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第4章:裏切りの魔族・亜人族

第1話:酒宴

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――テンショウ21年3月23日 魔族が支配するレン国:その中心部にある魔王城にて――

 今から約600年前、覇王、英傑、魔王、勇者の4名がテクロ大陸において、『覇者』にならんと、互いの身を削り合っていた頃の話にまでさかのぼる。魔王はテクロ大陸の中央から、やや北側に広がる大地に、自分とえにしが深い魔族と亜人族のために国家を樹立する。

 その国家の名は『ジ』であった。ジ国は徐々に勢力を広げて、北方地方全土を支配地とする。だが、魔王が覇王に倒されたことで、その巨大国家は二つに分割統治され、のちに魔族が支配する『レン国』と亜人族が支配する『グリーンフォレスト国』の祖となる。

 さらに時代が下り、今から180年前にて、その『レン国』にて、魔王が再臨することとなる。魔王は自分の権威をことさらに主張し、彼の住む城は『魔王城』と名付けられることとなる。しかしながら、今の世において、魔王は存在しないが、それでも魔族が支配する国の首都にある巨大な城は『魔王城』と呼ばれ続けることとなる。

 その魔王城の食堂にて、魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンと亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァが会席していた。ハジュン=ダイロクテンはイヴァン=アレクサンドロヴァに向かって、『魔人殺し』呼ばれるアルコール度数が高い酒が詰まった徳利を傾ける。イヴァン=アレクサンドロヴァはお猪口で徳利の口から流れ出す『魔人殺し』を受け止める。

「ハジュンの兄貴。今日はなんだか、いつも以上に気分がよろしいようですな? ヒック!」

「先日の選帝侯会議から、昨日に至るまでまで色々と思い悩んでいましたけど、やっとのこと、これからの目処もたちましたからねぇ。ニンゲン族やエルフ族たちと比べて、こちらは随分、出遅れましたが、なんとか挽回できるだけの態勢へと移れますよ。ヒック!」

 魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンが少しばかり肩の荷が下りたとでも言いたげな台詞を吐露する。それもそうだろう。ニンゲン族とエルフ族は着々とドワーフ族が支配するダイクーン王国へ攻め入るための準備を進めて来ていた。それに比べて、魔族・亜人族は彼らに比べて2,3歩、出遅れているという事態に陥っていた。

「まっこと、うちの亭主が役立たずですまんかったのじゃ。わらわがでしゃばるわけにもいかなくてのう……」

 魔族の代弁者と亜人族のおさが会席している中、他にもそこに同伴している者たちがいた。そのうちのひとりが亜人族のおさの奥方であるマリーヤ=ポルヤノフであった。彼女はフォークの先でツンツンと小皿にわけられた料理をつっつきつつ、そう口から零す。魔族の代弁者に対する後ろめたい気持ちからか、亭主とは違い、なかなか箸が進んでいない状態だったのだ。

「亭主の顔を立てようとするその有り方は、ある意味、正解でッチュウ。宰相という者は君主を立てつつ、その君主の尻を蹴飛ばすくらいがちょうど良いんでッチュウ。ヒック!」

 そう言って、彼女をとりもつのは魔族の宰相であるウィル・オー・ウィスプオのコッヒロー=ネヅであった。彼は口と思わしきところからストローを突き出し、ガラス製のコップに並々と注がれている『鬼殺し』をチュウチュウと吸っていたのである。主君であるハジュン=ダイロクテンをいつも諫めている立場にあるコッヒロー=ネヅとしてはめずらしく、彼もまた酒席で酔っぱらっていたのである。

「むふふ~~~。コッヒローくんが上機嫌だとボクも嬉しくなっちゃうノ~。今夜はコッヒローくんをクッションにして寝ちゃってもいいのかなァ?」

「おいおい。そこは掛け布団やろ? トモエくんはあかんやっちゃなあ? いくらふわふわもこもこのコッヒローくんでも枕にしたら、つぶれてまうやで?」

「うっさいなァ! ヨンはいちいち一言多いんだよォ。せっかく気持ち良く酔っぱらっているってのに、なんだか興ざめなんだよォ!」

 酔っ払いながら汚い言葉による応酬をおこなっていたのは、魔族の四天王たちであった。彼女たちもまた、魔族の代弁者たちと同席していたのである。一人称:ボクの女性の名は『トモエ=アポローネ』。彼女は戦乙女ヴァルキリーであるが、決してカミラ=ティアマトのような『アマゾネス』ではなく、れっきとしたボクっ娘であり、あんな分厚い胸板なのか、大きめのオッパイなのかわからない『キングオブゴリラ』と一緒にしてはいけない。

 トモエ=アポローネは、貧乳は栄誉だと言わんばかりの絶壁なのである。全人類の10分の1ほどが愛でてやまない希少な存在なのである。だが、彼女自身がそう望んで、絶壁であるわけではないので、彼女に対して、おっぱいの話は厳禁であったりもする……。

 そして、そんな一部の性癖持ちに愛されている彼女をからかっている者の名は『ツバーキ=ヨン』、『コーゾ=ヨン』、『ジューゾー=ヨン』の三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)であった。彼ら? は1匹で魔族の四天王の座を3席も奪っている。実際のところ、魔族の二大巨頭と呼ばれるほうがふさわしいのであるが、三頭龍(トライヘッド・ドラゴン)のそれぞれは普段、仲が悪かったりする。

 しかしながら、誰かをおちょくる場合においては、そうではなく、それがますます腹立たしいトモエ=アポローネであった。だからこそ、そういう場合は個々の名前を呼ぶのではなく、まとめて『ヨン』と呼んだりするのが通例であったりもする。

 とにもかくにも、魔族の代弁者であるハジュン=ダイロクテンは、ニンゲン族とエルフ族、そして、ドワーフ族との交渉が上手く行き、今後の目処が立ったので、激励会と称して、魔王城にある広い食堂で将たちを招いて酒宴を開いたのであった。

「でもアニキ。うちらはアニキが思い描く図通りに動けば、ドワーフ族同様に『世界の敵』になりかねませんでしょうよ。その辺りはどう考えているんです?」

「ん~~~。そうですねえ。イヴァンくんの危惧するところもわかっていますけど、この機を逃すわけにもいかないのは事実です。どちらにも良い顔をするのも危険って言えば危険ですし、それなら、いっそのこと、『覇者』を目指していくべきだと愚考しますね」

 亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァがアチャア! とばかりに右手で額を抑えて、大袈裟におどけてみせる。そんな彼の所作を見て、ハジュン=ダイロクテンはククッ! と笑いながら、口の端を歪めてみせる。そんな二人のやりとりを見て、もう少し、あるじをきつめに諫めておけば良かったと思うウィル・オー・ウィスプのコッヒロー=ネヅであったが、ハジュン=ダイロクテンの考えを最終的には肯定した以上、今となってはあるじのバックアップに努めようと思うのみであった……
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