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第1章:我は覇王なり
第3話:姉弟
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アイナ=ワトソンはハンカーチを握りしめながら泣き崩れる父親の姿を見て、もらい泣きしてしまいそうになる。だが、自分まで泣いてしまえば、父親は真に自ら背負った罪悪感に押しつぶされてしまうことは間違いないだろうと思ってしまう。それゆえに、ますます気丈に振る舞ってしまうアイナ=ワトソンであった。
「お父様。わたくしは自分の命をダイクーン王国のために捧げれることを誇りに思っています。だから、どうか顔をあげて、いつもの誇り高い騎士のままに振る舞い、わたくしを霊廟に送り出してください」
愛娘の言葉を受けて、父親であるブッディ=ワトソンは床に伏せたまま、顔だけ上げて、はは、ははっ……と自嘲気味に笑ってみせる。その顔からは生気はすっかり抜け落ちており、その表情がますますアイナ=ワトソンの胸をきつく締める。彼女は事ここに至り、父親は既に首席騎士という誉れ高き地位から転げ落ちてしまったことを知ることとなる。そして、父親の威厳すらも失ってしまったブッディ=ワトソンの心は崩壊寸前にまで追い詰められていたのであった。
そんな父親から彼女は視線を外し、眼を閉じる他無かった。自分が尊敬する父親はもうこの世には存在しないことを。ならば、せめて自分が誇り高き父親の意思を継ぐだけだと思うのであった。
沈痛な空気が流れるその部屋にある男がひとり現れる。その者は見習い騎士が着る正装に身を包み、馬子にも衣装といった感じで、まだまだその正装に着せられているという雰囲気を醸し出す少年であった。
「姉上。神官たちが儀式の準備が整ったとの連絡が入りました。あの……、父上がこういう状態である以上、俺がエスコートすることになるのかな?」
少年の名はワット=ワトソン。現在18歳でありながら、見習い騎士の中では一番の剣の腕前である。そして、ブッディ=ワトソンの自慢の息子でもある。しかし、そんな彼から見ても、今の父親の姿はなんとも情けないモノに映ってしまってしょうがない。ワット=ワトソンは儀式の最中に、もしも姉が覇王に危害を加えられるような状況に陥りそうならば、腰の左側に佩いた白銀色の長剣で、首を叩き斬ってやろうという気概に溢れていた。
その気概が身体のそこかしこから漏れだしているのを感じた姉のアイナ=ワトソンは思わず、右手で口元を隠してクスクスと笑みを零してしまうのであった。本来なら父親であるブッディ=ワトソンがその気概を持たなければならないはずなのに、20歳にも満たぬ少年のほうがよっぽど騎士らしい振る舞いを見せたのである。だが、そんな立派な男に対して、顔すら向けないのがブッディ=ワトソンであった。ただ先ほどと同じように、はは、ははっ……と自嘲するだけであった。
そんな情けない父親の尻をワット=ワトソンが蹴り飛ばしたくなるのも致し方なかったといえよう。そして、そう思ったと同時に父親を蹴り飛ばし、ふんっ! と鼻を鳴らす。
「姉上を覇王の贄に選んだのは父上本人だと聞いていますっ! 俺はこの先、一生、あんたを父親だとは思いませんっ! 行きましょう、姉上っ!」
ワット=ワトソンは心底、自分の父親を憎悪した。血を分けた子を、国を救うためにとはいえども、覇王への贄として捧げるなど、親としてはあってはならない行為のはずだからだ。父親が正常な判断が出来る出来ないということに関わらず、霊廟まで自分の姉をエスコートする役目は自分こそが担うべきだと考えていたのだ、ワット=ワトソンは。
そして、そこで覇王の首級を刎ねる算段をつけていたのである。そんな彼の心情を姉であるアイナ=ワトソンはそこはかとなく勘づいていた。それゆえに真っ白なウエディングドレスに身を包んでいるというのに、笑顔ではなく、ますます憂い顔になってしまう。
霊廟へ続く薄暗い通路で力強く姉の右手を引っ張るワット=ワトソンは、一度、足を止めて姉のほうに顔を向ける。そして、口を開くや否や、不平不満をその口から漏らすこととなる。
