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第20章:巣立ち

最終話:神化

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 アンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラの全てを受け止める義務を感じていた。彼女が両の手のひらから想いの丈を放ってくる。アンドレイ=ラプソティはその想いに胸が詰まりそうになる。自分が行方をくらませていた2年間、どれほどまでにアリス=アンジェラが自分のことを大切に思っていてくれていたかが、彼女の両の手から痛いほど伝わってくる。

「ああ……、アリス殿。私は今、猛烈にアリス殿に劣情を抱いていますっ!」

「うるさいのデス、このスケベオヤジがッ! どうせ、貴方が侍られしている7人の女性全員に子供を産ませたんデショ!?」

「その通りですっ! 彼女たちは元々、私の直属の部下です。彼女たちは『七忍の御使い』改め『七神の御使い』と神化した存在です。神の子らが赤ちゃんを望むように、私も自分の分身を産んで欲しいと願ったからですっ!」

 アンドレイ=ラプソティはまるで聖母マザーのように、アリス=アンジェラの激情を受け止める。胸に直接的に去来する大きな思いを一身に受け止める。さらにアンドレイ=ラプソティは背中の6枚羽を巨大化させていく。その巨大化した6枚羽でアリス=アンジェラの身を包み込み始める。アリス=アンジェラは苦々しい表情になりながら、自分の想いの丈をアンドレイ=ラプソティにぶつけ続ける。

 思い返せば、アリス=アンジェラの保護者は2人と1匹居た。コッシロー=ネヅが第1保護者。ベリアルが第2保護者。そして、アリス=アンジェラの成長を願ってやまなかったアンドレイ=ラプソティが第3の保護者であった。アリス=アンジェラはその恩を少しでも返そうと、アンドレイ=ラプソティに攻撃を続けたのだ。アリス=アンジェラは身体の奥底から溢れてしょうがない激情をコントロールもせずに、アンドレイ=ラプソティに放射しまくる。

 それにより、アンドレイ=ラプソティの背中に生える6枚羽はどんどん巨大化していく。やがて、アンドレイ=ラプソティとアリス=アンジェラをすっぽり包む『繭』のような形状に変わっていくのであった。アリス=アンジェラとアンドレイ=ラプソティは繭という形をした『子宮』の中でひとつになろうとしていた。生命のゆりかごとも呼ばれる『子宮』の中で、アリス=アンジェラはアンドレイ=ラプソティに飲み込まれぬようにと抗い続けた。

 アンドレイ=ラプソティは『聖母マザー』であった。慈しみが溢れる表情で、アリス=アンジェラの頬に両手を当てる。どれだけでも、自分の身を思う存分痛めつけていいんだよと、微笑みかけてくる。アリス=アンジェラの眉間のシワは峡谷のように彫りが深くなっていく。

「貴方は勘違いしているのデス!」

「私は貴女のどこを勘違いしているというのですか? 私と共に神化の果てに行きつきましょう。それこそが、創造主:Y.O.N.N様の『創星計画』なのですからっ!」

「アリスは誰かの子供を産みたいと願ってイマス! でも、それは『誰でも』良いわけではないのデス! アリス=アンジェラが産みたいのは、愛するひとりの男性の赤ちゃんなのデスッッッ!!」

「これは困りました。貴女は創造主:Y.O.N.N様が準備している新大陸で聖母マザーとなる方だというのに……。私がその考えを改めさせましょうっっっ!」

 アンドレイ=ラプソティは繭の中でアリス=アンジェラを吸収しようとした。そして、アリス=アンジェラを聖母マザーとして完成させようとする。しかし、そのアンドレイ=ラプソティの思いは、アリス=アンジェラの手によって、完全に否定される時がやってきていた。

「ボクはアリス=アンジェラなのデス! 創造主:Y.O.N.N様もそれをわかってくれているのデス! それなのに、何故、アンドレイ様がわかってくれないのデスカッッッ!!」

「迷える子羊を導く役目を私が担ったのです。貴女は混乱しているだけなのです。貴女はただひとりの男を愛するだけで留まってはいけない存在なのですっっっ!」

「知ったこっちゃないのデス! アリスはアリスなのデス! ボクはボク自身で、好きになる男性を決めるのデスッッッ!!」

 アリス=アンジェラは本当の意味で『産声』をあげる。創造主:Y.O.N.Nの手で創られた、『聖母マザー』となる宿命を背負った少女。それがアリス=アンジェラであった。だが、アリス=アンジェラはこの目の前の男と続けた旅によって、『自由意志』を手に入れた。それは創造主:Y.O.N.Nの思惑通りの展開であった。

