6 / 7
雪解け前の雨
六.
しおりを挟む
「・・・そう、あれは夏の・・・・・・とても暑い日だった」
夏のある日、颯人は母に連れられとある公園にやって来た。
暫くひとりで遊んでいると、三人の子供を連れた女性が現れた。それが緋紗英と春人、そして夏樹とましろであった。
颯人の母万季子と緋紗英は幼馴染でよく連絡を取り合っていたが、結婚してからはこうして会うのはこの日が初めてだったと言う。
互いに自己紹介させられて、それから四人で遊んでいたら母親達に呼ばれて何事かと集まれば冷たいジュースを渡された。
四人でふたつ並んで設置されていたベンチに颯人はひとりで、春人達は三人並んでジュースを飲んでいると緋紗英が颯人の前までやって来て、突然こう聞いてきた。
「颯人君、うちのましろのコトどう思う?」
颯人は自分より少し離れた場所に座るましろをちらりと見てこう答えた。
「えっと・・・かわいい・・・・・・とおもう」
ぱっちりとした大きな目と長い睫毛のせいか、女の子に見間違えそうになる程、十分に可愛らしい子だと思った。
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ・・・ねえ、颯人君。良かったら将来ましろのお婿さんになってくれないかしら」
緋紗英が言わんとしている意味が分からないほど子供でも無かった颯人は、少し悩んで母親の方をちらりと見やると万季子の方は随分と複雑そうな表情をしていた。
どう言う意味なのかいまいち読み取れず、逡巡した後仕方なく良いよ、と答えた。
「そう。なら、ましろの項を噛んでくれる?」
颯人は驚いた。まだ幼いと言っていい年齢の颯人ではあったが、項を噛む事の意味をそれなりに理解していたからだ。
「え、でも・・・・・・」
流石に普段物怖じしない颯人でも躊躇っていると、万季子が止めに入ってくれた。
「緋紗英ちゃん、項を噛むのはまだ早いわよ。もう少し大きくなってからでも・・・・・・」
困ったように苦笑する万季子に、しかし緋紗英は鬼気迫るような表情になった。それはまさに豹変するとはこの事を言うのだと、実感するような経験だった。
「それじゃあ遅いのよッ!!」
話を聞いていなかった颯人以外の三人は緋紗英の叫びに驚いて、目を見開いてこちらを見た。
「早くしなさい」
「緋紗英ちゃん・・・・・・」
何か言い掛けたが、強くぎろりと睨まれ万季子は口を紡ぐんだ。
どうしようかと思ったが、これは項を嚙むまでは家に帰れないに違いないと颯人は覚悟を決めた。
颯人はベンチに座るましろの手を有無を言わさず引いて、首の後ろをいきなり噛んだ。
しかし、軽く噛めばよかったのに相手が暴れるのと加減が分からず思わず強く噛んでしまったのだが、それが良くなかった。
「痛いーッ!」
叫び声が聞こえたと同時に、颯人の口の中に鉄錆の味が広がる。
「離れろっ!」
春人が颯人を突き飛ばして、漸く自体が呑み込めた。強く噛み過ぎたせいで、ましろを怪我させてしまったのだ。
夏の午後とは言えそれなりに人が居て辺りは騒然となった。
「・・・・・・そう言われれば、少し・・・思い出したかも・・・・・・」
飛び散る赤い血、人々の悲鳴。それから遠く聞こえる救急車のサイレンの音────。
ましろは首の後ろ辺りにそっと手置きながら呟いていた。
恐怖のあまり泣き叫ぶましろを、緋紗英は必死に宥めていたのを思い出す。
それから鷹藤家と本城家で話し合いをしたが、最終的に怒り狂った源三に二度とうちの敷居は跨がせないと言う事で二度と会う事は無くなってしまった。
しかも結構な金額の慰謝料も払ったようだと言う事も颯人は語った。
「両親にも君にも申し訳ないことをしたよ・・・・・・」
力なく言う颯人にましろはショックを受けた。
此方を恨んでも仕方ない話だと言うのに、そんな事を考えていたなんて。
「そんな・・・颯人さんのせいじゃ・・・・・・」
そう、原因は緋紗英にある。母の事は好きだが、流石にそれとこれとは話は別だ。
颯人自身も心に傷を負ったであろうに、此方の事を心配していたなんて何て優しい人だろうかとましろは泣きそうになった。
「ありがとう、そう言ってもらえると何だか救われた気がするよ」
颯人は照れくさそうにそう言った。
「あの日から俺は、心身ともに鍛えてもう一度君に出会えたらきちんと謝りたかったんだ・・・そして、許してもらえるなら友達から始めたいと思っていたんだ」
「颯人さん・・・・・・」
ましろは胸が激しく締め付けられたような気持ちになりながら、颯人を見詰めていた。
夏のある日、颯人は母に連れられとある公園にやって来た。
暫くひとりで遊んでいると、三人の子供を連れた女性が現れた。それが緋紗英と春人、そして夏樹とましろであった。
颯人の母万季子と緋紗英は幼馴染でよく連絡を取り合っていたが、結婚してからはこうして会うのはこの日が初めてだったと言う。
