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第5章:4種族の邂逅
第3話:1カ月間の停戦
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イタメル=レバーニアンは姿勢を正して良いか? とニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエに問う。タムラ=サカノウエはこくりと頷き、顎で自分の小姓に指示を出し、畳床机をひとつ準備させる。その小姓が持ってきた畳床机を左右に広げ、イタメル=レバーニアンは着席するのであった。そして、ごほんとひとつ咳払いをした後、こう告げる。
「そちらに奪われたコロウ関の所有権を、ニンゲン族のモノとして認めるとの伝達を国王から預かっている。今更、ただで返せとは決して言わないことを約束しよう」
「ほう? これはこれは……。さすがに予想外の話なのでござる。ドワーフ族はいつでもコロウ関を力づくで奪い返せるという意思の表明でござるか?」
タムラ=サカノウエはキレイに整えている顎鬚を右手でさすりながら、眼を細める。相手は協定・条約破り上等のドワーフ族なのだ。特にニンゲン族相手なら、言いがかりでも何でもする『輩』なのである。いくらドワーフ族の3大騎士がひとり:イタメル=レバーニアンからの直接の言葉でも信じきれないものがあった。それがわかっているからこそ、力づくで奪い返すだけの力があるのか? とタムラ=サカノウエは彼に問うこととなる。
「これから先、コロウ関の所有権がどちらの手に渡るかはわからないが、一時的にではあるが、ニンゲン族に譲ろうという話だ。もらえる物なら借金とゴミ以外はもらっておくのが筋ではないか?」
イタメル=レバーニアンはニンゲン・エルフ連合軍の諸将たちに囲まれているというのに、臆することなく、自分の主張を言ってのける。その豪胆ぶりを痛く気に入ったタムラ=サカノウエはカハッ! と軽快に笑い、左手で自分の左ひざ辺りをポンッ! と一度叩いてみせる。
「おい、お前たち。イタメル=レバーニアン殿のこの態度をよくよく参考しておくのでござる。もしドワーフ族に捉えられて、俘囚の身となり、ドワーフ族の国王と無理やりに面会させられた状態となったとしても、これくらいの不遜な態度を貫き通すのでござる」
本陣に集まる諸将としては、何とも面白くない話であった。敵であるドワーフ族の騎士を褒めたたえつつも、まるでニンゲン軍の将は同じことが出来ないと言われているような気がしてならない諸将たちであった。その感情が諸将たちの顔に映るや否や、またしてもタムラ=サカノウエはカハハッ! と軽快に笑って見せる。
「では、一時的ではあるが、コロウ関はニンゲン族が所有させてもらうのでござる。自分の眼が黒い内は、ドワーフ族に返還する気は無いでござるがな?」
「その勇ましき言葉、確かに承った。ニンゲン族のコロウ関支配がどれほどの長さになるかわからぬが、ドワーフ族はのちの世でコロウ関を返してもらうことになろう」
イタメル=レバーニアンはそこまで言うと、畳床机より尻を浮かす。そして背筋をピンと伸ばした後、直角に上半身を折り曲げる。そんな礼儀正しい彼に対して、タムラ=サカノウエは右手に持っている扇子を閉じたままに、その扇子の先端を左の手のひらにポンッ! と強めに打ち付けてみせる。
「一件落着といったところでござるかな? しかしながら、あくまでも停戦協定だということは忘れないようにと、ドワーフ族の国王に伝えておいてほしいのでござる」
「あい、わかった。今後のことについては、また別の使者がやってくる手筈となっている。その者がドワーフ族とニンゲン族・エルフ族との未来について、煮詰めてくれるはずだ」
ニンゲン軍の総大将であるタムラ=サカノウエがイタメル=レバーニアンの言う通りに一カ月間に及ぶ停戦協定を結ぶことを確約する。その一カ月間で、ドワーフ族は態勢を整え終えるであろうが、それでもコロウ関を抜かれた今、ニンゲン・エルフ連合軍14万に抗える術があるはず無いとタムラ=サカノウエはそう思っていた。そして、エルフ軍の総指揮官であるカミラ=ティアマトも同様の感想を抱いていた。
使者であるイタメル=レバーニアンが本陣から退出した後、カミラ=ティアマトは畳床机に尻を乗せたままに、身体の向きをタムラ=サカノウエの方に向ける。