「父上があそこに居たから、あれ以上は強く言えなかったけど、なんで姉上なんだよっ! 姉上はそれほどまでに国のために尽くしたいと本気で思っているのか!?」
ワット=ワトソンは共に神官たちが同行しているというのに、場もわきまえずに言いたいことを言ってのける。その言葉を受けて、アイナ=ワトソンは困り顔になる他無かった。母が亡くなってから、姉のアイナ=ワトソンがワット=ワトソンの母親代わりになっていたが、ここまで重度のシスコンになるとは、彼女としても予想外であった。ワット=ワトソンの父親譲りの漆黒の双眸からは、今からでも姉を攫ってしまっても良いとさえ訴えかけて来ていた。
「ワット。わたくしは貴方の母親でも無く、そして、恋人でもありませんわよ。ただ、貴方と同じ母親のお腹から産まれただけにすぎませんわ」
「しかしっ! 姉上は俺にとってはかけがえのない存在なのですっ! 姉上が覇王を斬れと命じてくれるならば、俺は喜んで国民たちの仇となりましょうぞっ!」
アイナ=ワトソンは弟の存在がただただ危ういと思ってしまう。父親が娘よりも国の行く末を重んじたというのに、その息子は対照的に姉の命を最優先としてしまっている。何故にこの父子はここまで互いに譲り合おうとしないのかと常日頃から頭痛の種であったが、事ここに至り、アイナ=ワトソンも自分の感情を爆発させてしまう結果となる。
「ワット=ワトソン! そこにひざまづきなさい!」
「はい!? 姉上、今、何と? 何故に俺がそんなことをしなければならないのですか?」
「口答えは許しませんっ! 女王に謁見するように、わたくしに剣を預けなさいっ!」
ワット=ワトソンは姉の勢いに押され、ついその場で片膝をつき、腰の左側に佩いた長剣を鞘に納まった状態のままで姉に手渡してしまう。そして、その長剣を受け取った姉は、シャリンという音を奏で、鞘から白銀色の長剣を抜いてしまうのであった。そして、長剣の刃の腹をワット=ワトソンの両肩に一度ずつ軽く乗せた後、次のように宣誓する。
「ワット=ワトソンよ。あなたはわたくしの騎士となりなさい。覇王:シノジ=ダイクーンの嫁となるわたくしのために、その剣を振るいなさい。わかったら、その場で3回、回ってワンッ!!」
「わ、ワンッ!!」
「お父様。わたくしは自分の命をダイクーン王国のために捧げれることを誇りに思っています。だから、どうか顔をあげて、いつもの誇り高い騎士のままに振る舞い、わたくしを霊廟に送り出してください」
愛娘の言葉を受けて、父親であるブッディ=ワトソンは床に伏せたまま、顔だけ上げて、はは、ははっ……と自嘲気味に笑ってみせる。その顔からは生気はすっかり抜け落ちており、その表情がますますアイナ=ワトソンの胸をきつく締める。彼女は事ここに至り、父親は既に首席騎士という誉れ高き地位から転げ落ちてしまったことを知ることとなる。そして、父親の威厳すらも失ってしまったブッディ=ワトソンの心は崩壊寸前にまで追い詰められていたのであった。
そんな父親から彼女は視線を外し、眼を閉じる他無かった。自分が尊敬する父親はもうこの世には存在しないことを。ならば、せめて自分が誇り高き父親の意思を継ぐだけだと思うのであった。
沈痛な空気が流れるその部屋にある男がひとり現れる。その者は見習い騎士が着る正装に身を包み、馬子にも衣装といった感じで、まだまだその正装に着せられているという雰囲気を醸し出す少年であった。
「姉上。神官たちが儀式の準備が整ったとの連絡が入りました。あの……、父上がこういう状態である以上、俺がエスコートすることになるのかな?」
少年の名はワット=ワトソン。現在18歳でありながら、見習い騎士の中では一番の剣の腕前である。そして、ブッディ=ワトソンの自慢の息子でもある。しかし、そんな彼から見ても、今の父親の姿はなんとも情けないモノに映ってしまってしょうがない。ワット=ワトソンは儀式の最中に、もしも姉が覇王に危害を加えられるような状況に陥りそうならば、腰の左側に佩いた白銀色の長剣で、首を叩き斬ってやろうという気概に溢れていた。
