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第3章:聖戦の始まり

第8話:退けぬカンベー

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――テンショウ21年4月30日 コロウ関にて――

 この聖戦における第1次コロウ関攻防戦はドワーフ軍の圧倒的勝利によって終える。ニンゲン・エルフ連合軍が国境線を超えて、散々にドワーフ軍の砦を落とし、さらにはドワーフ族の兵士を殺しまくったのだが、第1次コロウ関攻防戦において、ニンゲン・エルフ連合軍は死傷者4万人を数える結果となる。

 この被害はニンゲン・エルフ連合軍14万に対して、約4分の1の損害にまで達し、さらに攻城兵器のほぼ全てを失うというおまけまで付随することとなる。ニンゲン・エルフ連合軍はそれでもコロウ関攻略を諦めていなかった。本国に救援要請を送り、それを受けて、それぞれの国の宰相が迫りくる頭痛と胃痛を薬で抑えながらも、最前線に兵を送りつづけたのだ。

 負傷者は一度、それぞれの国に帰り、養生を余儀なくされる。補充される側の兵士たちの士気は否応なく下がっていた。それもそうだろう。身体中を包帯でグルグル巻きにし、さらに失った足の代わりに松葉杖をついていたからだ。そんな姿をマジマジと見せつけられた後詰の部隊の士気が上昇するわけもない。特に士気の低下が顕著だったのはニンゲン族の兵士たちであった。いくら宿敵と言っても過言では無いドワーフ族が相手でも、相手をするのはその兵士そのものと言うよりは『コロウ関』なのだ。

 そして、ニンゲン族には打つ手が無い状態であった。ドワーフ族から渋々に購入した投石器、衝車はまったくもって役に立たなかったことは最前線から戻ってきた兵士たちから、耳にタコが出来そうなほどに聞かされている。だが、それでも軍師:カンベー=クロダは全軍撤退など絶対にしないと豪語していたのだ。今やニンゲン族の兵士たちにとって、カンベー=クロダは死地に飛び込めと声高に叫び続けるだけの無能な将という評価にまでだだ下がりしていたのだ。

 しかし、だからといって、最前線行きを放棄すれば、兵士たちの家族にまで迷惑をかけることとなる。ニンゲン・エルフ族の兵士たちは、もし自分たちが死んでも、残された家族の面倒は国が保証してくれることとなっている。それは逆説的に、お前たちは死んでも良いと国と家族から言われていると同義なのだ。

 実際にニンゲン族において、兵士として戦う者はその家族構成において、圧倒的に次男以下の者たちばかりなのだ。長男は家を継ぐのは当然という風潮であり、いくさに駆り出されるのは、主にお家の血を守るためのスペアとしてしか世間に見られていない次男以下の者たちなのだ。こういった者たちは総じて、元から士気が低い。だが、ドワーフ族との長年の決着を今度こそつけることと、ニンゲン族の総大将であるタムラ=サカノウエ自らが出馬することになり、士気は一定以上に保たれていた。

 しかし、それも崩壊の兆しを見せつつあった。やはり『コロウ関』は偉大としか言いようがないほどに、ニンゲン・エルフ連合軍を寄せ付けなかったのだ。軍師:カンベー=クロダは投石器がダメならと、次は衝車による一斉攻撃を敢行した。馬や牛に引かせた衝車を波状攻撃でコロウ関に向かって、つっこませたのだ。尻尾に火をつけられた馬や牛が狂乱状態になりながら、コロウ関へとジグザグの軌道をとりながら突っ込んでいく。

 だが、ドワーフ族の総指揮官であるブッディ=ワトソンは部下たちに今度は黄色のレバーを引き下ろせと命じる。すると、衝車の車輪が瓦解し、その動きを無理やりに止められる。衝車の車輪が外れることで、急に重みが増したソレは馬や牛の足の骨を折ってしまうこととなる。馬は痛みでヒヒーーーンッ! と鳴き、牛はブモォォォ! と悲哀を乗せた声を喉から引き絞る。だが、それ以上の痛みが頭上から降り注ぐ。

「馬と牛を回収させるなっ! ことごとくを殺し尽くせっ!」

 ブッディ=ワトソンは連弩により、馬や牛までをも殺せと命じる。馬や牛は輜重しちょう部隊の速度を決定する。馬や牛を殺せば殺すほど、ニンゲン・エルフ連合軍は補給すら支障をきたすこととなり、窮地に陥ることとなる。ブッディ=ワトソンはここまで策に上手く嵌ってくれるニンゲン・エルフ連合軍に対して、感謝の念を送りたくなってしまう。

 第1次コロウ関攻防戦において、ニンゲン・エルフ連合軍はいたずらに兵力を落とすだけの行為を繰り返す。それは3週間近く経った今でも同じなのだ。ニンゲン・エルフ連合軍はバケツリレーの如くに、負傷者をそれぞれの国へと送り返し、次いで戦場にまだ顔を出していない健常な兵士たちを最前線送りにしていた。

 ニンゲン・エルフ連合軍の全体数こそは14万と変わらなかったが、中身は様変わりしていた。いくさどころか、野にはびこる魔物モンスターとも戦ったことのないような新兵までもが最前線送りになるようになってきていた。だが、そのような状況下に陥っているというのに、ニンゲン・エルフ連合軍は突破口がどこかにあるかのように振る舞い続けたのである。

 ドワーフ族の総指揮官であるブッディ=ワトソンも、さすがに気持ちが悪いという感想を抱いていた。毎日のようにコロウ関の上に設置されている連弩が丸太のような太さを持つ矢をもってして、ニンゲン・エルフ連合軍を穿ち続けているというのに、彼らは撤退しようとしなかったからだ。その徹底抗戦し続ける意味がどこにあるのか、さっぱりわからない。

(ニンゲン・エルフ連合軍は何を考えている? こちらの連弩用の矢が尽きるのを待っているのか?)

 そんな不思議がるブッディ=ワトソンの下に5月3日、部下がひとりやってきて、彼に書状を手渡す。その書状には国王からのモノだというのがひと目でわかる蝋が押されており、こんな時に何故に国王:マーロン=ダイクーン直々の書状なのかと訝しむこととなる。だが、その蝋を短剣ショート・ソードで剥がし、中身の文章を読むや否や、ははっ! と喜色ばった声をあげてしまう。

「ほうほう。ついに魔族・亜人族がドワーフ族に味方すると約束してくれたかっ! これで、コロウ関の兵士も交代で運用出来るというものだっ! 皆の者、もう少し頑張ってくれっ!」

 その書状には魔族・亜人族が7万の大軍を率いて、トウ関へと向かってくれることが綴られていた。トウ関はドワーフ族と魔族との国境を決定している要塞である。そこを抜けて、魔族・亜人族がさらに南進して、コロウ関の後詰として配置してくれるならば、状況はさらに膠着状態へと持っていくことが出来る。3週間、ずっと日夜問わず、ニンゲン・エルフ連合軍が攻め寄せてきている中、いくら堅牢なコロウ関と言えども、防衛に当たっているドワーフ族の兵士たちは物理的に疲弊していた。そこに朗報が飛び込んできたことで、ドワーフ族の兵士たちは歓喜の雄叫びを上げることなる……。
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