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第10章:アルピオーネ山脈

第10話:竜の住処

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 アンドレイ=ラプソティが両手で握る紅き竜の槍レッド・ドラゴン・ランスはアンドレイ=ラプソティの手によって、車輪のように回されることになる。車輪は火車となり、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンが噴き出した、骨まで凍りつきそうな冷気を弾き返すことになる。

 紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは紅い三日月を細めるだけ細め、眼下で炎を生み出している人物を品定めし始めるのであった。そして、ボソボソと何かを唱え始める。アンドレイ=ラプソティはそれが竜語であることをいち早く察知し、ミサ=ミケーンに対して、自分の背後から決して前へと出ないように言う。

 ミサ=ミケーンの守護対象はアンドレイ=ラプソティ本人であったが、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴン相手では分が悪すぎた。アンドレイ=ラプソティにそう言われても、ミサ=ミケーンは彼と紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンの間に割って入るように前へと出たかった。しかし、ミサ=ミケーンの本能的な部分が、彼女の身体が動くことを否定したのである。

 ミサ=ミケーンは立ったままで金縛りにあった気がしてしまう。いくら、身体に動けと命令しても、ミサ=ミケーンの根っこの部分が拒否感を露わにしたのである。それほどまでに紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンの存在感は圧倒的であった。今までミサ=ミケーンが対峙してきたものなど、虫けら以下だったとでも言わんとしている存在が、ミサ=ミケーンの前に立ちふさがった。そして、その存在が口から判別不能の声を出したと同時に、ミサ=ミケーンには怖気と吐き気が襲い掛かる。

「先制を許してしまいましたか……。『竜の住処ドラゴン・テリトリー』にミサ殿まで巻き込まれてしまいました」

「ここはどこですニャン!? あちきたちは今までヒカリゴケがびっしりと生えた洞窟内に居たはずですニャン!?」

 ミサ=ミケーンが驚くのも当然であった。彼女たちは今、氷で出来た地面の上に立っていたからだ。しかも、この足を置いている氷は質感から言って、とんでもない分厚さを持っていることがわかったのである。紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンがここで走り回ろうが、底が抜けるようなことは起きないように感じられたのである。

「これでようやく竜語がわかるであろう。お前たちはあそこが竜皇様の宮殿と知っての侵入か?」

 紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは大きな口を少しだけ動かし、目下の人物たちにそう問うのであった。ミサ=ミケーンは全力で首級くびを左右に振りたかったが、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンがしゃべるだけで、冷気が身体に纏わりつき、指先すら動かせなくなってしまっていた。

「私のミサ殿に脅すような口調はやめてもらえますかね? 私の名はアンドレイ=ラプソティです。3度の天魔大戦を経験した貴方なら、わかるはずです」

 アンドレイ=ラプソティは脅しには脅しだとばかりに、自分の名を紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンに告げる。だが、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは大きな鼻の穴からブシュゥゥゥと勢いよく鼻息を漏らす。まるで、嘲笑うかのように吐き出された鼻息に、アンドレイ=ラプソティは思わず、カチンと頭に来てしまうことになる。

「何か気に障らないことでもしましたかね?」

 いつもアリス=アンジェラに対して、とやかく諫めるアンドレイ=ラプソティであったが、彼もまた、ひとのことをとやかく言えるほどには立派な大人では無かった。明らかに侮蔑の念が込められた鼻息にアンドレイ=ラプソティはイライラ感が募っていたのである。

「もう一度言おう。われはお前たちがあそこが竜皇様の宮殿だと知ったうえで侵入したのか?」

 まるでアンドレイ=ラプソティをガキの使いのようにあしらう紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンであった。ガキの使いであれば、無礼なのも当然であろうという態度を示す紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンである。そして、その巨体から竜力ちからを溢れ出させ、ガキの使いを威圧感のみで屈服させようとし始める。

「怖いですニャン……。身も心も凍えてしまいそうですニャン」

「気をしっかり持ってください、ミサ殿。古龍がふてぶてしい態度を取ることはいつものことです。ノミのような心臓な癖に、それを隠すかのように小動物をイジメるのが彼らの生きがいですから」

 このアンドレイ=ラプソティの一言に紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンがカチンと頭に来たのは当然と言えば至極当然であった。屈服させようとしていた相手が、それを逆手に取って、反撃してきたからである。紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは紅い三日月をますますと細め、目力めぢからを強めていく。竜生600年を優に超える自分が、たかだか矮小な小動物に虚仮こけにされるのは我慢ならなかった。

「口数の減らない若造が。貴様は第3次天魔大戦の頃からかわらぬ……」

「おや。たかだか1指揮官の名前を憶えてもらえていて、これは光栄なことです。天界の十三司徒の中でも中堅程度の私の名を」

「ふんっ。何が中堅ぞ。かの四大天使を除けば、次に名が挙がるのはロンド家かラプソティ家に連なる者になるのは常識であろう」

 紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは憎々しい表情になりつつ、炎が纏わりつく槍を持つ人物を睨みつけていた。天魔大戦の折、自分たちドラゴン族を顎で使っていたのは、こいつらである。ドラゴン族はそもそも天界と魔界のどちらか一方に一方的に肩入れする存在では無かった。それもそうだろう。古龍ともなれば、神と等しき竜力ちからを持っているのだ。

 そして、ドラゴン族が肩入れする勢力が、天魔大戦で勝つと言われているほどに、ドラゴン族の竜力ちからは、天魔大戦に大きな影響を及ぼしていた。第1次天魔大戦では、あくまでも中立の立場を貫いた。それにより、両陣営から恨みを買ったという経緯があった。

 しかし、ドラゴン族から言わせれば、第1次天魔大戦の時は、明らかに天界のほうが圧倒的に優位だったのだ。それゆえに、ドラゴン族が天界に肩入れするのは、ドラゴンとしての矜持をけがすことになる。ドラゴンは誇り高い生き物なのだ。決して、弱い者イジメに回る側にはなりたくなかったのだ。

 それを天界側も了承してくれていたが、第1次天魔大戦において、悪魔たちの企みにより、天界に住む神や天使の半分近くが堕天した。そして、形成逆転してしまったことで、中立の態度を決めたドラゴン族は天界の住人たちから、言われの無い恨みを買ってしまったのである……。
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