 だが、今のアリス=アンジェラは違う。自由意志だけでなく、『確固たる意志』を手に入れたのだ。誰かに言われたからといって、それを鵜呑みにしたまま従うことなど、決してない。さらには、アリス=アンジェラという人格に曲がることの無い『筋金』が入ることになる。

 アリス=アンジェラの望みと未来はここで決定づけられる。アリス=アンジェラの意志は、彼女が身に着けている衣服を神化させる。かつて、『神衣カムイ』と呼ばれた神のみが着ることを許される超絶防御力と超絶攻撃力を有する戦闘装束があった。その神衣カムイがアリス=アンジェラの身に纏わられることになる。

 それによって、アリス=アンジェラの戦闘力は100倍になる。だが、彼女の変化はそれだけでは収まらない。彼女の激情が彼女の髪の色と眼の色までも変えていく。金髪は彼女の燃えるような情熱の色へ。オッドアイの瞳は黄金こがね色に輝く。

「アリスに命令して良いのは、アリスが惚れこんだ男性だけなのデス!」

「その男性は私ではダメなのですか?」

「アンドレイ様はあくまでも、ボクの保護者なのデス! とても恋愛対象にはならないのデスッッッ!」

「では、ベリアルなのですか?」

「ベリアルは飄々として、ナイスミドルな癖に、私生活がだらしなすぎるのデス! あんなダメ男に引っかかるのはミカエルお姉様だけなのデスッッッ!」

 アンドレイ=ラプソティは苦笑してしまうしか他無かった。アリス=アンジェラは新大陸で『イブ』となる存在だ。そんな彼女のつがいとなる人物たちを創造主:Y.O.N.N様が色々と準備していた。候補者として、悪魔皇:サタン、ミハエル=アレクサンダー、ベリアル、偽救世主メシア。ダン=クゥガー、さらにはアンドレイ=ラプソティ自身。本当に色々な候補がいたのである。

 だが、アリス=アンジェラはその候補者たちの誰一人も選ぶ気は無さそうであった。アンドレイ=ラプソティは心底、ホッとした表情となる。アリス=アンジェラは創造主:Y.O.N.N様が用意した『運命』すらも振り払うための『神化』を果たしたのだと気づく。

「一度、頭を冷やして、出直すのデスッッッ!」

 アリス=アンジェラは右腕を引き絞る。その右腕に黄金こがね色の光の束を纏わせる。その輝きは雷鳴の竜サンダー・ドラゴンですら、まぶしいと眼を瞑るほどであった。アリス=アンジェラは光って唸る右のこぶしをアンドレイ=ラプソティの左胸へとかちこむのであった。

「シャイニング・ゴッデス・パンチなのデス!!」

 アリス=アンジェラの右のこぶしから放たれた黄金こがね色の光の束が、アンドレイ=ラプソティの左胸を貫通し、さらには彼女たちを覆っていた銀色と漆黒が混ざり合う『繭』を内側から突き破る。

 アンドレイ=ラプソティの6枚羽はアリス=アンジェラの右のこぶしの衝撃を受けて、内側から外側へ向かって粉砕されることになる。土の地面で大の字になっているアンドレイ=ラプソティのやや前方で、アリス=アンジェラはハァハァゼェゼェ……と片膝をつきながら、身体全体で呼吸をしていた。そんな2人の空気を台無しにするかのように、あの男が2人に近寄り、洒落た台詞を吐くのであった。

「お前は、お前が望むようにアリス嬢ちゃんを教育していたのかもしれん。だが、『親は居なくても子は育つ』んだ。お前が居ない2年間、アリス嬢ちゃんは自分なりに、自分の生き方を固めていたんだよ」

