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風、清かに
八十一.最終話。
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一か月後の早朝五時頃、グィードはトリーノの駅のホームに立っていた。
眠そうにしながらもしっかりとした足取りで、眠気覚ましの積もりで周辺を歩いているとジュリオは朝早くから部下達と何やら忙しそうにやり取りしている様子が、少し離れた場所から見えていた。
父上も大変だな、と暢気にその様子を横目に駅を出た。駅前は既に汽車に乗り降りする乗客や駅で働く人足、それ等を相手にスープを売る露店等で賑わっていた。
朝も早いせいか皆の吐く息は白く、そこそこの厚着だ。
勿論グィードも毛皮のコートを羽織っていた。暦上では春だと言うのにトリーノは相変わらず寒くて、本格的な春はまだまだ先の話らしい。
息を吸えば肺が凍り付くのではないかと思うような寒さはもう無いが、懐かしい景色と寒さに感慨深くなっていると名を呼ばれたので其方を見れば、其処に居たのはバルディーニ家の御者であった。
「グィード様、お久しぶりでございます」
気さくな老御者はグィードの姿をみとめると嬉しそうに此方にやって来た。
「ああ、久しぶり。 父上はまだやる事があるから先に帰ってろ、って言われててね」
「分かりました。 ささ、どうぞ此方へ」
御者の案内で馬車まで向かい、乗り込んだ。
グィードを乗せた馬車は舗装された石畳を軽快に走り出してバルディーニの城に向かった。
城に帰って来たグィードを、沢山の使用人たちが出迎え、歓迎してくれた。
他にも歓迎したのは使用人達だけでは無い。銀狼騎士団の騎乗用の大型獣の銀狼達もグィードの帰還を大いに喜んだ。喜び過ぎて、グィードをもみくちゃにして騎士達が助けに入る程であった。
その日の昼食と夕餉はグィードの好物が並び、その歓迎ぶりにジュリオも苦笑いするほどであった。
二三日ゆっくり休んでその後は領主としての仕事を覚えながら、騎士達と訓練に励んだりと充実した日々を過ごしていた。
それから半月ほど経ったある日の晩────。
その日は狼達と狩りに出たりジュリオと暖炉の前でナイトキャップ代わりに蜂蜜を垂らしたホットミルクを飲みながら少しだけ語り合ったりと良い一日を過ごした。
おやすみの挨拶をしてグィードは談話室を出て、ひとりひんやりとした廊下を歩きながらふと考える。
逝くのならこんな日が良いのではないか、と。
思い立ったグィードは足早に自身の寝室へ向かうと、他には目もくれず寝室のバルコニーへと通じる窓を開け放った。すると、冷たい夜風を纏った甘い香りが鼻腔を擽る。
もう、この香りを感じるのも今夜が最後か────・・・・・・。
不思議と其処迄悲しみを感じない事に多少驚きつつも、バルコニーに立つ闇を司るには余りにも神々しい金髪を持つ神に声を掛けた。
「お待たせしました、ルシフェール様」
永遠に枯れることが無い、グィードの身長よりも長い房を吊り下げた藤の花の側にルシフェールは立っていた。
「・・・・・・もう良いのか?」
バルコニーの手すりに腰掛け、藤の花の房を手に取り弄ぶルシフェールの質問に、グィードは頷く。
「これ以上は未練が残ってしまいますから・・・・・・」
「・・・そうか、では行こうか」
優し気で、柔らかな声音でそう言うと、ルシフェールの闇夜にも光るその白い手がグィードの前に差し出される。
グィードはその手を取り、一瞬だけ後ろを振り返るがしかし、その後は振り返らずその白い腕の中へと囚われて行った。
そして次の日、起こしに来た侍従のサムがベッドで冷たくなったグィードを発見する事となった。
葬儀はその数か月後に執り行われた。
勿論、発見時には大騒ぎになったし特に父ジュリオの嘆きようは凄まじかった。
周りからは倒れてそのまま・・・・・・何て心配されたが葬儀の時には冷静さを取り戻していたが、その憔悴っぷりは見るも明らかで。
其れが周囲からの悲しみを誘ったのは言う迄も無い。
とても厳かで美しい式であったと参列した者達は口々にそう言った。同時に、若くして亡くなったグィードを惜しむ声もあった。
「不謹慎に聞こえるかもしれないが、まるで眠っている様でしたよ」
そう言ったのは隣国の王太子であった。それほどまでに穏やかで美しい死に顔だったのだ。
