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第2章:国主たちの野望

第5話:話し合いから投票へ

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 コッヒロー=ネヅがエルフ族の女王の言葉を受けて、軽く上下に身体を動かせて見せる。それを首肯と受け取った各国の代表とその補佐たちは眉間にシワを寄せた後、肩から力を抜き、ふぅ……と長いため息をつく。誰しもが理解していたのだ。これ以上の『話し合い』は何も生まないことを。だからこそ、それぞれの意見を尊重するための『投票』に託すしかなくなってしまったことを。

「この『投票』システムはある意味では正しいことは理解しているでござるが、なかなかに慣れぬモノでござるなあ」

 そう言うはニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエであった。『多数決』は『暴力』による解決に比べれば、無駄に血を流すこともない素晴らしいシステムである。しかし、それが調和を産み出すかと言えば別問題である。だが、終わらない『話し合い』によって、いたずらに時間ばかり過ぎ去るよりかは遥かにマシといったところである。テクロ大陸の5種族同士が互いの血でその手に持つ武器を濡らさないためのよりベターな回答方法であると言ったほうが正しいのであろう。しかし、そうだからと言って、文句のひとつも言いたくなるのはニンゲン族のさがだと言えよう。

 結局のところ、タムラ=サカノウエは、補佐であり同時にニンゲン族の宰相であるマサユキ=サナダにまあまあとなだめられてしまうことになる。なだめられた側のタムラ=サカノウエは、ふむ……と息をつき、椅子に座り直して、姿勢を正すこととなる。その様子をしっかりと見たウィル・オー・ウィスプのコッヒロー=ネヅが動きを見せる。

 彼の明滅する身体に横一文字にスジが走り、それは大きく上下に広がりを見せる。ぽっかり空いた口の中から、銀色に光る1辺15センチュミャートル程の正方形の箱がポンッと勢いよく飛び出し、円卓のど真ん中を占拠するのであった。その銀色の正方形の箱の上部には薄い紙を入れる差し込み口があり、誰しもが、そこに自分がふさわしいと思える次帝の名前を投票用紙に書いて、その差込口に投入すれば良いことがわかる。

「では、これより選帝侯たちによる『投票』を始めるのでッチュウ。各々がテクロ大陸の未来を預けてもよいと思う候補者の名前をその白い用紙に書いて、折りたたんで箱にある差し込み口へと投函するでッチュウ」

 コッヒロー=ネヅが口? からプップと小さな白い紙片を吐き出す。その紙片は宙をヒラヒラと舞いながら、円卓に座る各国の代表たちの前にスルリと着地を果たす。その後、代表たちはそれぞれの横に立つ自分たちの補佐から万年筆や筆を受け取り、ささっとその紙片に名前を記入し、その名前が隠れるように紙片を二つに折り曲げる。そして、まずはエルフ族の女王が豊満なGカップを揺らしながら、右手の先に持つ紙片を銀色の箱に投入するのであった。

 続けて、魔族の代弁者がごほんごほんうへんうへん!! とわざとらしい咳をついた後に、自分の番だとばかりに投票箱に投函しおえる。続けて、ニンゲン族の首魁、亜人族のおさ、最後にドワーフ族の国王がその投票箱に自分たちの意思を預けた紙片を投函し、投票を終えることとなる。

「では、恨みっこ無しなのでッチュウ。この結果により、選ばれたみかどを皆で支えていくことを誓うのでッチュウ」

 ウィル・オー・ウィスプのコッヒロー=ネヅはそう言うと、自分の周りに浮いているいくつかの青白い球体を器用に使い、正方形の箱の横側を開けて、その中から投票用紙を取り出す。そして、その紙片に書かれている名前を確認し、次のように告げる。

「ヨハンに2票。フォーリアに2票。そして、無記名が1票なんだッチュウ」

 コッヒロー=ネヅが厳かな雰囲気を醸し出しながら、結果をそう述べるのであるが、各国の代表者たちの顔は驚愕する表情に変わっていた。ぶっちゃけて言えば、筆跡で誰が誰に投票したのかは一目瞭然なのである。だからこそ、魔族・亜人族が推すヨハンに誰が2票入れたかはバレバレであり、そして、ニンゲン・エルフ族の方も同じことになっていた。そして、そこから、誰が無記名で票を投じたのかも円卓の間に集まる者たちにはすぐに察せられたのだ。

 そして、その投票結果を見て、一番に憤慨したのはエルフ族の女王であるアンジェラ=キシャルであった。彼女は立腹し、自分が座っていた椅子を後ろ足で蹴っ飛ばし、無記名の者の襟元をその白くて細長い指でギリギリと締め上げるのであった。そして、その者の顔に自分の端正な顔を相手の顔にあらん限りに近づけて、呪い殺さんとばかりの視線をその者に向ける。

「離すでおじゃる。マロを誰だと思っているのでおじゃる!」

 アンジェラ=キシャルに真正面から睨みつけられているというのに、彼女から視線を外さずに、彼女の両手を左手で振り払い、逆に睨み返すように対峙するドワーフ族の国王であった。だが、そんなふてぶてしい態度についに堪忍袋の緒が切れたのは、亜人族のおさであるイヴァン=アレクサンドロヴァであった。彼も席を立ち、マーロン=ダイクーンの近くまで詰め寄り、その喉の奥から怒りの言葉を乗せていく。

「マーロン=ダイクーン! 貴様、今の今まで大人しく従順な振りをしてきたのは、この時を待っていたからか!!」

「何を言っているのかわからないのでおじゃる。マロはマロの意思をその白い投票用紙に託したまででおじゃる。コッヒロー様は言っておったじゃろうに。皆がそれぞれに信じる者の名前を書けと。だから、マロもその通りにさせてもらっただけでおじゃる」

 いけしゃあしゃあとそう言いのけるマーロン=ダイクーンに対して、ますます頭に血が昇っていくイヴァン=アレクサンドロヴァであった。彼の補佐が彼を羽交い絞めにしていなかったら、その毛むくじゃらな両手でマーロン=ダイクーンの首根っこを捕まえて、ボッキリと横方向に捻じ曲げていたかもしれない。そんな気概を持つイヴァン=アレクサンドロヴァであるのに、マーロン=ダイクーンがシッシッ! と犬を追い払うかのような所作をしだす。

「離せっ! マリーヤ=ポルヤノフ! 私はこの男をこの場で成敗せねばならぬっ!」

「いけませぬぞ、おさ。円卓の間での刃傷沙汰はご法度です。いくら、それをするだけの理由があろうとも、責は亜人族が被ることとなりますぞえ」

 フーフー! と鋭い犬歯を剥き出しにしたまま、イヴァン=アレクサンドロヴァが激昂する中、彼を必死に抑え続ける彼女であった。だが、いくら亜人族と言えども、女性の膂力ではこれ以上、自分のあるじを止めることは難しい事態になっていた。そして、彼女の羽交い絞めから解き放たれた半狼半人ハーフ・ダ・ウルフはその鋭い両手の爪をマーロン=ダイクーンの首へと突きこもうとするのであった……。
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