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第12章:竜皇と幼竜

第8話:山小屋

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 竜の巣の空気穴で一晩を過ごしたアンドレイ=ラプソティたち一行は軽く朝食を取る。昨日の疲れが取り切れていないのもあるが、少しは寒さを和らげれるこの場所から、外へと出るのは皆、億劫であったのだ。

 その心の動きの鈍さが口の動きの鈍さにも直結しており、無理やり明るい話題を皆に振りまこうとしていたミサ=ミケーン以外は終始、ハァァァ……とため息をついていた。

「思い悩んでいてもしょうがねえ。このアルピオーネ山脈をどうしても越えなきゃならねえって、アンドレイが言うんだ。我輩たちはリーダーに従う他ねえ悲しい一兵卒に過ぎん」

「七大悪魔のひとりを一兵卒扱いとは、ずいぶん、私も出世したものですよ。というわけで、再開の第一歩はベリアルにお願いします」

「えーーー!? 我輩にそれをやらせるか!? おい、我輩の従者よ。外の様子を見てくるんだっ!」

「ボクがいつ、ベリアルの従者になったのかはわかりまセン。でも、嫌がっていてもしょうがないので、ボクがここからでも吹雪いている外へと行ってき……マス」

 アリス=アンジェラは起きた後、パジャマ姿からもこもこの防寒具へと着替え直していた。しかし、この横穴の出入り口に近づけば近づくほど、吹き込んでくる冷気に身体が縮こまってしまう。アリス=アンジェラは止まってしまった足に喝を入れるためにも、太ももをこぶしでゴンゴン叩き、次にはパンパンとほっぺたを平手で叩く。

「アリスちゃん、骨は拾っておくニャン。海がよく見える高台に埋めておけば良いニャン?」

「え、縁起の悪いことを言わないでくだサイ! てか、ボクだけ先に行かせるのは無しデスヨ!?」

 アリス=アンジェラは変なボケをかますミサ=ミケーンにツッコミを入れた後、おそるおそる横穴の出入り口の外へと出る。その途端、山肌を滑り落ちてくる寒風に一気に身体を冷やされることになる。アリス=アンジェラはその寒風により、その場から一歩も前へと進めなくなってしまう。

 しかしながら、そんなアリス=アンジェラの防風壁となるべく、大人組がアリス=アンジェラを囲むように配置する。そして、アリス=アンジェラによくやったと、フード越しにアリス=アンジェラの頭を撫でるベリアルとアンドレイ=ラプソティであった。アリス=アンジェラは寒風が和らいだことで、ホッと安堵の吐息を漏らすことになる。

 アンドレイ=ラプソティは方位磁石を懐から取り出し、自分たちの位置を特定する。竜の巣の中では、竜力ちからが方位磁石に悪さをしているのか、明後日の方向を指し示していた。それにより、自分たちがどこにいるのかという正確な位置がわからず仕舞いであった。

「どうやら、私たちは竜皇様の住処を通り抜けたついでに、アルピオーネ山脈の向こう側に辿り着いていたようです」

「おおっ! 後は下るだけってかっ! そりゃ僥倖じゃねえか……。よっしゃ、アリス嬢ちゃんを雪だるまにしながら、山を下ろうぜ!」

「ベリアル……。麓に着くころにはアリス殿が直径10ミャートルくらいの雪玉の中心部に収まることになりますよ? 怠惰な貴方がアリス殿をそこから救い出す手助けをしてくれるのですか?」

「冗談に決まってんだろ。てか、アリス嬢ちゃん、我輩をそんな非難する眼で見るんじゃねえ……」

 ベリアルは背中に痛い視線を感じながら、ゆっくりと山を下っていく。一行の先頭を行くのはベリアルと天界の騎乗獣姿に戻っているコッシロー=ネヅであった。そして、上から吹き下ろしてくる寒風を塞ぐ形になっているのがアンドレイ=ラプソティであった。アンドレイ=ラプソティは背中に寒風が当たりまくって、よろけそうになるが、それを支えるのが彼の隣を歩くミサ=ミケーンであった。

「アンドレイ様ぁ……。一緒に転んでしまって、雪だるまになりませんかニャン?」

「それは魅力的な提案ですが、前を行くアリス殿たちを巻き込むことになってしまいます。どうせなら、ベリアルの背中を蹴っ飛ばして、ベリアルだけ雪だるまになってもらいましょう」

「おい、吹雪いているからって、聞こえてないつもりか? 我輩は悪魔的地獄耳だぞ。悪だくみをするなら、もっと悪魔以上に狡猾に企むんだな」

 ベリアルがこちらを振り向きもせずにアンドレイ=ラプソティに文句を言ってみせる。ミサ=ミケーンはニャハハ……とごまかし笑いをし、アンドレイ=ラプソティはさもありなんといった表情を顔に映す。

 いちばんちっこいアリス=アンジェラを護る陣形を取ったアンドレイ=ラプソティたちは、どんどんアルピオーネ山脈を下っていく。しかし、麓から3合目まで来たところで、一旦、ここで一晩を過ごそうと提案するアンドレイ=ラプソティであった。

「ん? 一気に下りたほうが楽だと思うんだけどな?」

「いえ。雪山というのは異様に体力をむしり取られます。特にここはアルピオーネ山脈なのです。いくらショートカット出来たからといって、ここで無茶をしてはいけないのです」

 ベリアルはアンドレイ=ラプソティの助言になるほど……と頷く。そして、どこかに休息を取れる場所がないかと、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、ハァァァ……とこれまで以上にでかいため息を口から漏らすのであった。

「おい。我輩は嫌だぞ」

「そう言うなッチュゥ。まさに創造主:Y.O.N.N様の慈悲がプンプンと匂ってくるでッチュウけど、ここはアリスちゃんの顔に免じて、受け入れるでッチュウ」

「へ……? ボクがどうかしたのデス? ボクはまだまだ……へっちゃら……なのデス」

「はいはい、わかったわかった。アリス嬢ちゃんが予想以上に疲れてるわ。我輩たち、大人組の体力でモノを言っちゃいかんわ」

 アリス=アンジェラは幼竜が寒風で飛んでいかないようにと、この雪山行軍を続けている間、ずっと幼竜を抱いていた。その行為がアリス=アンジェラの体力を通常の3倍、消費させていたのである。ベリアルは今にも倒れそうになっているアリス=アンジェラを幼竜ごとお姫様抱っこして、コッシロー=ネヅの背中に乗せる。コッシロー=ネヅはベリアルにこくりと頷き返し、急いで先ほど眼に入った山小屋へと移動する。

 山小屋の中に入った一向は、急いでストーブに薪を入れる。そうした後、濡れてしまった防寒具を脱ぎ、山小屋の中に用意されていた厚手の毛布に身体を包み込ませる。ベリアルはストーブの上に金属製のヤカンを置き、湯が沸くまで、ガタガタブルブルと震えるのであった。

 しかしながら、沸かした湯で作った溶岩のようにドロドロで熱いコーヒーを飲むことで、生き返るとはまさにこのことだという表情になりながら、ベリアルは皆に木製のコップを渡していく。そして、溶岩のようにドロドロのコーヒーを皆のコップの中に注いでいくのであった。

「これ、飲んでも堕天してしまいませんよね?」

「地獄に落ちてしまいそうに砂糖をぶっこんで、ドロドロに仕立てただけだ。堕天は出来ないが、身体から魂が抜け落ちる感覚を味わえるぜ?」
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