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第5章:天使の卵

第5話:金の卵

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 意外なことであるが、屋台の店主たちは、そんなアリス=アンジェラに声掛けをしなかった。それは当然であろう。アリス=アンジェラはどこか余所からやってきた旅行者のように見えたのである。姿恰好こそは普通の女の子ではあるが、その身に纏う雰囲気から、本当の意味でどこかの名家の御令嬢が好奇心に駆られて、お忍びでこの地区にやってきたかのように、彼らの眼に映ったのである。

 そういう風に見えるからこそ、自分とこの客にならないだろうと踏んだ店主たちは、半ば強引にアリス=アンジェラから視線を逸らし続けたのである。しかし、とあるひとつの屋台を構えている店主はハァァァ……とあからさまに嫌そうなため息をつくことになる。その原因を作ったのはアリス=アンジェラ本人であった。他の店主たちはご愁傷様とばかりにアリス=アンジェラの相手をしなければならなくなった店主をニヤニヤと見るのであった。

「はい。うちの店に何かご用で?」

 その屋台の店主は明らかに不機嫌そうであった。アリス=アンジェラは初対面であるはずの相手に何故にそこまでぶっきらぼうに応対されるのだろうか? と不可思議に思ってしまう。つい、そのような対応をしてきた店主に対して、アリス=アンジェラは質問し始めてしまう。

「そう、そういうところだ。自分があんたに対して、このような態度を取らなきゃならないのは」

「まったく意味がわかりまセン。これは眼から光線ビームで制裁すべきなのですカネ?」

「ふん。何が眼から光線ビームだ。こっちは真性なお嬢さんを相手にすることで、他の客が寄り付かなくなるってのに……って、おわぁぁぁ!?」

 そこの店主の言うことはもっともであった。ひとりでも客を招いて、一品でも自分が調理した食品を捌きたい気持ちであったのだ。それをどこぞの名家のお嬢様に邪魔されてしまったがゆえに、眼の前の少女に対して、不遜な態度を取り続けたのだ。

 しかし、この店主が知らなかったとは言え、アリス=アンジェラはアリス=アンジェラである。彼女が厳しい対応をする相手はアンドレイ=ラプソティ、ベリアルに限った話ではない。創造主:Y.O.N.N様以外は皆平等とでも言いたげに、アリス=アンジェラは右眼を光り輝かせ、そこから飛び出す一条の光線ビームで、不遜な態度を取り続ける店主を軽くだが、気持ち丸焦げにしたのである。

「ひ、ひぃ! お代は結構ですから、好きな物を持っていってくださいぃぃぃ!」

「ボクはそんな悪魔的なことは絶対にしまセン。ほら、お金だって持ってきているのデス」

 気持ち丸焦げになってしまった店主はアフロパーマの頭をフルフルと震わせながら、眼の前の少女に命乞いをする。しかし、アリス=アンジェラは呆れたとばかりの表情になりつつも、創造主:Y.O.N.N様から頂いた数枚の金貨と銀貨を右手に乗せて、それを店長の眼にしっかりと見せつける。

 店長はゴクリッ! と喉を鳴らしてしまう。本物の名家のお嬢様が、自分の汚い屋台にやってきたのだと知ることになる。こんな『食品販売地区』にやってくる客は先ほど説明した通り、食堂や宿屋を経営している店長や従業員といった大口の客と、一般のご家庭の客の二通りである。

 そう言った事情もあり、どこかの名家のお嬢様が社会勉強感覚でやってきたのだろうとタカを括っていたのだ、アリス=アンジェラに対して誰もがだ。しかし、アリス=アンジェラはその屋台に残っている食品を全て買ってもお釣りを返せないほどの金を持ってきたのである。

 そこの店主は生来からの悪では無いが、どうにかして、アリス=アンジェラの右手に乗る金貨や銀貨を1枚でも多く、自分の懐に収めたいと思ってしまうのはニンゲンゆえの業とも言えたのである。そんなことに気づきもしないアリス=アンジェラは熱心に自分の屋台に並んでいる食品について、解説を始めた店主に向かって、真剣に耳を傾けることになる。

「このオムライスは、そんじょそこらの食堂が提供しているモノとは比べものにならないほど美味いんです! うちはなんたって、金の卵を産む鶏を飼っていますからねっ!」

 この屋台では卵をふんだんに使った出来あいの食品を並べていた。卵焼き、オムレツ、オムライス、親子丼を始めとして、定番中の定番であるゆで卵も売っていたのである。しかしながら、今日はオムライスとゆで卵の売れ行きが悪く、かなり売れ残ってしまっていた。

 しかしながら、売れ残りを眼の前の少女が全部買っていったとしても、とても金貨1枚と釣り合うことは無い。店主はどうにかして、眼の前の少女から食品の値段以上に金貨や銀貨を奪い取るための策を講じることになる。そんなことに気づきもしないアリス=アンジェラは長々と続く店主の話を聞き続けることになる。

 ここの店主がやり手だったことと言えば、アリス=アンジェラにひとつだけ残されていた卵焼きを試食のためだと言って、まるまる1本、食べさせたことであろう。アリス=アンジェラはその深い味わいのする卵焼きを口に入れるなり、非常に満足気な表情となるのであった。

「これはびっくりするくらいに美味しいのデス! ただの卵焼きだと侮っていたのデス!」

「そうでしょ! そうでしょ! うちの鶏が金の卵を産むと言ったのは嘘じゃないんです!」

「ボクは鶏が産卵するところを残念なら見たこと無いので、よくわかりませんが、金の卵を産むのは天界でも珍しいことなのデス」

「ほほう。それは残念です。実は鶏は……」

 店長は相手が名家のお嬢様ということもあり、鶏はどこから卵を産むのかをひそひそと耳打ちするのであった。しかしながら、その事実を耳打ちされた側のお嬢様は耳まで真っ赤に染めてしまう。アリス=アンジェラはびっくり仰天した表情で店主を見るが、店主はニコニコと笑顔でコクコクと首級くびを縦に振るのであった。

 アリス=アンジェラは店長のその一言で頭の中が混乱しきっていた。その事実をどう受け止めていいのかがわからない。それほどまでにショックすぎたのだ、純真無垢なアリス=アンジェラにとっては。

 混乱しきっているお嬢様に屋台に並ぶ残り物全てを売りつける好機と見た店主は、そのお嬢様を手玉に取って、売りつけてしまったのである。これぞ、商売の妙だとでも言いたげに誇らしげな表情を他の店主に見せつける。

 さすがに残り物全てを売りつけられたアリス=アンジェラは、その食品全てをその場で自分の腹に収めることも出来ず、店主に自分が泊まっている宿屋へ運んでもらえるように提案する。屋台の店主は自分の若い息子を手配させると約束し、アリス=アンジェラが差し出してきた金貨1枚を両手で大事そうに受け取る。

 しかし、その店主は自分の若い息子がこの後、一生消えぬ性癖をこのお嬢様から植え付けられるなど、知る由もなかった。これぞ『神のみぞ知る』と同時に『罪には罰を』という言葉が当てはまるのであった。
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