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第11章:竜皇の宮殿

第9話:ダンスホール

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 アリス=アンジェラは不思議な空間に居た。コッシローさんが食べられたっ! と慌てて、竜皇の口を無理やり開き、その奥へと飛び込んだは良いが、そこは内蔵が迷路を作っている場所では無く、どこかの立派過ぎる宮殿の中だったからだ。しかし、立派過ぎる宮殿だというのに、そこで宮仕えしているはずのニンゲンはひとひとりとしていなかった。

 アリス=アンジェラはその大理石で出来た宮殿の中へと恐る恐る入っていく。しかし、どこを見渡しても、人っ子一人とて出会わず、段々と薄気味悪さのほうが勝ってきたのである。

「ここはどこなのデス? 誰かいませんカーーー!?」

 アリス=アンジェラは孤独に耐えきれなくなり、宮殿内で大声を張り上げる。すると、アリス=アンジェラの声に反応するかのように宮殿の奥へと続く大扉がゴゴゴ……と重低音を奏で始める。アリス=アンジェラはビクンッ! と可愛らしく跳ね上がるが、少し頬を赤らめた後、それを隠すような仕草をする。

「誰かが見ているわけではないのに、びっくりした姿を見られたと思ったのデス」

 アリス=アンジェラはテヘッと可愛らしく舌をチロッと出した後、開け放たれた大扉の奥へと歩いて進んでいく。そこは舞踏会が催されていると思える広間でった。天井にはガラス製の照明灯シャンデリアが規則正しく吊るされている。そして、2階から立ち見が出来るようにと通路が設置されていた。赤い絨毯がこのフロアを縦断していたが、残念なことに、実際にダンスを踊っている者はひとりも居なかった。

 アリス=アンジェラは思わず、ハァァァ……とため息をついてしまう。しかし、いきなり背中側から声を掛けられ、アリス=アンジェラは背中が強引に真っ直ぐとなりながら、その場で軽く跳ね上がってしまう。

「ハハッ。驚かせてしまったようだね。竜皇の宮殿へようこそ、お嬢さん」

「とっても驚いたのデス! でも、竜皇の宮殿だというのに、貴方ひとりしかいないのデスカ?」

「これは手厳しいことを言ってくれますね。実のところ、竜皇の宮殿は店じまいなのですよ。この宮殿のあるじに死期が迫ってます。しかしながら、そのあるじはそのことに関して、抗う気力を見せようとはしていません……」

 アリス=アンジェラに声を掛けてきたハンサムな半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴンの青年は、アリス=アンジェラに苦笑しながら、そう告げる。そして、このダンスホールには昔はたくさんの来客が訪れ、各々方が楽しんでいったと、少し寂し気な表情でアリス=アンジェラにそう言うのであった。

 アリス=アンジェラはそんな憂い顔に変わりつつある青年に対して、にっこり微笑み

「ボクの名はアリス=アンジェラ。貴方のお名前をお聞かせください」

「おっと、これは失礼しました。淑女レディから先に名を名乗らせるのは紳士としてはあるまじき行為です。私の名はクォール=コンチェルト。この宮殿の管理をあるじから一任されています」

 クォール=コンチェルトと名乗った半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴンの青年は、うやうやしくアリス=アンジェラに頭を下げる。アリス=アンジェラも戦乙女ヴァルキリー・天使装束のスカートの裾を両手で軽く持ち、淑女レディらしいお辞儀をする。

 クォール=コンチェルトはクスッと軽く笑った後、一曲どうですか? と右手をアリス=アンジェラに差し伸べる。アリス=アンジェラは左手を差し出し、クォール=コンチェルトの右手の上にその左手をそっと乗せる。するとだ、クォール=コンチェルトはアリス=アンジェラの左手をグイッと引っ張り、アリス=アンジェラの身体全体を自分の身体へと接近させたのである。

「最初はステップからいきましょうか」

「大丈夫デス。創造主:Y.O.N.N様からダンスの手ほどきを受けていマス」

 クォール=コンチェルトは相手にしているのがじゃじゃ馬であることをこの短い会話で察することになる。相手が気兼ねなくどうぞと言ってくれるのであれば、自分も遠慮することは無いだろうと思い、左手の指でパチンッ! と軽快に慣らし、このダンスホールに舞踊曲を流させる。

 クォール=コンチェルトはリード役となり、アリス=アンジェラを舞わせる。しかしながら、アリス=アンジェラはリードを任せっぱなしは癪だとばかりにクォール=コンチェルトを振り回そうとしてくる。互いが互いを小生意気だと思いながらも、小悪魔的な笑みを浮かべつつ、ダンスホールを独占するのであった。そして、曲が終わりを告げるや否や、誰もいないはずの観客たちに向かって、アリス=アンジェラは一礼をするのであった。

「なかなかやりますね。女性にリード役を奪われかけたのは初めてかもしれません」

「貴方もアリスを御しきるとは思わなかったのデス。アリスは創造主:Y.O.N.N様以外の方に縛られる気はないのデス」

 クォール=コンチェルトはもう1曲踊って、この生意気な小娘に実力の差を見せつけてやろうと思っていたが、それは叶わぬことになる。アリスと手を結んでいる右手から紫色の煙が立ち上り、肉が溶けだしてしまったのだ。

「申し訳ない。時間が差し迫ってきているようです。あるじあるじで無くなるように、私も私で居られる時間が無くなってきました」

「クォールさん……。アリスに出来ることはありますか?」

 アリス=アンジェラは一曲を共にしたクォール=コンチェルトの願いを聞こうとした。しかし、クォール=コンチェルトは骨が剥き出しになってしまった右手を額に当て、ギラギラとした眼つきへと変わっていく。

「貴方の乳首が引きちぎれるほどに吸ってやりた……、ええい! そうじゃないっ!」

 クォール=コンチェルトは自分の心臓を鷲掴みにしてくるドス黒い感情を振り払おうとする。しかしながら、骨が剥き出しの右手を当てている額にも紫色の煙が噴き出し、額の肉が溶けていく。それと共に清浄な思考も溶け落ちていく感覚を受け、代わりにドス黒い欲望が脳へと入り込んでくる。

 先ほどまで身体を密着させて踊っていた貧相な体つきのアリス=アンジェラをこのドス黒い感情と同じようにけがしてやりたい気持ちでいっぱいになってしまう。少なからず残された理性で、クォール=コンチェルトはアリス=アンジェラに頼み事をする。

「どうか、どうか。本当に私が私で居られなくなる前に、私を殺してください。私はクォール=コンチェルトとあると同時に、竜皇:バハムート様の良心そのものなのです」

 クォール=コンチェルトの顔の半分から肉が溶け落ちていた。剥き出しとなった頭蓋骨が恐怖心を誘うはずであったが、アリス=アンジェラはまるで聖女おとめのような穏やかな表情をその顔に讃えていた。

 そして、アリス=アンジェラはクォール=コンチェルトの頼みだとばかりに、戦乙女ヴァルキリー・天使装束の上着をずり降ろし、断崖絶壁の洗濯板を惜しみなくさらけ出すのであった……。
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