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第17章:ミハエル救出

第8話:焼肉

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 ヨーコ=タマモ。エイコー大陸の東側にある国をその妖艶な肢体で国を傾かせた大妖狐の直系である。それゆえに、幻術に関して、彼女の右に出る者など、地上界に存在するはずもなかった。しかしながら、それでも、ヨーコ=タマモは幻術で創り出した自分の分身をミハエル=アレクサンダーによって斬られた時に、心に傷を負わされることになる。

 ヨーコ=タマモの身体からは熱い汗よりも、鈍い脂汗のほうが多くなってきていた。さすがはアンドレイ=ラプソティたち全員を一度に相手すると豪語していたクズ男である。大層、でかい口を聞くだけの坊やかと思えば、呪力ちからの量だけは果てしないモノを持っている。

 しかしながら、だからこそ、こんな呪力ちから頼りの坊やを、無理やり妖力ちからでベッドの上へと押し倒して、再教育してやらねばならないのだ。ヨーコ=タマモの心の中には、こりゃだめかもしれんなぁという気持ちと、そんな気弱な気持ちであのクズ男の童貞をどう奪うつもりなのじゃ? ちゃんとせぬかっ!! という自分自身を叱咤激励する気持ちが混ざり合わさることになる。

 ヨーコ=タマモはズタボロになっていく着物の襟を正し、すぅぅぅ、はぁぁぁとゆったりとした呼吸を繰り返すのであった。その間、ミハエル=アレクサンダーはふぅふぅと荒い呼吸をどうにか抑えようとしていた。一度、長剣ロング・ソードを地面に突き刺し、右手をグーパー、グーパーと閉じて開いてを繰り返す。

 お互い、次のための一撃の準備を整え終えると、彼らの戦いを遠巻きに見守っているアンドレイ=ラプソティたちがゴクリッと生唾を喉奥へと押下する。誰しもがわかっていたのだ。2人の決着が次に刃を交えた時に、つこうとしていることを。

 先に動いたのはヨーコ=タマモであった。芭蕉扇を大きく上下へ振り回し、風の凶刃カマイタチを創り出す。ミハエル=アレクサンダーはそれをメデューサの盾で受ける。跳ね返された風の凶刃カマイタチはヨーコ=タマモをずたずたに切り裂く。しかし、それはもちろん、ヨーコ=タマモが創り出した幻影であり、本体は別の位置へと移動を開始していた。

 ミハエル=アレクサンダーは自分の周囲に浮かぶウィル・オー・ウィスプを高速に自転させつつ、自らを中心としての公転をさせ始めたのである。こうなれば、ヨーコ=タマモがいくら幻術で幻影を創り出したとしても、うかつには近寄れなくなる。ミハエル=アレクサンダーの周りを公転するウィル・オー・ウィスプ群はその公転の半径を広げ、さらに向こう側へと向かっていく。

 神鳴りを纏うウィル・オー・ウィスプたちは、ヨーコ=タマモが創り出した幻影をどんどん駆逐していく。それに伴い、砂ぼこりが舞い上がり、思わず、アンドレイ=ラプソティたちは腕を使って、砂ぼこりを防御する。

 しかしながら、その中でもアリス=アンジェラはミハエル=アレクサンダーの上空10ミャートル地点を見つめていた。アンドレイ=ラプソティたちの中で、ただひとり、幻影でない本体の動きをその眼で追えていたのは、アリス=アンジェラのみであった。

「さすがは拳聖:キョーコ=モトカードの直系の師範をパートナーとしていただけはありマス。まだまだ拙いながらも、音速を越える域に足を踏み入れているのデス。あれなら、戦闘経験の乏しい相手なら、どうにでも翻弄できるのデス」