その気概が身体のそこかしこから漏れだしているのを感じた姉のアイナ=ワトソンは思わず、右手で口元を隠してクスクスと笑みを零してしまうのであった。本来なら父親であるブッディ=ワトソンがその気概を持たなければならないはずなのに、20歳にも満たぬ少年のほうがよっぽど騎士らしい振る舞いを見せたのである。だが、そんな立派な男に対して、顔すら向けないのがブッディ=ワトソンであった。ただ先ほどと同じように、はは、ははっ……と自嘲するだけであった。
そんな情けない父親の尻をワット=ワトソンが蹴り飛ばしたくなるのも致し方なかったといえよう。そして、そう思ったと同時に父親を蹴り飛ばし、ふんっ! と鼻を鳴らす。
「姉上を覇王の贄に選んだのは父上本人だと聞いていますっ! 俺はこの先、一生、あんたを父親だとは思いませんっ! 行きましょう、姉上っ!」
ワット=ワトソンは心底、自分の父親を憎悪した。血を分けた子を、国を救うためにとはいえども、覇王への贄として捧げるなど、親としてはあってはならない行為のはずだからだ。父親が正常な判断が出来る出来ないということに関わらず、霊廟まで自分の姉をエスコートする役目は自分こそが担うべきだと考えていたのだ、ワット=ワトソンは。
そして、そこで覇王の首級を刎ねる算段をつけていたのである。そんな彼の心情を姉であるアイナ=ワトソンはそこはかとなく勘づいていた。それゆえに真っ白なウエディングドレスに身を包んでいるというのに、笑顔ではなく、ますます憂い顔になってしまう。
霊廟へ続く薄暗い通路で力強く姉の右手を引っ張るワット=ワトソンは、一度、足を止めて姉のほうに顔を向ける。そして、口を開くや否や、不平不満をその口から漏らすこととなる。
「父上があそこに居たから、あれ以上は強く言えなかったけど、なんで姉上なんだよっ! 姉上はそれほどまでに国のために尽くしたいと本気で思っているのか!?」
ワット=ワトソンは共に神官たちが同行しているというのに、場もわきまえずに言いたいことを言ってのける。その言葉を受けて、アイナ=ワトソンは困り顔になる他無かった。母が亡くなってから、姉のアイナ=ワトソンがワット=ワトソンの母親代わりになっていたが、ここまで重度のシスコンになるとは、彼女としても予想外であった。ワット=ワトソンの父親譲りの漆黒の双眸からは、今からでも姉を攫ってしまっても良いとさえ訴えかけて来ていた。
「ワット。わたくしは貴方の母親でも無く、そして、恋人でもありませんわよ。ただ、貴方と同じ母親のお腹から産まれただけにすぎませんわ」
「しかしっ! 姉上は俺にとってはかけがえのない存在なのですっ! 姉上が覇王を斬れと命じてくれるならば、俺は喜んで国民たちの仇となりましょうぞっ!」
アイナ=ワトソンは弟の存在がただただ危ういと思ってしまう。父親が娘よりも国の行く末を重んじたというのに、その息子は対照的に姉の命を最優先としてしまっている。何故にこの父子はここまで互いに譲り合おうとしないのかと常日頃から頭痛の種であったが、事ここに至り、アイナ=ワトソンも自分の感情を爆発させてしまう結果となる。
「ワット=ワトソン! そこにひざまづきなさい!」
「はい!? 姉上、今、何と? 何故に俺がそんなことをしなければならないのですか?」
「口答えは許しませんっ! 女王に謁見するように、わたくしに剣を預けなさいっ!」
ワット=ワトソンは姉の勢いに押され、ついその場で片膝をつき、腰の左側に佩いた長剣を鞘に納まった状態のままで姉に手渡してしまう。そして、その長剣を受け取った姉は、シャリンという音を奏で、鞘から白銀色の長剣を抜いてしまうのであった。そして、長剣の刃の腹をワット=ワトソンの両肩に一度ずつ軽く乗せた後、次のように宣誓する。
「ワット=ワトソンよ。あなたはわたくしの騎士となりなさい。覇王:シノジ=ダイクーンの嫁となるわたくしのために、その剣を振るいなさい。わかったら、その場で3回、回ってワンッ!!」
「わ、ワンッ!!」
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