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第10章:アルピオーネ山脈

第1話:雪山

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「ハァハァ……。吐く息まで氷付きそうなくらいに寒いのデス! 誰デスカ!? 冬のアルピオーネ山脈を越えようとか言った馬鹿は!?」

「チュッチュッチュッ……。そんな大声を張り上げるだけの体力がまだ残っているのが不思議くらいでッチュウ……」

「アンドレイをぶっ飛ばす……。この山脈を越えたら、アンドレイを絶対にぶっ飛ばす……」

「あの……。私だって、寒いんです……。ついてきてくれるのは嬉しいですけど、ここまで来たら、腹を括ってください……」

 アンドレイ=ラプソティたちは今現在、アルピオーネ山脈の5合目まで登ってきていた。3合目辺りですでに雪は膝の高さ付近まで降り積もっていた。その時点で引き返すべきだとベリアルが散々にアンドレイ=ラプソティに忠告してきたのだが、アンドレイ=ラプソティは聞く耳持たずであった。そして、さらに上へ上へと登り続けると、太ももの中ほどまで雪で埋まってしまうほどになってしまう。

 ベリアルとアンドレイ=ラプソティが後ろに続くアリス=アンジェラのために道なき道を切り開くが如くに、雪を蹴り飛ばしながら進んできたのだが、ベリアルは5合目で体力が尽きかけてきた。段々と足並みがそろわなくなり、ついに先頭を行くのはアンドレイ=ラプソティのみとなる。それでも、無理を承知にアルピオーネ山脈を6合目まで昇り続けたアンドレイ=ラプソティたちであった。

「きょ、今日はここまでにしましょう……か。あそこにちらりと横穴が見えま……す」

「あ、ああ……。我輩が残った体力で入口を開いて……やる」

 ベリアルは朦朧とする意識の中、雪で完全に埋もれきっていない横穴の入口を呪力ちからを用いて、開こうとする。しかし、そんなことをすれば、とんでもないことが起きるのは自明の理であったはずなのに、このメンバーの中で、それに気づく者はひとりも居なかった。

 ベリアルが両の手のひらを合わせ、手首を支点にして、両手を開く形を作る。そして、その手のひらから黒い一条の光線ビームを放ち、横穴の入り口を塞いでいた雪と氷を吹き飛ばす。

 しかしながら、それを為したと同時に、アルピオーネ山脈の山肌が拒否感を示す。その拒否感は地鳴りとなり、さらには雪鳴りに変わっていく。この雪鳴りを耳に拾ったコッシロー=ネヅは寒さ以上に背中に怖気を感じることになる。

「これは雪崩が起きる前兆なのでッチュウ! ベリアルはアホなのでッチュウか!?」

「ああん!? 我輩がぶっ飛ばすって言った時は、てめえら全員、我輩に肯定の意志を示したじゃねえかっ!!」

「今は言い争っている場合ではありませんっ! 一刻も早く、ベリアルが開けてくれたあの横穴に飛び込みましょうっ!」

 アンドレイ=ラプソティはベリアルとコッシロー=ネヅが言い争っているのを無理やりに止める。そして、今やるべきことをしっかりと皆に伝え、自分は足に絡みつく雪を盛大に蹴り飛ばし始める。睨み合っていたベリアルとコッシロー=ネヅは、自分たちはいったい何をしているのかとわれに返り、アンドレイ=ラプソティの後を急いで追うのであった。

 しかしながら、急ぐあまり、大事な娘のことに気が回らなくなってしまう。アンドレイ=ラプソティはベリアルとコッシロー=ネヅが横穴に飛び込んできた後、アリス殿はどこですか!? と問う。問われた側のベリアルとコッシロー=ネヅはハッ! とした表情になり、置いてきたアリス=アンジェラの方を見ることになる。

「ハァハァ……。身体が熱いの……デス。寒すぎて、身体の感覚がバカになってしまったの……デスカ?」

「何をぶつくさ言ってやがるっ! 雪崩ってのは秒速数100ミャートルもの速さなんだぞっ!! 音が聞こえた時には飲み込まれると思えっ!! 早く走れっ!!」

 ベリアルはまるで今すぐにでも漏れそうなおしっこを我慢しているがために、もじもじと歩いているかのように見えるアリス=アンジェラを叱り飛ばしてみせる。実際、アリス=アンジェラは身体の奥底から熱を感じ、同時に下腹部には暖かい液体が漏れだしている感触を味わっていた。

 極限の寒さから来る身体変調が起きていたのだ、アリス=アンジェラの小さな身体には。それゆえ、どれだけベリアルに叱り飛ばされようが、アリス=アンジェラは自分の身体を自由に動かすことは出来なかった。片足を引きずりながら、ひょこっひょこっと軽く跳ね上がりつつ、少しずつ前進していく。

 ベリアルはアリス=アンジェラを横穴の中に放り込もうと、右腕を伸ばせるだけ、前方に伸ばす。アリス=アンジェラは左手で股間を抑えつつ、右腕を伸ばす。ベリアルがアリス=アンジェラの右手首を右手で掴むや否や、強引に中へと引っ張り込む。

 次の瞬間、アリス=アンジェラが元居た場所は真っ白な雪で覆われてしまうのであった。

「ふぅぅぅ……。生きた心地がしなかったぜ。アリス。お前は我輩の心臓を破裂させるつもりか?」

「あ、ありがとうございマス。ベリアルが手を伸ばしてくれていなかったら、アリスは麓まで押し流されていたかもなのデス」

 アリス=アンジェラはすんでのところで、ベリアルに命を救われることになる。ベリアルはよしよし……とアリス=アンジェラの頭をフードの上から撫でる。

(こんな小さな身体で雪深い山を突き進んできたこと自体がすげえぜ。我輩がアリスと同じ歳なら絶対にどこかではぐれてるぜ)

 実際、アリス=アンジェラが自分たちに遅れずについてきてきたのは、素直にすごいと感心させられることであった。天使の羽を出そうにも、その羽根の1枚1枚を全て凍らせてしまいそうなほどに、外は寒かった。山頂付近から麓に向かって吹き付けてくる風には、過分なほどに冷気が含まれ、さらには雪も斜め上から吹き付けて来ていた。

 アンドレイ=ラプソティとベリアルがアリス=アンジェラにとっての、道を切り開く役と同時に、彼女の防風壁となっていたことも、大きかったと言えよう。だが、それでも、この雪中強行はアリス=アンジェラにとっては過酷すぎると言えた。その行為を褒めたたえるようにベリアルはアリス=アンジェラの頭をフード越しに何度も何度も優しく撫でたのであった。

 アリス=アンジェラは頭を撫でられれば、撫でられるほど、体温が上昇してしまう。このまま、自分の身体をベリアルに預け続けるのは危険だと感じ、ベリアルの胸を両手で押しのけるようにしながら、彼の身体から身を剥がずのであった。

「おじさんに抱かれるのは嫌か?」

「そ、そんなつもりであなたを拒否したわけではありまセンッ! ただ重いと思われるのは癪に障るノデッ!」

「確かにいつものアリス嬢ちゃんに比べると2倍くらいの重さを感じたなっ!」

「失礼なのデス! ちょっと見直したら、すぐ憎まれ口なのデス! 眼から光線ビームなのデス!」
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