてこそだというものがある。そして、今の状況は、そうではなく、自分が周りに動かされているという感覚があった。

 このハジュン=ダイロクテンの気持ちを他の言葉で言い表すとなれば、『気色が悪い』に尽きるであろう。コロウ関をニンゲン・エルフ連合軍が14万もの大軍で押し寄せて、力づくで奪おうとした。そして、その流れに乗り、自分たちはほぼ無傷でトウ関を接収してみせた。さらには少しづつ南進しながら、ドワーフ族の国土を荒らすだけ荒らすことに成功していたのだ。

 ここまでは魔族の代弁者:ハジュン=ダイロクテンの思惑通りに事が運んでいたのである。だが、物見ものみからの報告を受けて、『気色悪さ』を感じたハジュン=ダイロクテンは、皆の声に乗っかる形で南進を急ぐ形へと変えてしまったのである。この違和感を拭えぬままに、南進を続けているうちに、段々と不平不満の声をおおっぴらに言ってしまうようになったのが、今の彼なのである。

「だいたいですね? 連絡を取り合わなければならないのはニンゲン・エルフ連合軍の方なんですよ。でも、あちらからは未だに直接的な使者はやってきていません」

「それは私もおかしいとは思っています。いくらコロウ関で痛手を被ったニンゲン・エルフ連合軍といえども、無傷の魔族・亜人族6万と合流できることは大きいはずです。あちらはこちらを利用する気がないのか? とさえ思ってしまいますね」

 このドワーフ族相手のいくさにおいて、魔族・亜人族はニンゲン族・エルフ族と利害を一致にすることが出来る間柄だと、ハジュン=ダイロクテンはそう考えていた。そう考えているからこそ、あちらからこちらに直接的な連絡を取ってくるはずだと思い込んでいたのだ。

 そんな彼らの疑問を氷解する報せが次の日:5月12日の行進を終え、あと1両日中にはニンゲン・エルフ連合軍と合流できる地点にまで南進してきた魔族・亜人族連合軍6万に対して、飛び込んでくることになる。

「なんです……と? ニンゲン・エルフ連合軍14万はドワーフ族との停戦協定を受けたんですか??」

「ちょっと待ってくれ! いくらコッヒロー=ネヅ様の言いでも、信じられないですぞ?」

「魔王城に向かって飛ばされた伝書鳩クル・ポッポーが運んできた書状にそう書かれているとトモエ=アポローネからの連絡なんでッチュウ。これが三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のヨンたちが言っていることならば、眉唾モノだと一蹴できたのでッチュウ……」

 簡易の陣幕を張って、そこで夕食にありついていた魔族・亜人族の諸将たちが、驚きのあまりに一斉に左手にもっていたお椀をポトリと地面に落としてしまうことになる。お椀は地面に落下するや否や、その中身である出来立てはやほやの肉じゃがニック・ジャガーをぶち撒けることとなる。

 トモエ=アポローネと言えば、魔族の四天王首席の戦乙女ヴァルキリーである。頭のネジが緩いのは皆が認知しているが、その補佐についているのは亜人族の宰相であるマリーヤ=ポルヤノフである。陣幕に集まる魔族・亜人族の諸将たちが、トモエ=アポローネからの連絡を受けて、それをそのままに信じたのは、トモエ=アポローネへの信頼度というよりかは、その補佐となっているマリーヤ=ポルヤノフの人徳のおかげとも言えたのであった。

「これは困りましたね……。先生はニンゲン・エルフ連合軍が足を止めているのは、今までのようにバケツリレーで兵の入れ替えをおこなっている真っ最中だと思い込んでいましたよ」

「僕も9割近く、そうだと思っていたので、油断していたのでッチュウ。ニンゲン族は馬鹿か間抜けのどちらだと思うでッチュウ?」

 魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンが首をひねりつつも、椅子代わりの丸太に尻を乗せたままの状態で、地面に転がるお椀を拾い上げて、料理番に向かって、おかわりを申し出る。料理番の者がハジュン=ダイロクテンからお椀を受け取り、そのお椀を布でキレイに拭きあげた後に、そのお椀に再び肉じゃがニック・ジャガーを山盛りにして手渡す。

 彼の言っていることとやっていることに矛盾を感じざるをえない魔族・亜人族の諸将たちではあったが、こうなることも魔族の代弁者とその補佐の頭の片隅にあったことを想像させたのであった。

「いっそのこと、その両方を冠してもらったほうが良いんじゃないですか? 私なら、協定・条約破り上等のドワーフ族とは停戦協定など結べませんぜ?」

 亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァは平静を取り戻し、どかりと椅子代わりの丸太に尻を乗せて、ハジュン=ダイロクテンたちにそう言いのけてみせる。ハジュン=ダイロクテンは、ふ~~~む? と長い疑問符のつく呼吸を吐いた後に、妙に納得した顔つきになりつつ

「まあ、因縁浅からぬ仲だからこそ、互いを逆の意味で信頼しあっているとしか言いようがありません。あ~~~。ニンゲン・エルフ連合軍が留まっている地点まで、あと150キュロミャートル程ですけど、明日の夕暮れまでには合流する他無いってところですねえ……」
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