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第16章:マーラ様

第7話:急がば回れ

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 ベリアルが壮大に勘違いしていることは、アリス=アンジェラが『火照る』という状態がわかっていないと思っていたことであろう。実際のところ、アリス=アンジェラは『火照る』という言葉を知らないだけなのである。彼女だって、すでに年頃の立派な16歳なのである。ベリアルやアンドレイ=ラプソティには口が裂けても決して言えない、秘密の情事を経験してきている。

「よくわからないのですが、ただ言えることと言えば、まるで温泉に入っている気分になってきているのデス」

「そうか、そうか。我輩の今言ったことは気にしないでくれ。さてと……。我輩もスペル魔原液スープに浸かって、身体を癒しておこうかなっ」

 ベリアルは先ほど放った言葉をうやむやにするためにも、黄色と黒を基調とした全身鎧フルプレート・メイルを着込んだまま、アリス=アンジェラからちょっと離れた位置で、スペル魔原液スープの中へと沈んでいくのであった。アリス=アンジェラはさらに首級くびを傾げることになるが、ベリアルに対して、深く詮索を入れることは無かったのである。

 神聖マケドナルド帝国の首都であるヴァルハラント一面を覆う形で、マーラの子宝袋から噴き出したスペル魔原液スープは、少しづつであるが、城壁に空いた穴から、外へと流れ出す。半日をかけて、全てのスペル魔原液スープがヴァルハラントの外へと排出される頃には、次の日の朝になっていた。

 ヴァルハラントの住人たちは、ダン=クゥガーの襲撃により、身体のあちこちに傷を作られたが、それを癒したのがダン=クゥガーが変貌したマーラであることは、皮肉そのものである。ヴァルハラントの住人たちは、こぞって、この奇跡を創造主:Y.O.N.N様のモノとして、称えたのである。

 モニター越しにアリス=アンジェラのパラメーターを一晩中、チェックしていた創造主:Y.O.N.Nは、さすがに苦笑いを零すしかなかった。首都を襲ったダン=クゥガーなる男が破壊をもたらすと同時に、再生をもしてみせたことに驚きを隠せないといったところである、創造主:Y.O.N.Nとしては。

「さすがはサタンよ。我が企みを阻害するつもりが、何を間違えたのか、我が計画の正しさを証明してみせるとはな。さあ、愛娘よ。目覚めの時は近いぞ。創星計画のイブとなる日が近づいている……」

 創造主:Y.O.N.Nはクフ……クフフ……と不気味な笑みを零してしまう。愛娘であるアリス=アンジェラの調教は概ね順調に進んでいる。多少、アクシデントはあったモノの、それは小石に躓いた程度の些細な出来事であると、創造主:Y.O.N.Nはそう思っている。

 アリス=アンジェラはここまでの道中、様々なタイプのスペル魔を味わってきた。あとは、創造主:Y.O.N.Nが候補に入れているアダムを、イブであるアリス=アンジェラとくっつけるだけである。そのアダムと呼ばれる人物は複数の候補がいるが、誰とくっついても良いようにアリス=アンジェラを調教してきたという自負を持つ創造主:Y.O.N.Nである。

「さあ、アリスよ。好きな男を選ぶが良い。サタンはアリスを嫌っているようだが、アリスには選択権があるぞ。うかうかしていては、他の男に取られてしまうが、それで良いのかな?」

 創造主:Y.O.N.Nは絶対的な『善』であるはずなのに、この時ばかりは『邪悪』と言ってよいほどの笑みをその顔に浮かべていた。全ては自分の手中に収まっている物語りストーリーである。多少の紆余曲折があろうとも、自分の思い描く未来にたどり着くまで、時間はそれほどかからないと思えるほどの、アリス=アンジェラの仕上がりであった。