「あちらさんはたった一カ月の停戦で、この状況をひっくり返せるだけの手筈を整えると思うかい?」
「いや、無理でござろう。自分の予想では、この停戦期間内にダイクーン王国で、ニンゲン・エルフ族に対して、割譲しても良い土地の候補を選ばざるをえないはずでござる。ドワーフ族が新たに提示するであろう講和条件を受けて、こちら側が終戦宣言を発布する運びとなるのではござらぬか? まあ、どちらにしろ、この聖戦が終わりに向かっているといったところでござろう」
カミラ=ティアマトはなるほどと頷いてみせる。もう少し、ドワーフ族は粘るものだと思っていたが、存外、あっさりと引く気を見せたことに少々面白くないといった感想を抱いてしまう。だが、その感想を口から漏らさないように注意するカミラ=ティアマトであった。
「せっかく、うちの女王様自らが御出陣あそばれるってのに、とんだ無駄足になりそうだぜ。こちらに到着するや否や、タムラ=サカノウエ様に文句を言いまくるんじゃないのかい?」
カミラ=ティアマトの言いを受けて、タムラ=サカノウエはハハッ! と気持ちよく笑ってみせる。普段は自分のことを呼び捨てにしているくせに、こんな時だけ、わざわざ『様』とつけてくるあたりが嫌らしい。彼女の言う通り、エルフ族の女王は、なんで勝手に決めたのかしら!? とあらん限りに自分を罵倒してくるのは間違いないであろう。ここから西進出来る力が残されているのはタムラ=サカノウエ自身も重々承知であった。
しかしながら、そもそもとして、この聖戦はドワーフ族に対する『制裁』の意味合いが強い戦なのである。ダイクーン王国を攻め滅ぼすための戦ではないのである。だからこそ、あちらがこちらにとって良い条件の和解案を出してくれれば、それで良かったのだ。
そして、ニンゲン族の本懐であったコロウ関奪取が成功したことで、ニンゲン軍の留飲も下がっている。これ以上、ニンゲン・エルフ連合軍14万が西進すれば、泥沼の戦いになる危険性があった。そういうことも勘案し、ドワーフ族の停戦協定を受けてしまおうとタムラ=サカノウエはそう思ってしまった。
この時点で、ニンゲン・エルフ連合軍に所属する者たちは誰一人、ドワーフ族の霊廟で『覇王』復活の儀式が執り行われているなぞ、知る由もなかったのだ。この停戦協定がのちのちの禍根となろうとは、この地に向かっているエルフ族の女王:アンジェラ=キシャルも同様に予想すらしていなかった……。
「そちらに奪われたコロウ関の所有権を、ニンゲン族のモノとして認めるとの伝達を国王から預かっている。今更、ただで返せとは決して言わないことを約束しよう」
「ほう? これはこれは……。さすがに予想外の話なのでござる。ドワーフ族はいつでもコロウ関を力づくで奪い返せるという意思の表明でござるか?」
タムラ=サカノウエはキレイに整えている顎鬚を右手でさすりながら、眼を細める。相手は協定・条約破り上等のドワーフ族なのだ。特にニンゲン族相手なら、言いがかりでも何でもする『輩』なのである。いくらドワーフ族の3大騎士がひとり:イタメル=レバーニアンからの直接の言葉でも信じきれないものがあった。それがわかっているからこそ、力づくで奪い返すだけの力があるのか? とタムラ=サカノウエは彼に問うこととなる。
「これから先、コロウ関の所有権がどちらの手に渡るかはわからないが、一時的にではあるが、ニンゲン族に譲ろうという話だ。もらえる物なら借金とゴミ以外はもらっておくのが筋ではないか?」
イタメル=レバーニアンはニンゲン・エルフ連合軍の諸将たちに囲まれているというのに、臆することなく、自分の主張を言ってのける。その豪胆ぶりを痛く気に入ったタムラ=サカノウエはカハッ! と軽快に笑い、左手で自分の左ひざ辺りをポンッ! と一度叩いてみせる。
「おい、お前たち。イタメル=レバーニアン殿のこの態度をよくよく参考しておくのでござる。もしドワーフ族に捉えられて、俘囚の身となり、ドワーフ族の国王と無理やりに面会させられた状態となったとしても、これくらいの不遜な態度を貫き通すのでござる」
本陣に集まる諸将としては、何とも面白くない話であった。敵であるドワーフ族の騎士を褒めたたえつつも、まるでニンゲン軍の将は同じことが出来ないと言われているような気がしてならない諸将たちであった。その感情が諸将たちの顔に映るや否や、またしてもタムラ=サカノウエはカハハッ! と軽快に笑って見せる。
