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第1章:星降る夜

第2話:馴れ初め

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 ベル=ラプソティは戦乙女ヴァルキリー・天使装束を身に纏い、最前線で指揮を執り続けた。その傍らには自分専用の軍師であるカナリア=ソナタが居続けた。カナリア=ソナタは献策をベル=ラプソティに出し続け、ベル=ラプソティはその忠言を護り続けた。

 その甲斐もあって、聖地はハイヨル混沌の魔の手から三日間は持ちこたえることが出来た。しかし、聖地に住まう逃げ遅れた住人たちだけでなく、異形なる怪物と戦い、傷つき倒れ、絶命した兵士たちも敵側に回ることになり、聖地にある宮殿の内側以外に安全な場所など無くなってしまったのである、

 こればかりはカナリア=ソナタも予想外であり、後手後手に回る策しか、主人であるベル=ラプソティに進言出来なくなっていく。聖地にある宮殿を護る兵士たちは2000人弱にまで目減りしており、その宮殿を囲む異形なる怪物たちの数は2万以上に達していた。ベル=ラプソティ自身も、もう聖地はもたないとわかりきっていた。しかし、それでも聖地を護ることこそ、自分の役目だと信じて、彼女はケルビムであるコッシロー=ネヅの背に乗ったまま、残る兵士たちに激を飛ばし続ける。

 ベル=ラプソティ側において、ひとつだけ救いがあった。いくら太陽からの恵みとなる光が衰えていると言えども、それに代わる月明かりが異形なる怪物たちの動きを鈍らせてくれる。夕暮れ時になり、太陽が西の大地へと隠れていく中、東の大地から昇ってくる月が太陽の代わりとなり、大地をほのかにだが照らしてくれる。ベル=ラプソティはこの時ほど、月明かりが嬉しいと思ったことは無い。

 太陽の光は生命力を届けてくれる。それに対して、月明かりは魔力を届けてくれる。昼間の戦闘で疲れ切った身体に魔力が充填されることで、その魔力で傷を癒したり、失った体力を回復させることが出来た。だが、それを見越してか、ハイヨル混沌軍団は月にも陰りをもたらす。ベル=ラプソティは東から昇りつつあった月の光が弱まっていることを察知し、いよいよもってして、聖地は陥落してしまうと思うしか他無かった。

 ベル=ラプソティの心が絶望の色へと染まりかけようとしたその瞬間であった。ザザザピピピーーー! という砂嵐と機械音が混じった音が両の耳に聞こえてきたのである。ベル=ラプソティはオープン型フルフェイス・ヘルメットの左側に左手を添えて、その奇怪な音が何故、ヘルメット内に起こったのかを推測する。しかしながら、推測を終える前に、この世のどれとも比較にもならない恥辱を自分に与えた男の声が雑音交りで聞こえてくることになる。

「やあ、私の愛しいベル。久方ぶりだね」

 その男の声は気持ちが悪いと思えるほど、優し気な口調であった。そのため、ベル=ラプソティは一瞬で頭に血が充満し、今まで以上の怒声で、その声の主を罵倒してしまう。しかしながら、罵声を喰らった相手は、まるでこちらの機嫌を損ねないようにと十分に注意を払った言葉を投げかけてくる。

「あんたという言われ方は釈然としませんが、私と貴女は夫婦なのです。私が貴女の身を心配するのは当然でしょう? 何が不満なのです?」

 ベル=ラプソティの堪忍袋の緒はこの言葉で完全にブチ切れる。劣勢を強いられる聖地防衛の戦いの最中でも、苛立ちを兵士たちにぶつけないように注意を払ってきた。しかし、オープン型フルフェイス・ヘルメットに付随している通信機から流れてくる男の声は、ベル=ラプソティを本気でキレさせるには十分な理由となる。