 そして、あるじである創造主:Y.O.N.Nの企みなど、まったく知る由も無いアリス=アンジェラは、今更、火照ってきた身体を持て余し気味になっていた。

「アリス殿。顔が赤いですが、湯冷めでもして、風邪を引いてしまったのですか?」

「馬鹿でも風邪を引くんだウギャァァァ!」

「失礼な言い草なのデス! アリスはとっても賢い美少女なのデス!」

 ベリアルがいつもの軽口を叩いた次の瞬間、アリス=アンジェラの両目が光り輝き、そこから光線ビームが2本飛び出してくる。清浄なる光は悪魔がもっとも嫌がるモノのひとつであった。ベリアルは酒の席から転げ落ち、それでもアリス=アンジェラはそんな彼に向かって、眼から光線ビームを放ち続けたのである。

 元気いっぱいのアリス=アンジェラを見て、アンドレイ=ラプソティは、ほっと胸を撫でおろすことになる。まだ酒を飲み始めたばかりなのだ。アリス=アンジェラは酒豪とは言わないが、それでもワインに口を付けただけで、顔が赤く染まるわけでもないことは、ここまでの道中でわかっていることである。

 アンドレイ=ラプソティたちは、アリス=アンジェラの形の良い口から悪魔皇:サタンたちが旧マケドナルド王国に向かったことを告げられていた。しかしながら、コッシロー=ネヅの『急がば回れ』という言葉に従い、アンドレイ=ラプソティの首都帰還を祝いたいという貴族たちの歓待を受け入れることになる。

「ハッハッハッ! いつもながらにアンドレイ様の周りは賑やかですなぁ。ここにレオン帝がいらっしゃったら、どれほどの笑顔を零してくれていたことか」

 スペル魔まみれの身体をとある貴族の邸宅にある大浴場で洗い流し終えたアンドレイ=ラプソティたちは、食堂へと足を運ぶ。そして、食前酒を楽しんでいる際に、失言したベリアルを眼から光線ビームで制裁したアリス=アンジェラであった。その様子をさも賑やかしいと表現して、挨拶に現れたのが、この邸宅のあるじであった。

「ロビン=ブルースト卿。老いても、ますますご健勝のようで、私としても頼もしい限りです。貴方に任せておけば、レオン亡き後も、末永く神聖マケドナルド帝国は続いていくでしょう」

「老い先短いワシに言われてもなっ! なあに、ブルースト一族総出で、神聖マケドナルド帝国を盛り上げましょうぞ。さあ、たくさん食べてくだされ。神聖マケドナルド帝国の次代のみかどを助けにいくためにも」

 ロビン=ブルースト卿。彼は旧マケドナルド王国の男爵から神聖マケドナルド帝国の侯爵にまで昇りつめた実力者であった。しかしながら、現時点で神聖マケドナルド帝国において、ブルースト家と実力伯仲した侯爵家が他にもあった

 レオン=アレクサンダー帝の元・正妻であるフローラ=アレクサンダーの実家であるクレープス家は男爵から公爵にまで昇進したが、その後、フローラ=アレクサンダーが元・正妻となった時に、御家も降格となる憂き目に会う。元・公爵家であるクレープス家が、ブルースト家の対抗馬であった。

 しかしながら、フローラ=アレクサンダーの正妻の座を守り切れなかった後ろめたさがアンドレイ=ラプソティにはあった。そして、クレープス家はフローラ=アレクサンダーの実家である。クレープス家に顔向け出来ぬという事情の下、かの御家にお世話になるよりかは、プルースト家を頼ることになる、アンドレイ=ラプソティであった。

 トモエ=アレクサンダーなるどこの馬の骨ともわからぬ正妻が産んだ、未だ3歳児に過ぎぬ次代のみかどとなる予定のミハエル=アレクサンダーの手助けとなることは、出来るだけ避けたい事態だったのだ、クレープス家としても。

 このアンドレイ=ラプソティの行動もおおいに問題はあるが、今はそんなことを言っている場合でないのは、クレープス家も承知の上であった。結局の所、両家から声を掛けられたアンドレイ=ラプソティが結果として、ブルースト家の手助けを借りることになるが、神聖ローマニアン帝国の未来を憂う気持ちは、クレープス家も同じであってほしいと願うしか他無いアンドレイ=ラプソティであった……。
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