そして、その後グィードの亡骸は代々の霊廟、母エッラの隣に安置された。
~END~
眠そうにしながらもしっかりとした足取りで、眠気覚ましの積もりで周辺を歩いているとジュリオは朝早くから部下達と何やら忙しそうにやり取りしている様子が、少し離れた場所から見えていた。
父上も大変だな、と暢気にその様子を横目に駅を出た。駅前は既に汽車に乗り降りする乗客や駅で働く人足、それ等を相手にスープを売る露店等で賑わっていた。
朝も早いせいか皆の吐く息は白く、そこそこの厚着だ。
勿論グィードも毛皮のコートを羽織っていた。暦上では春だと言うのにトリーノは相変わらず寒くて、本格的な春はまだまだ先の話らしい。
息を吸えば肺が凍り付くのではないかと思うような寒さはもう無いが、懐かしい景色と寒さに感慨深くなっていると名を呼ばれたので其方を見れば、其処に居たのはバルディーニ家の御者であった。
「グィード様、お久しぶりでございます」
気さくな老御者はグィードの姿をみとめると嬉しそうに此方にやって来た。
「ああ、久しぶり。 父上はまだやる事があるから先に帰ってろ、って言われててね」
「分かりました。 ささ、どうぞ此方へ」
御者の案内で馬車まで向かい、乗り込んだ。
グィードを乗せた馬車は舗装された石畳を軽快に走り出してバルディーニの城に向かった。
城に帰って来たグィードを、沢山の使用人たちが出迎え、歓迎してくれた。
他にも歓迎したのは使用人達だけでは無い。銀狼騎士団の騎乗用の大型獣の銀狼達もグィードの帰還を大いに喜んだ。喜び過ぎて、グィードをもみくちゃにして騎士達が助けに入る程であった。
その日の昼食と夕餉はグィードの好物が並び、その歓迎ぶりにジュリオも苦笑いするほどであった。
二三日ゆっくり休んでその後は領主としての仕事を覚えながら、騎士達と訓練に励んだりと充実した日々を過ごしていた。
それから半月ほど経ったある日の晩────。
その日は狼達と狩りに出たりジュリオと暖炉の前でナイトキャップ代わりに蜂蜜を垂らしたホットミルクを飲みながら少しだけ語り合ったりと良い一日を過ごした。
おやすみの挨拶をしてグィードは談話室を出て、ひとりひんやりとした廊下を歩きながらふと考える。
逝くのならこんな日が良いのではないか、と。
思い立ったグィードは足早に自身の寝室へ向かうと、他には目もくれず寝室のバルコニーへと通じる窓を開け放った。すると、冷たい夜風を纏った甘い香りが鼻腔を擽る。
もう、この香りを感じるのも今夜が最後か────・・・・・・。
不思議と其処迄悲しみを感じない事に多少驚きつつも、バルコニーに立つ闇を司るには余りにも神々しい金髪を持つ神に声を掛けた。
「お待たせしました、ルシフェール様」
永遠に枯れることが無い、グィードの身長よりも長い房を吊り下げた藤の花の側にルシフェールは立っていた。
「・・・・・・もう良いのか?」
バルコニーの手すりに腰掛け、藤の花の房を手に取り弄ぶルシフェールの質問に、グィードは頷く。
「これ以上は未練が残ってしまいますから・・・・・・」
「・・・そうか、では行こうか」
優し気で、柔らかな声音でそう言うと、ルシフェールの闇夜にも光るその白い手がグィードの前に差し出される。
グィードはその手を取り、一瞬だけ後ろを振り返るがしかし、その後は振り返らずその白い腕の中へと囚われて行った。
そして次の日、起こしに来た侍従のサムがベッドで冷たくなったグィードを発見する事となった。
葬儀はその数か月後に執り行われた。
勿論、発見時には大騒ぎになったし特に父ジュリオの嘆きようは凄まじかった。
周りからは倒れてそのまま・・・・・・何て心配されたが葬儀の時には冷静さを取り戻していたが、その憔悴っぷりは見るも明らかで。
其れが周囲からの悲しみを誘ったのは言う迄も無い。
とても厳かで美しい式であったと参列した者達は口々にそう言った。同時に、若くして亡くなったグィードを惜しむ声もあった。
「不謹慎に聞こえるかもしれないが、まるで眠っている様でしたよ」
そう言ったのは隣国の王太子であった。それほどまでに穏やかで美しい死に顔だったのだ。
そして、その後グィードの亡骸は代々の霊廟、母エッラの隣に安置された。
~END~
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