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第19章:自由意志

第2話:悪魔の囁き

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 レオン=アレクサンダーが描いた満月の奥底から、赤黒い巨大な右腕がこの地上界へと飛び出してくる。突然、どこから現れたのかと思わせるような巨腕に対して、アリス=アンジェラは為す術も無く、捕縛されることになる。レオン=アレクサンダーは思わず、ククッ! と高笑いしてしまうが、悪魔皇:サタンがまたしても、右手の親指と人差し指を用いて、パチーン! と甲高い音を鳴らしてみせる。

 レオン=アレクサンダーは、おっと! と思い、身を引き締める。いくら、突然の出来事でも、無防備すぎたアリス=アンジェラである。油断しないように満月から飛び出させた巨腕をもってして、アリス=アンジェラをギリギリと締め上げていく。十数秒も持たずにアリス=アンジェラの身体にある骨という骨は砕かれるはずである。

 だが、圧死させる気など、まったくもって無いレオン=アレクサンダーであった。自分がされたように、あの小娘の心臓を胸から引き抜き、さらには首級くびを刎ねてやろうと思っていたのだ。だからこそ、レオン=アレクサンダーは満月から飛び出した巨腕を用いて、アリス=アンジェラを勢いよく上方へと投げ飛ばす。

 アリス=アンジェラは肉の天井にぶち当たり、そこから自由落下してくる。そこをまるでハエ叩きのようにアリス=アンジェラを叩き落とすのが巨腕であった。アリス=アンジェラは肉の床でバウンドすることも許されず、為すがままにベシャリと叩き潰されることになる。

 そのような状態にまで、アリス=アンジェラを追い詰めた後、レオン=アレクサンダーは巨腕を満月の中へと引っ込める。両手持ちであった朱と黒色でコーティングされた長剣ロング・ソードを右手のみで持ち、ゆっくりと注意深く、うつ伏せで倒れ伏せるアリス=アンジェラに近づいていく。

 その時、アリス=アンジェラの左手がピクリと動く。レオン=アレクサンダーは反射的にアリス=アンジェラのその左手の甲を長剣ロング・ソードの切っ先で貫く。しかしながら、アリス=アンジェラはピクピクと痙攣するのみで、それ以上には身体を動かそうとはしなかった。

 安堵したレオン=アレクサンダーは、長剣ロング・ソードを引っこ抜く。今度こそ、自分自身の仇打ちをするために、アリス=アンジェラへと近づいていく。そして、ギュムッとアリス=アンジェラの背中を左足で踏みつける。そうされながらも、アリス=アンジェラは特別、レオン=アレクサンダーに向かって、反撃をしようとはしなかった。

「サタン様がよくよく気をつけろと言っていたが、ここまであっけないと、緊張感を保つことのほうが難しい。だが、今の俺には一切の油断など無いっ!」

 レオン=アレクサンダーは、もう一度、両手で長剣ロング・ソードを持ち直す。そして、アリス=アンジェラの胸に向かって、背中側から真っ直ぐにその長剣ロング・ソードの切っ先を振り下ろす。

「何故だ。何故だ。何故だぁぁぁ!!」

 レオン=アレクサンダーがまさにアリス=アンジェラの命を刈り取ろうとした瞬間であった。レオン=アレクサンダーの胸に大穴が空いていたのである。さらには、その大穴は大量の塩で埋まっている。レオン=アレクサンダーはよろよろとふらつきながら、塩化してしまった胸の大穴に左手を当てる。そこから、ポロリと大き目の紅い宝石が転がり堕ちるのであった。

「レイ! 俺よりも、この小娘を選ぶのかっ!」

「レオン。あなたは一度、アリス=アンジェラの手により、死を承りました。それは私にとって、変えようのない痛みとなりました。だが、それでも私はアリス=アンジェラを許し、アリス=アンジェラをここまで導いたのです! ここで、アリス=アンジェラを失うわけにはいきません!!」

 アンドレイ=ラプソティは泣いていた。自分の子を宿してくれた女性を、片膝をつきながら、その両腕で抱きかかえつつだ。アンドレイ=ラプソティは同時に2人の大切なヒトを失おうとしていた。ミサ=ミケーンの身体からは未だに真っ赤な血が溢れだしていた。アンドレイ=ラプソティは、レオン=アレクサンダーがアリス=アンジェラに構いっきりになっている間、ミサ=ミケーンの治療に専念していた。

 しかし、傷は深く、いくら回復天使術を施していても、一向にミサ=ミケーンの傷から溢れる血は止まることは無かった。そんな絶望的状況に追い込まれていたアンドレイ=ラプソティに向かって、悪魔皇はまさに悪魔的提案をしてくるのであった。

「アンドレイ=ラプソティ。選ぶが良い。自分の分身を産んでくれる女。自分の片割れと錯覚するほどに惚れこんだ男。そこに転がっている朱い宝石は、どちらか一方を救ってくれる」

 アンドレイ=ラプソティは悪魔的魅惑を醸し出すその唇がついている顔を、産まれて初めてレベルの憎悪を孕んだ顔で睨みつける。両腕で抱えているミサ=ミケーンの心音はどんどんと弱まっていく。そして、自分の手で身体の一部を塩化させたレオン=アレクサンダーは苦しそうに、その胸から大量の塩を崩れるように垂れ流していた。

 レオン=アレクサンダーは悪魔皇:サタンにより、再創造されたために、心臓の代わりとなっている朱い宝石を砕かれぬ限り、身体は再生を繰り返した。だが、アンドレイ=ラプソティの塩の柱は、決して、その空いた大穴を修復させようとはしなかった。いつまでも続くと思わせるような激痛がレオン=アレクサンダーの顔を苦痛で歪ませ続けたのである。

 アンドレイ=ラプソティは朱い宝石を左手で拾い上げる。レオン=アレクサンダーはゼエゼエハハアと荒い呼吸を繰り返しつつも、空いている右手をアンドレイ=ラプソティの方へと突き伸ばす。

「それを俺に返すんだっ! 女が欲しいなら、俺がいくらでも見繕ってやる! お前が子を欲しいとなれば、どれだけでも女を準備してやろうっ!!」

 レオン=アレクサンダーのこの一言が、アンドレイ=ラプソティの未来を決定づけたと言っても過言では無かった。悪魔皇:サタンは常々、レオン=アレクサンダーを魔人にしたてあげようと観察をおこなっていた。ただのニンゲンでありながら、野望に満ち溢れており、さらには自信を過剰に膨らませた男は、地上界において、1000年にひとり居るかどうかの逸材である。

 現にレオン=アレクサンダーは、アンドレイ=ラプソティという相棒が居なかったとしても、エイコー大陸西側の覇者となりえるだけの才能は秘めていた。それを開花させ、導く存在となったのが、アンドレイ=ラプソティという彼の守護天使という存在であった。しかし、今、その役目が真に終わる時がやってこようとしていた。

 悪魔皇:サタン。悪魔将軍:ルシフェルの計画通りとはまさにこのことである。レオン=アレクサンダーをこの地上界に受肉させるために仕込んだ伏魔殿パンデモニウムが本当の意味で生み出そうとしていたのは、魔人では無い……。
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