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 独り言のように零れ落ちた言葉。
 それが引き金になった。
「ごめん、嘘だから。オレ、今、秋穂の部屋にいるから」
 オレは全てを明かすことにする。
 オレが今秋穂の部屋にいる、その経緯を。壱也を、それから冬馬を、何故追わなかったのか、オレの浅ましい考えも全て話した。
 話ながら感情が昂り、嗚咽が漏れる。

「ごめん、ほんとに……オレ、サイテー。そんなこと考えてないで、早く行ってれば…………」
 掠れた声は、冬馬に届いているのだろうか。

「詩雨のせいじゃない」
 苦しげな声で。それでも、断言する。
「でも……」
 しばらく間があり、それから、ひどく甘い声が耳を擽る。

「詩雨……お前の音楽が好きだよ。お前のこと、とても大切に想っている ── お前は、俺の、初恋だから」

 今、何故、そんなことを。
 まるで ── そう、もう二度と会えないような。最期の言葉でも言うように。
 受け止めきれず、軽口で返すしかなかった。
「オレのこと、女だと思ってたんだろ」
「ああ」

 
「もし……もし、秋穂に会っていなかったら、俺は ── 」

( これ以上は、聞けないっ )


「あ、天音くんとっ」
 オレはその先を言わせたくなくて、慌てて遮った。
 天音と優馬に連絡をしたことを伝える。この件に関しては二人が、秘密が守られるよう動いてくれるはずだと添え、ブツっと通話を終えた。


 ── 冬馬が言おうとした言葉は、おそらく……。そして、それはこの先をオレを縛る。
 だから、言わせないようにしたのに…… ──


 通話を終えた途端、ピンポーンとインターフォンが鳴る。
 聖愛学園大学部で事務職をしていた、秋穂のマンションは聖愛から近く、幸いなことに連絡を入れた時に、天音はカンナ音楽院にいた。


**


 天音の車に一緒に乗り込み、彼の友人一族の経営する病院へ。
 オレたちは夜明けを待って、冬馬と秋穂の行方を追った。
 二人のスマホは、どちらとも繋がらず、嫌な予感がした。
 冬馬のマンションにもオフィスにも、昨夜同様姿を現さない。


 そう。だけど。
 オレにはなんとなく、わかっていたんだ。

 ふたりが最期に行く場所は ── 別荘だということを。

 ふたりが幸せだった。ふたりだけの世界だった。
 緑深い場所ある、あの沼の畔だということを ── 。


 あの懐かしい橘家の別荘に、オレたちが到着したのは、正午を回った頃。
 雪化粧をした屋敷の前には、冬馬の車があった。
 やはり、と思い、建物に近づく。
 スペアキーを持って後から来る優馬を待たずして、屋敷内に入る。玄関の鍵がかかっていなかったからだ。

 リビングの応接セットには、手当てをした痕跡があった。消毒液や痛み止め。真新しい包帯。そして、ゴミ箱には、血に汚れた包帯やガーゼが捨てられている。
 それから、 一階の冬馬の部屋を確認する。
 使った痕跡のあるベッド。上掛けを剥ぐと、シーツには擦りつけたような、血の痕。
( 冬馬の血?それとも…… )
 ここで何があったのか。
 繋がり合ったふたりの姿が一瞬浮かびそうになり、頭を振って打ち消した。


 屋敷内にはふたりの姿はなく、オレは沼へと続く道の、雪の上についた足跡を辿りながら歩く。

 ふと、オレの横を、元気な男の子がふたり通り過ぎていったような気がした。
    
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