「それに貴方が一枚噛んでいたというわけ……でもなさそうですね」

「そりゃそうだ。我輩は『怠惰の権現様』だぜ。我輩は放任主義なんだよ」

「放任主義も行き過ぎると、ただの『育児放棄』です」

「うっせえ。てか、この2年間、どこでほっつき歩いてやがったっ! 酒場で洗いざらい白状してもらうからなっ!!」

 アリス=アンジェラが立派な女性レディとなるために、研鑽してきたことは、彼女との戦いを通じて、アンドレイ=ラプソティは知ることが出来た。だが、ベリアルとは少し言葉を交わすだけで、まったく変わっていないただのバカだということを理解できた。アンドレイ=ラプソティは久方振りに戦友ともと潰れるまで酔いしれるのも悪くないと思ってしまうのであった。

「チュッチュッチュ。アリスちゃんは完全に親離れしようとしているのでッチュウ。でも、いくら息巻いたところで、こんなアリスちゃんをとことん愛しつくしてくれる男性は現れるのでッチュウかね?」

「それは当分、無理じゃね? 無骨で一直線なロック=イートなら、どこまでも付き合ってくれるだろうけど、今や、アリス嬢ちゃんの単なる部下ポジションに収まろうとしてやがる」

「おや? 聞いたことのない男の名前が出てきましたね。その辺り、根堀り葉掘り、酒場で聞いても大丈夫でしょうか?」

「ロック=イートだけじゃねえよ。それこそ、星の数ほど、アリス嬢ちゃんに言い寄ってきた男が居たってのっ! アンドレイ、てめえが居ないから、我輩とコッシローがどれほど苦労したか、とくとくと教えてやるよ」

「そこの保護者共、うっさいのデス! 貴方たちのせいで、アリスは婚期を逃しそうなのデス! どいつもこいつも、ある一面だけを見るなら、ちょっといいかも? って思わせないでほしいのデスッッッ!」

「たはぁぁぁ。アリス嬢ちゃんの理想の男ってのは、我輩たちのせいもあって、とんでもない白馬に跨る皇子様に育ちまったかぁ」

「『男は皆スケベ』。まずはそこから再教育せねばなりませんかね?」

「男性不信になりかねないから、匙加減には注意しないといけないでッチュウね」

 アンドレイ=ラプソティはベリアルに手を借りて、その場から立ち上がる。そして、その足で、旧友との再会を祝うために酒場に向かうのであった。アンドレイ=ラプソティの奥方たちは男って本当にいつまでたっても子供だなぁという感想を抱く他無かった。

「アリスちゃん。今だけは仲直りするですニャン。あちきも、アリスちゃんの男遍歴を聞きたいのですニャン」

「あたいもアリス嬢ちゃんには興味津々だっ。キレイなお姉さんとたくましいお姉さんのどっちが好みだい?」

「ホルス。初対面の相手に聞くような質問ではありませんわ。アリスさん。わたくしはアヌビスと申します。今はオシリスとして神化したアンドレイ=ラプソティ様に付き従う『七神の御使い』のひとりですの。御見知りおきくださいまし」

「あ、あの。こちらこそ、よろしくお願いいたしマス?」

 アリス=アンジェラはどう反応して良いか困ってしまうことになる。ミサさんの言い方は引っかかるものがあるのは当然として、それでも、旧知の仲を温めようと言ってくれている。今はそれで良いのかもしれないが、もし、どこかの戦場で出くわすような事態になれば、アリス=アンジェラは彼女たちとの戦いを否定できない気がしてならない。

「おおおい、アリス嬢ちゃん、とっとと行くぞ。今の機会を逃したら、また、アンドレイがどこかわからないところに消えるつもりっぽいからなっ!」

「やっぱり、そうなんデス!? アンドレイ様っ! 今夜は寝かせないので覚悟しておいてくだサイッ!」

「ハハッ。その台詞、一度はアリス殿に言われたいって思っている男性は多いと思いますよ。いや、存外にアリス殿がキレイになっていて驚きましたよ」

「我輩がそこだけは指導したからなっ!」

「指導じゃなくて、反面教師って言うんでッチュウ」

 アリス=アンジェラは先を行くベリアル、コッシロー=ネヅ、そして、アンドレイ=ラプソティを仕方ない大人たちだと思うしか無かった。だが、彼らがいつも自分を見守ってくれたおかげで、今の自分が居る。アリス=アンジェラは彼らの背中に向かって、軽くお辞儀をする。そうした後、アリス=アンジェラは彼らの背中を追いかけるように走りだす……。
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