互いに自己紹介させられて、それから四人で遊んでいたら母親達に呼ばれて何事かと集まれば冷たいジュースを渡された。
四人でふたつ並んで設置されていたベンチに颯人はひとりで、春人達は三人並んでジュースを飲んでいると緋紗英が颯人の前までやって来て、突然こう聞いてきた。
「颯人君、うちのましろのコトどう思う?」
颯人は自分より少し離れた場所に座るましろをちらりと見てこう答えた。
「えっと・・・かわいい・・・・・・とおもう」
ぱっちりとした大きな目と長い睫毛のせいか、女の子に見間違えそうになる程、十分に可愛らしい子だと思った。
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ・・・ねえ、颯人君。良かったら将来ましろのお婿さんになってくれないかしら」
緋紗英が言わんとしている意味が分からないほど子供でも無かった颯人は、少し悩んで母親の方をちらりと見やると万季子の方は随分と複雑そうな表情をしていた。
どう言う意味なのかいまいち読み取れず、逡巡した後仕方なく良いよ、と答えた。
「そう。なら、ましろの項を噛んでくれる?」
颯人は驚いた。まだ幼いと言っていい年齢の颯人ではあったが、項を噛む事の意味をそれなりに理解していたからだ。
「え、でも・・・・・・」
流石に普段物怖じしない颯人でも躊躇っていると、万季子が止めに入ってくれた。
「緋紗英ちゃん、項を噛むのはまだ早いわよ。もう少し大きくなってからでも・・・・・・」
困ったように苦笑する万季子に、しかし緋紗英は鬼気迫るような表情になった。それはまさに豹変するとはこの事を言うのだと、実感するような経験だった。
「それじゃあ遅いのよッ!!」
話を聞いていなかった颯人以外の三人は緋紗英の叫びに驚いて、目を見開いてこちらを見た。
「早くしなさい」
「緋紗英ちゃん・・・・・・」
何か言い掛けたが、強くぎろりと睨まれ万季子は口を紡ぐんだ。
どうしようかと思ったが、これは項を嚙むまでは家に帰れないに違いないと颯人は覚悟を決めた。
颯人はベンチに座るましろの手を有無を言わさず引いて、首の後ろをいきなり噛んだ。
しかし、軽く噛めばよかったのに相手が暴れるのと加減が分からず思わず強く噛んでしまったのだが、それが良くなかった。
「痛いーッ!」
叫び声が聞こえたと同時に、颯人の口の中に鉄錆の味が広がる。
「離れろっ!」
春人が颯人を突き飛ばして、漸く自体が呑み込めた。強く噛み過ぎたせいで、ましろを怪我させてしまったのだ。
夏の午後とは言えそれなりに人が居て辺りは騒然となった。
「・・・・・・そう言われれば、少し・・・思い出したかも・・・・・・」
飛び散る赤い血、人々の悲鳴。それから遠く聞こえる救急車のサイレンの音────。
ましろは首の後ろ辺りにそっと手置きながら呟いていた。
恐怖のあまり泣き叫ぶましろを、緋紗英は必死に宥めていたのを思い出す。
それから鷹藤家と本城家で話し合いをしたが、最終的に怒り狂った源三に二度とうちの敷居は跨がせないと言う事で二度と会う事は無くなってしまった。
しかも結構な金額の慰謝料も払ったようだと言う事も颯人は語った。
「両親にも君にも申し訳ないことをしたよ・・・・・・」
力なく言う颯人にましろはショックを受けた。
此方を恨んでも仕方ない話だと言うのに、そんな事を考えていたなんて。
「そんな・・・颯人さんのせいじゃ・・・・・・」
そう、原因は緋紗英にある。母の事は好きだが、流石にそれとこれとは話は別だ。
颯人自身も心に傷を負ったであろうに、此方の事を心配していたなんて何て優しい人だろうかとましろは泣きそうになった。
「ありがとう、そう言ってもらえると何だか救われた気がするよ」
颯人は照れくさそうにそう言った。
「あの日から俺は、心身ともに鍛えてもう一度君に出会えたらきちんと謝りたかったんだ・・・そして、許してもらえるなら友達から始めたいと思っていたんだ」
「颯人さん・・・・・・」
ましろは胸が激しく締め付けられたような気持ちになりながら、颯人を見詰めていた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
傾国のΩと呼ばれて破滅したと思えば人生をやり直すことになったので、今度は遠くから前世の番を見守ることにします
槿 資紀
BL
傾国のΩと呼ばれた伯爵令息、リシャール・ロスフィードは、最愛の番である侯爵家嫡男ヨハネス・ケインを洗脳魔術によって不当に略奪され、無理やり番を解消させられた。
自らの半身にも等しいパートナーを失い狂気に堕ちたリシャールは、復讐の鬼と化し、自らを忘れてしまったヨハネスもろとも、ことを仕組んだ黒幕を一族郎党血祭りに上げた。そして、間もなく、その咎によって処刑される。
そんな彼の正気を呼び戻したのは、ヨハネスと出会う前の、9歳の自分として再び目覚めたという、にわかには信じがたい状況だった。