 アリス=アンジェラの言う通り、ヨーコ=タマモは幻惑術を使いながら、自身は幻影と立ち位置を入れ替えつつ、ミハエル=アレクサンダーを惑わし続けた。しかし、アリス=アンジェラはヨーコ=タマモの実力を評価しながらも、決して、ヨーコ=タマモではミハエル=アレクサンダーを打倒出来ないと感じていた。呪力ちから任せの相手に、速度や技量で翻弄するのは、正しい戦闘方法だ。だが、それはある程度の呪力ちからで収まっている相手ならば、という条件付きである。

「さあ、これで決まりじゃぞっ!」

「抜かすなっ! いくら俺でも、どの方向から迫ってくることくらい、わかるわっ!」

 ミハエル=アレクサンダーがウィル・オー・ウィスプを自分の周りで公転させていたのには理由があった。水平方向にウィル・オー・ウィスプをまるで山狩りの如くに展開させれば、ヨーコ=タマモの攻撃は自分の上空側からしか無くなってしまう。ミハエル=アレクサンダーはメデューサの盾を天空に向かって振りかざす。そして、ミハエル=アレクサンダーの予想通り、10を数えるヨーコ=タマモが上空で一斉に芭蕉扇を振り回したのである。

 芭蕉扇から放たれた風の凶刃カマイタチ群がメデューサの盾とぶつかり、反射される。反射された風の凶刃カマイタチあるじを散々に噛み千切る。ミハエル=アレクサンダーは勝ったと思った。いくら、あの10体の中に本体が居なくても、どっちにしろ、上から攻撃してくるしか無いのだ、ヨーコ=タマモは。あとはじっくり、上空のどの位置にヨーコ=タマモが居るのかを確認し、そこに向かって、右手に持つ長剣ロング・ソードを突き立てるだけである。

 ミハエル=アレクサンダーは眉間にシワを寄せれるだけ寄せて、ヨーコ=タマモの本体を探り始める。ヨーコ=タマモは幻影を掻き消されると同時に、新たな幻影を生み出し、自分の位置を特定させないようにした。そんな健気なヨーコ=タマモの腹に向かって、ニヤリと口の端を歪ませたミハエル=アレクサンダーが右手に持つ長剣ロング・ソードを突き立てたのであった。

「殺ったぞぉぉぉ!」

 ミハエル=アレクサンダーの顔には歓喜の表情が浮かぶ。彼の右手には確かな手ごたえがあった。幻影では無く、肉の身に長剣ロング・ソードを突き刺したという確信があった。だからこそ、長剣ロング・ソードを突き刺すだけでなく、その肉の身に向かって、大量の神鳴りを流し込んだのである。

 周囲に肉が焼け焦げる匂いが充満するのであった。それは美味しそうな匂いを通り越した匂いであり、明らかに不快感を伴う匂いであった。ミハエル=アレクサンダーは肉の身を焼いていると同時に、クハハハ……と不気味な笑い声をあげることになる。

「何が俺を喰ってやるだっ! 女狐め、丸焼きからの丸喰いをしてやるわっ!」

「ほぅ。黒焦げの半狐半人ハーフ・ダ・コーンをご所望かえ? わらわは料理が下手なゆえに、よく肉を黒焦げにしてしまうのじゃ。ほんに、わらわたちは相性が良いのぅ?」

 ミハエル=アレクサンダーはギョッとした顔つきになる。絶賛、今、丸焦げにしている肉の塊の方向から、あの女狐の声が聞こえてきたのである。とっくに絶命していてもおかしくないというのに、どこから声を出しているのか、不思議でたまらなかった。だからこそ、余計に長剣ロング・ソードで突き刺している肉の塊に神鳴りをぶち込んだのだ。

 そして、ついに肉の塊が炭化し、ボロボロと崩れ落ちるまで、ミハエル=アレクサンダーは神鳴りを流せるだけ流し切る。ようやく、ヨーコ=タマモをもの言わぬ崩れ行く炭と化したと確信したミハエル=アレクサンダーが次に視線を送った先は、父の仇であるアリス=アンジェラであった……。
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