「では、一時的ではあるが、コロウ関はニンゲン族が所有させてもらうのでござる。自分の眼が黒い内は、ドワーフ族に返還する気は無いでござるがな?」
「その勇ましき言葉、確かに承った。ニンゲン族のコロウ関支配がどれほどの長さになるかわからぬが、ドワーフ族はのちの世でコロウ関を返してもらうことになろう」
イタメル=レバーニアンはそこまで言うと、畳床机より尻を浮かす。そして背筋をピンと伸ばした後、直角に上半身を折り曲げる。そんな礼儀正しい彼に対して、タムラ=サカノウエは右手に持っている扇子を閉じたままに、その扇子の先端を左の手のひらにポンッ! と強めに打ち付けてみせる。
「一件落着といったところでござるかな? しかしながら、あくまでも停戦協定だということは忘れないようにと、ドワーフ族の国王に伝えておいてほしいのでござる」
「あい、わかった。今後のことについては、また別の使者がやってくる手筈となっている。その者がドワーフ族とニンゲン族・エルフ族との未来について、煮詰めてくれるはずだ」
ニンゲン軍の総大将であるタムラ=サカノウエがイタメル=レバーニアンの言う通りに一カ月間に及ぶ停戦協定を結ぶことを確約する。その一カ月間で、ドワーフ族は態勢を整え終えるであろうが、それでもコロウ関を抜かれた今、ニンゲン・エルフ連合軍14万に抗える術があるはず無いとタムラ=サカノウエはそう思っていた。そして、エルフ軍の総指揮官であるカミラ=ティアマトも同様の感想を抱いていた。
使者であるイタメル=レバーニアンが本陣から退出した後、カミラ=ティアマトは畳床机に尻を乗せたままに、身体の向きをタムラ=サカノウエの方に向ける。
「あちらさんはたった一カ月の停戦で、この状況をひっくり返せるだけの手筈を整えると思うかい?」
「いや、無理でござろう。自分の予想では、この停戦期間内にダイクーン王国で、ニンゲン・エルフ族に対して、割譲しても良い土地の候補を選ばざるをえないはずでござる。ドワーフ族が新たに提示するであろう講和条件を受けて、こちら側が終戦宣言を発布する運びとなるのではござらぬか? まあ、どちらにしろ、この聖戦が終わりに向かっているといったところでござろう」
カミラ=ティアマトはなるほどと頷いてみせる。もう少し、ドワーフ族は粘るものだと思っていたが、存外、あっさりと引く気を見せたことに少々面白くないといった感想を抱いてしまう。だが、その感想を口から漏らさないように注意するカミラ=ティアマトであった。
「せっかく、うちの女王様自らが御出陣あそばれるってのに、とんだ無駄足になりそうだぜ。こちらに到着するや否や、タムラ=サカノウエ様に文句を言いまくるんじゃないのかい?」
カミラ=ティアマトの言いを受けて、タムラ=サカノウエはハハッ! と気持ちよく笑ってみせる。普段は自分のことを呼び捨てにしているくせに、こんな時だけ、わざわざ『様』とつけてくるあたりが嫌らしい。彼女の言う通り、エルフ族の女王は、なんで勝手に決めたのかしら!? とあらん限りに自分を罵倒してくるのは間違いないであろう。ここから西進出来る力が残されているのはタムラ=サカノウエ自身も重々承知であった。
しかしながら、そもそもとして、この聖戦はドワーフ族に対する『制裁』の意味合いが強い戦なのである。ダイクーン王国を攻め滅ぼすための戦ではないのである。だからこそ、あちらがこちらにとって良い条件の和解案を出してくれれば、それで良かったのだ。
そして、ニンゲン族の本懐であったコロウ関奪取が成功したことで、ニンゲン軍の留飲も下がっている。これ以上、ニンゲン・エルフ連合軍14万が西進すれば、泥沼の戦いになる危険性があった。そういうことも勘案し、ドワーフ族の停戦協定を受けてしまおうとタムラ=サカノウエはそう思ってしまった。
この時点で、ニンゲン・エルフ連合軍に所属する者たちは誰一人、ドワーフ族の霊廟で『覇王』復活の儀式が執り行われているなぞ、知る由もなかったのだ。この停戦協定がのちのちの禍根となろうとは、この地に向かっているエルフ族の女王:アンジェラ=キシャルも同様に予想すらしていなかった……。
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