しかも、生まれ変わる前と違い、彼のすぐそばには、存在しなかったはずの双子の妹、ルトリューゼとかいうケッタイな娘までいるじゃないか。
さて、ルトリューゼはとかく奇妙な娘だった。何やら自分には前世の記憶があるだの、この世界は自分が前世で愛読していた小説の舞台であるだの、このままでは一族郎党処刑されて死んでしまうだの、そんな支離滅裂なことを口走るのである。ちらほらと心あたりがあるのがまた始末に負えない。
リシャールはそんな妹の話を聞き出すうちに、自らの価値観をまるきり塗り替える概念と出会う。
それこそ、『推し活』。愛する者を遠くから見守り、ただその者が幸せになることだけを一身に願って、まったくの赤の他人として尽くす、という営みである。
リシャールは正直なところ、もうあんな目に遭うのは懲り懲りだった。番だのΩだの傾国だのと鬱陶しく持て囃され、邪な欲望の的になるのも、愛する者を不当に奪われて、周囲の者もろとも人生を棒に振るのも。
愛する人を、自分の破滅に巻き込むのも、全部たくさんだった。
今もなお、ヨハネスのことを愛おしく思う気持ちに変わりはない。しかし、惨憺たる結末を変えるなら、彼と出会っていない今がチャンスだと、リシャールは確信した。
いざ、思いがけず手に入れた二度目の人生は、推し活に全てを捧げよう。愛するヨハネスのことは遠くで見守り、他人として、その幸せを願うのだ、と。
推し活を万全に営むため、露払いと称しては、無自覚に暗躍を始めるリシャール。かかわりを持たないよう徹底的に避けているにも関わらず、なぜか向こうから果敢に接近してくる終生の推しヨハネス。真意の読めない飄々とした顔で事あるごとにちょっかいをかけてくる王太子。頭の良さに割くべきリソースをすべて顔に費やした愛すべき妹ルトリューゼ。
不本意にも、様子のおかしい連中に囲まれるようになった彼が、平穏な推し活に勤しめる日は、果たして訪れるのだろうか。
人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています
だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。
そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。
再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた!
今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ!
と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。
主人公の学園生活はどうなるのか!
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
どこかがふつうと違うベータだった僕の話
mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話
作品自体は完結しています。
番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。
ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。
初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?
主人公は俺狙い?!
suzu
BL
生まれた時から前世の記憶が朧げにある公爵令息、アイオライト=オブシディアン。
容姿は美麗、頭脳も完璧、気遣いもできる、ただ人への態度が冷たい冷血なイメージだったため彼は「細雪な貴公子」そう呼ばれた。氷のように硬いイメージはないが水のように優しいイメージもない。
だが、アイオライトはそんなイメージとは反対に単純で鈍かったり焦ってきつい言葉を言ってしまう。
朧げであるがために時間が経つと記憶はほとんど無くなっていた。
15歳になると学園に通うのがこの世界の義務。
学園で「インカローズ」を見た時、主人公(?!)と直感で感じた。
彼は、白銀の髪に淡いピンク色の瞳を持つ愛らしい容姿をしており、BLゲームとかの主人公みたいだと、そう考える他なかった。
そして自分も攻略対象や悪役なのではないかと考えた。地位も高いし、色々凄いところがあるし、見た目も黒髪と青紫の瞳を持っていて整っているし、
面倒事、それもBL(多分)とか無理!!
そう考え近づかないようにしていた。
そんなアイオライトだったがインカローズや絶対攻略対象だろっ、という人と嫌でも鉢合わせしてしまう。
ハプニングだらけの学園生活!
BL作品中の可愛い主人公×ハチャメチャ悪役令息
※文章うるさいです
※背後注意
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる