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第9章:クロマニョン王国

第1話:関所

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 アンドレイ=ラプソティたちは隠れるようにトルメキア王国を抜けようとする。目深にフードを被り、10人乗りの大型乗り合い荷馬車で他のヒトたちと相乗りし、そのヒトたちに紛れて、大きな街道を北西へと進む。いくつかの街や峠を越え、さらに乗り合い荷馬車を乗り継ぐ。

 1週間ほど、大型乗り合い荷馬車に揺られていくと、ようやくトルメキア王国とクロマニョン王国の国境へとたどり着く。そこには関所が設置されており、乗り合い荷馬車に乗る者たちは一旦、その場で荷馬車から降りなければならなかった。

「身分証を見せろっ! 救世主メシア派じゃない証拠をだっ!」

 関所に詰める衛兵たちがやかましい声量で、脅すかのように荷馬車に乗り込んでいた面々を怒鳴りつける。それに対して、眉間にシワを寄せるのはアリス=アンジェラであった。

「なんか、すっごく偉そうなんデス。シャイニング・デコピンで、あの方たちが矮小な生物でしかないことを思い出させまショウカ?」

「チュッチュッチュ。その気持ちはよおおおくわかるでッチュウけど、あまり物理の神力ちからで何でもかんでも解決しようとするのはやめておくでッチュウ」

「コッシロー殿の言う通りですよ。自ら進んで争い事を起こすことを、創造主:Y.O.N.N様はお喜びにならないはずです」

 アンドレイ=ラプソティが創造主:Y.O.N.N様の名前を出したことで、アリス=アンジェラは不満たらたらの表情になる。ほっぺたをぷくぅと河豚ふぐのように膨らまし、さらには唇をアヒルのクチバシのように尖らせる。その表情をありありと見せつけられたアンドレイ=ラプソティは、ハァァァ……と深くため息をつくしかない。そんなアンドレイ=ラプソティとは対照的に、ベリアルはククッ! とさも可笑しそうに微笑するのであった。

「こいつら、どう考えても友好的な態度じゃねえ。しかも、この関所、ハリボテも良いところだろ。急造したにしては、もう少し、体裁を取り繕うもんだ」

「何が言いたいんです? ベリアル」

「言葉そのままの意味だよっ。ほら、他の客たちを見てみろ。衛兵たちが難癖つけて、物品を巻き上げてやがる」

 ベリアルの言う通り、関所に詰める衛兵たちは、救世主メシア派ではない証拠だと示す客たちから、その物品を受け取ると、じっくり品定めし、さらにはもっと詳細に調べておくと言って、自分たちの近くにある大きめの四角い木製のテーブルの上に放り投げ始めるのであった。

 明らかにその衛兵たちはクロマニョン王国の正規兵には思えない態度であった。客たちが奪われた物品を返してくれと訴えかけても、まるで相手にもならないといった感じで、無下に客たちの要望を蹴ってしまうのである。

「ああ、うるさいっ! そんなに返してほしけりゃ、こぶしで返してやるよっ!」

「な、何をするんです!? ぐはぁぁぁ!」

「父ちゃん! 何するんだよっ! うちの父ちゃんが何かしたのかよっ!?」

「ちっ! 亜人はうるさいやつばかりだっ! 男か女かわからないガキが俺様たちに盾突こうとするんじゃねえっ! って、何だ、お前!?」

 半兎半人ハーフ・ダ・ラビットの親子が次に検査を受けていた。その父親が大層、高価そうなブレスレットを左の手首に嵌めていたので、それを無理やり剥ぎ取ったのが、ならず者と呼んだほうが正しい衛兵であった。その父親はそれは妻の形見だから返してほしいと、その衛兵に訴えたのだが、お返しされたのは右のこぶしであった。

 地面に尻餅をつく父親に対して、怒りを露わにしたのが、彼の娘であったのは当然であった。フード付きのコートを羽織るその子供は言葉で衛兵に噛みつくが、さもうっとおしいという感じで右のこぶしを再び振り上げる。しかし、その衛兵が振り上げたこぶしを左手で受け止めたのが、アリス=アンジェラであった。

「満足に抵抗できない相手を一方的に痛めつけるのは、ただの暴力行為なのデス。そして、ボクのこの一撃には創造主:Y.O.N.N様の愛が込められていマス。シャイニング・デコピンなのデス!」

 アリス=アンジェラはならず者と変わらぬ衛兵の右手を左手で抑えこみながら、右手を衛兵の額へと近づけていく。そして、威力を抑えるためにも、その衛兵の額当てにシャイニング・デコピンをかます。

「あっ。威力を抑えたつもりですが、後頭部から脳漿のうしょうが飛び出しまシタ。これは業務上過失致死罪に問われるのでショウカ?」

 アリス=アンジェラが光る中指で額当ての表面を弾いたのだが、その額当ての前面がボコッ! という音と共に凹み、さらには衝撃がならず者の頭部を駆け巡る。さらには彼の頭部で留まりきれなかった衝撃が彼の後頭部を破砕しながら、外へと衝撃を逃がしたのである。

 衛兵たちは仲間をひとり、殺されたために、その手に持つ槍の穂先をアリス=アンジェラの方へと一斉に向ける。アンドレイ=ラプソティは首級くびを左右に振り、やれやれ……とまたしても、嘆息する他無かった。

「アリス殿。あなたの取った行動は、創造主:Y.O.N.N様の愛と正義に満ち溢れています。しかし、殺すまでもなかったでしょう」

「す、すいまセン。その点はおおいに反省しマス」

 アンドレイ=ラプソティは、いつものアリス=アンジェラなら、言い訳三昧をかましてくれると思っていたのだが、意外なことに、素直に謝罪の言葉が彼女の口から出た。アンドレイ=ラプソティは一瞬、訝しむ表情になる。彼女としても、こんな結果を望んでいたわけでなそうだという感想を抱くアンドレイ=ラプソティであった。

「事情があってのことなのですね。では、ここは私が矛を収めさせましょう」

 アンドレイ=ラプソティがアリス=アンジェラの代わりに前へ出て、彼女に向けられている槍の穂先を自分の方へと向けさせる。そして、身体の奥底から神力ちからを溢れ出させ、背中に銀色に輝く天使の六枚羽を現出させるのであった。

「1,2,3,4、5、6枚!? あんた、もしかして、レオン=アレクサンダー帝の守護天使様なのかっ!?」

「話が早くて助かります。私の名を告げなくてもわかりますね?」

 関所に詰める衛兵たちの中でも、一段上の部分鎧に身を包んだ者が、アンドレイ=ラプソティの背中の羽根の枚数を数えた後、じりじりとその場から後退していく。彼はここの衛兵隊長であることはひと目でわかった。アンドレイ=ラプソティは後退していく衛兵隊長を鋭く睨む。これ以上の無礼を自分たちに働くつもりか? と目力めぢからで訴えたのであった。

「お、おい。隊長!? 何をびびってやがるんですか!? レオン帝はもう死んだんだぜ!? ここで奴の守護天使も殺してしまえば、俺たちゃ、国主様から莫大な報奨金をもらえるじゃないんですかい!?」

「ば、馬鹿野郎! 50人にも満たぬ数で、レオン帝の守護天使をどうにか出来ると思っているのか!? レオン帝を暗殺しようとした1000人以上の暗殺者が全て、この御方を前にして殺戮されたのだぞっ!! 『1000忍斬りのアンドレイ』の異名を知らぬのかっ!!」
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