 ベル=ラプソティは産まれてこの方、殿方に対して、産まれたままの姿を見せたのは自分の父親くらいであった。ベル=ラプソティは愛情あふれる両親に育てられて、胸や尻にまで、その愛情がたっぷりと蓄えられることとなる。ベル=ラプソティは女性なら誰しもが羨ましがるほどのプロポーションであった。胸には両手から簡単に零れ落ちてしまうメロンほどの大きさのあるおっぱい。腰はくびれにくびれているために、尻がとんでもなく大きく見えてしまうほどになってしまう。しかしながら、その尻肉は引き締まっており、垂れることを知らないのか? と言いたげな肉付きの良い尻であった。

 そんなベル=ラプソティを放っておく男など、地上界にはひとりも居なかった。彼女が地上界で開かれる舞踏会に出席すれば、会場に集まる男性たちはこぞって、彼女と一曲どうですか? と尋ねてくる。ベル=ラプソティは男たちにちやほやされても、決して高慢な態度にでることは無く、淑女であることに努めた。彼女がそう出来た理由は、聖地に属する神官プリーストである厳格な父親の存在あってこそであろう。

 その父親がベル=ラプソティに口酸っぱく言ってきた言葉がある。『実れば実るほど、頭を垂れてる稲穂かな』だ。ニンゲン、誰かに対して、優位な地位に立てば立つほど、傲慢不遜になってしまうモノだが、決してそうなってはいけないという戒めの言葉である。ベル=ラプソティは胸に実るおっぱいが育てば育つほど、男性の目を釘付けにした。それゆえに鼻が高く、天へと向かって伸びてしまいそうであったが、それでも父親の言葉をその都度、思い出して、自分を自分で諫めたのである。

 ベル=ラプソティがお気に入りとしていたラプソティ公爵家の侍女であるカナリア=ソナタを無理やりに筆頭侍女の地位に就けたこと以外において、ベル=ラプソティは増長することはなかった。それは何故かというと、カナリア=ソナタが公爵家の令嬢相手と言えども、ズケズケと核心をついた忠言をベル=ラプソティにしてくれたからである。ベル=ラプソティはカナリア=ソナタを諫言をしてくれる師として見ると同時に、歳の近い友として、自分の傍らに置いたのである。

 カナリア=ソナタはベル=ラプソティの良い友であると同時に、悪友でもあった。100年にひとりいるかいないかという美貌を備えたベル=ラプソティが、自分の夫にふさわしい男はこのジ・アースに存在するのかしら? と問うたことがある。カナリア=ソナタの答えは『星皇こそが相応しいのですゥ』であった。

 それゆえにベル=ラプソティは星皇がどれほどの男なのかと試すことにした。天界でおこなわれた舞踏会に招かれたベル=ラプソティはそこでも男性の天使たちに踊ってほしいと願われた。そして、その3番目の男として、星皇:アンタレス=アンジェロが現れたのだ。

 ベル=ラプソティはなんでもそつなく、ヒト以上にこなすことが出来た。それゆえに、ダンスは男性が基本リードするモノなのだが、それとなくベル=ラプソティはリード役となり、一緒に踊った男性たちは腰を抜かしつつ、心まで射抜かれて、ますますベル=ラプソティに対してメロメロに心を溶かされてしまった。

 しかし、星皇:アンタレス=アンジェロの時は違った。ダンスの最中、終始、アンタレス=アンジェロがリードを取り続け、ベル=ラプソティはいっこうにリード役をアンタレス=アンジェロから奪うことは出来なかった。

 それほどまでにアンタレス=アンジェロのダンスの技量が高く、ベル=ラプソティですら舌を巻くレベルであった。そうであるのに星皇は微笑みを絶やさず、ベル=ラプソティに向かって、嫌みの一切も無い感じで『一緒に踊れて光栄でした』とさわやかに言ってみせる。ベル=ラプソティは男は皆、スケベでどうしようも無い存在だと思っていた。しかし星皇は今まで出会った紳士の中で、特級クラスの紳士であり、ベル=ラプソティは不覚にも頬を紅く染めてしまったのだ。
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