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第6章:救世主

第3話:お礼

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 アンドレイ=ラプソティは無精ヒゲをヒゲ剃りで丁寧にカットする。顔と意識がスッキリするころには頭の寝ぐせも収まり、すっかりいつもの好壮年の顔つきに戻るのであった。アンドレイ=ラプソティはよしよしとばかりに軽く2~3度、首級くびを縦に振る。

 洗面所でやることをやり終えたアンドレイ=ラプソティたちが次に向かったのは、宿屋と隣接する食堂であった。アリス=アンジェラは宿屋の出入り口をくぐる際に、会計場所の椅子にちょこんと座っている黒猫にペコリとお辞儀をしたのだが、その黒猫はプイッと愛想なく、顔を横に背けてしまうのであった。

 アリス=アンジェラはムッ……とほっぺたを膨らませてしまうが、アンドレイ=ラプソティたちがどんどん先に行ってしまうために、その黒猫に説教する時間的余裕も無く、その場を後にする。

 食堂のとあるテーブルに陣取ったアンドレイ=ラプソティたちは朝食にサラダとパンを注文する。意外なことに、ベリアルはそれに文句を言わなかった。肉食のベリアルとしても、昨日はどんちゃん騒ぎを起こして、飲めや歌えや肉を喰え! をやらかしたために、今日の朝食はサラダだろうと決めていたのである。

 ドレッシングがたっぷりかけられたサラダにフォークをぶっ刺し、ひょいひょいと口に運んでいく面々であった。それをガラス製のコップに注がれている水で喉奥へと洗い流す。そして、パンを千切り、口に運んで、もぐもぐとよく噛み、またもや水で喉奥へと押し込む。

 その間、3人と1匹の間には会話らしい会話もなかった。話題が無かったというよりは、それがただ自然体なのだという雰囲気を醸し出していたアンドレイ=ラプソティたちである。朝食を終えたアンドレイ=ラプソティたちは席を立ち、会計を済ませ、いよいよ、この街から旅立つことになる。アリス=アンジェラはアンドレイ=ラプソティに少し立ち寄ってほしい場所があると告げ、アンドレイ=ラプソティたちはアリス=アンジェラに言われるままに『食品販売地区』へと足を運ぶのであった。

「うわあ……。どこもかしこも混んでいマス。これは少し、失敗したかもしれまセン」

「あんなに美味しい卵料理を提供してくれるお店の店主にお礼を言いたい気持ちはわかりますが、朝市の真っただ中ですね。これは困りましたね」

 『食品販売地区』はこの時間帯、もっとも混雑している。アリス=アンジェラは人波が出来ているこの地区を見たことがないために、あのお店がどこにあったのか、見当がつかなくなってしまう。

 しかしながら、創造主:Y.O.N.Nはそんな困り顔のアリス=アンジェラに救いの手を差し伸べる。自分の眼の前に起きた光景にアリス=アンジェラは思わず、両手を握り込んで、創造主:Y.O.N.N様に対しての祈りを捧げる。

 ちょうど、ひと一人分の隙間が空き、それがまっすぐと、昨日の卵料理店の屋台まで続いていたのだ。アリス=アンジェラは創造主:Y.O.N.N様に急かされるまま、駆け出す。急に走り出したアリス=アンジェラを追うようにアンドレイ=ラプソティたちもまた走り出す。

「あ、あの! 卵料理、本当に美味しかったデス!」

「おお! アリスお嬢様! こんな時間帯にどうしたんだ!? まさか、昨日、払い過ぎたから、お釣りを要求しにきた!?」

「い、いえ、違いマス! マリオさんの息子のマルコにその分はたっぷりお返ししてもらってマス! それよりも、あんな美味しい卵料理をボクに勧めてくれたことに感謝したかったのデス!」

 朝市の忙しいさを目の当たりにしているアリス=アンジェラは早口でお礼を述べる。お店の邪魔をしてしまうのは気が引けてしまうが、新しい自分を発見するためのきっかけとなった、この卵料理屋の店主とその息子にはきちんとお礼を述べてから、この街を去りたかったのである。

「おう。マルコか。あいつ、昨日、家に帰ってきてから、お嫁さんにするなら、アリスお嬢様のような方が良いって言ってたぜ?」

「そうデスカ。マルコなら、きっと良いお嬢様と知り合えるはずなのデス。あんなに卵に詳しいのですから、その素晴らしさに気づいてくれるお嬢様が現れると思いマス!」

「そうだと良いんだがな……。逆玉の輿を狙うにはもう少し、普段から勉強させておきたいが」

 マリオ=ポーニャは息子のマルコ=ポーニャに少しばかり申し訳ない気持ちを抱いていた。マルコ=ポーニャには2人の姉が居るが、あの2人は稼業を全く手伝おうとはしない。家内と自分が調理した卵料理を長男であるマルコ=ポーニャが販売の手伝いをしてくれている。

 8歳児であるのに、そこらの子供に比べれば、随分、出来た息子である。朝市が終わってから昼まで学校に通わせているが、その学校が終われば、また、この屋台で商売の手伝いをさせている。マルコ=ポーニャは長男だ。娘たちはどこかに嫁いでいくことはあっても、マルコ=ポーニャはうちの店を継ぐ可能性が高い。

 ならば、今のうちにうちの稼業を手伝わせておいた方が、あとあとの人生において、色々と好都合だろうという親心である。だが、眼の前の麗しの御令嬢と出会ったことで、マルコ=ポーニャには夢が出来た。アリスお嬢様のような見目麗しい女性と結婚したいと力強く父親であるマリオ=ポーニャに言ってきたのだ、昨夜。

(男が叶うか叶わないかわからない夢を持つこと自体は悪くない。そりゃあ、俺もわかってる。だが、あいつなりにアリス御嬢様の『ような』って言っているところが妥協点なんだろう)

 マリオ=ポーニャはふぅやれやれとばかりにため息をつく。そうした後、屋台に並べている竹製のざるに積まれたゆで卵をざるごと、アリスお嬢様に手渡す。

「また何かの機会があったら、うちのマルコに会いにきてくだせえ。そんときゃ、あいつも立派な男に成長して、もしかしたら、あんたのほうからマルコに結婚してくださいって求婚してくるかもだからさ?」

「申し訳ございまセン。ボクは創造主:Y.O.N.N様に仕える信徒なのデス。創造主:Y.O.N.N様がお認めにならない御方をボクの夫として迎えることはできないとおもいマス」

 マリオ=ポーニャは額に右手を当てて、タハァ! と言いながら、よく晴れ渡った大空を見上げることになる。息子の代わりにアリスお嬢様に頼んではみたものの、けんもほろろに振られてしまった。マルコ=ポーニャがこの場に居なかったことがさいわいだったと思えてしょうがない。

 そのアリスお嬢様がキョロキョロと周りを見ている感じ、マルコを探しているんだろうとは想像がつく。しかし、マルコは先ほど、使いに出したばかりである。戻ってくるまでアリスお嬢様がここに踏みとどまるとは思えない。

「今生の別れってわけじゃないんだ。またどこかで会えることを創造主:Y.O.N.N様に願っておこう」

「そうデスネ。忙しいところすみませんデシタ。マルコに祝福があらんことを……」
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