27 / 33
溢れる
しおりを挟む
恋の始まりとはどこだろう。一目惚れなどという言葉も耳にするが、稲妻に打たれたように、突然目の前の人物と恋に落ちる者が果たしてどれほどいるだろうか。今この世界にある大概の恋というものは、ある特定の人物の言動や行動に、好意を積み重ねた結果の産物だと感ずるのだ。では特定の人物に対する好意とは、一体どの段階で恋へと変貌するのか。笑顔が好ましいと感じたときか、肌に触れたいと思ったときか、それとも些細な用事を身繕いその人物の元へと足を運んだときか。
いずれにせよ確かなことは、先に述べた3つの要件を全て満たすのならば、それはもう紛れもない恋だということ。
アメシスは、自身の腕の中でふるふると震える少女を見下ろした。根元から毛先まで至るところで絡まり合った銀色の髪、塗料まみれの頬、かさかさに乾いた唇。傍目に見れば廃人同様のその少女が、今のアメシスにとってはまるで宝石のように感じられる。
「あの、アメシス様…」
少女が呟く。蚊の鳴くようなか細い声だ。少女が身じろぎをするたびに、銀色の髪束がアメシスの二の腕をくすぐる。突然の抱擁に戸惑いながらも、しかし少女がアメシスの腕を振り払うことはない。
肌の触れ合う場所から、たくさんの感情が流れ込んでくる。幸福、戸惑い、安堵、不安、喜び、罪悪感。入り乱れる感情は、いつしか一つの情へと行きつく。愛情。
「ダイナ殿。貴女を愛している」
頭上から降り注ぐ愛の言葉に、ダイナの全身が毬のように跳ねる。あの、あの、と何度も言い淀み、それから絹糸のような声が絞り出される。
「突然そんなことを仰られても、私は一体どうしたら良いのか…」
「どうして欲しいと要望を伝えて良いのであれば、私は貴女の気持ちを聞きたい」
「私の…気持ち…」
「そうだ。ダイナ殿、貴女は生活を犠牲にしてまで、私からの贈り物を探し出そうとしてくれたのだろう。その行動の根底にある想いを知りたい」
アメシスは腕に込めた力を緩め、ダイナを抱擁から解放する。ダイナはよろよろと後退り、アメシスからは数歩離れた場所で立ち止まる。身体が離れて初めて、その表情が明らかになる。銀色の眼は溢れるほどに潤み、左右の頬はまるで完熟林檎のよう。まだ夕焼けには早い時間だが、まるでダイナの顔にだけ夕陽が射したようだ。ダイナは何度も視線を巡らせて、それから捲し立てるように言う。
「アメシス様。私は貴方が好きです。突然すぎて整理ができないのだけれど、多分そういうことなんだと思います。だってそうじゃないと―」
ダイナは一度口を噤み、乾いた唇を舌先で舐める。はぁ、と熱い吐息。
「―今、こんなに幸せなはずがないもの」
そう言って、ダイナは花が咲いたように笑う。その笑顔があまりにも愛しくて、アメシスは銀色の少女に向かって再び腕を伸ばすのだ。先程よりもずっと熱いダイナの身体が、アメシスの腕の中へと飛び込んでくる。
愛おしい。今までに感じたどのような情よりも強烈に、腕の中の少女が愛おしい。
「…ダイナ殿。触れてもよろしいだろうか、唇に」
アメシスがそう問えば、ダイナはうなづき背伸びをする。アメシスの方が遥かに長身なのだから、ダイナが精いっぱい背伸びをしてようやく、2人の吐息は混ざり合うのだ。
「どうぞ…何度でも」
囁く小さな唇に、引き寄せられるようにしてキスを落とす。
いずれにせよ確かなことは、先に述べた3つの要件を全て満たすのならば、それはもう紛れもない恋だということ。
アメシスは、自身の腕の中でふるふると震える少女を見下ろした。根元から毛先まで至るところで絡まり合った銀色の髪、塗料まみれの頬、かさかさに乾いた唇。傍目に見れば廃人同様のその少女が、今のアメシスにとってはまるで宝石のように感じられる。
「あの、アメシス様…」
少女が呟く。蚊の鳴くようなか細い声だ。少女が身じろぎをするたびに、銀色の髪束がアメシスの二の腕をくすぐる。突然の抱擁に戸惑いながらも、しかし少女がアメシスの腕を振り払うことはない。
肌の触れ合う場所から、たくさんの感情が流れ込んでくる。幸福、戸惑い、安堵、不安、喜び、罪悪感。入り乱れる感情は、いつしか一つの情へと行きつく。愛情。
「ダイナ殿。貴女を愛している」
頭上から降り注ぐ愛の言葉に、ダイナの全身が毬のように跳ねる。あの、あの、と何度も言い淀み、それから絹糸のような声が絞り出される。
「突然そんなことを仰られても、私は一体どうしたら良いのか…」
「どうして欲しいと要望を伝えて良いのであれば、私は貴女の気持ちを聞きたい」
「私の…気持ち…」
「そうだ。ダイナ殿、貴女は生活を犠牲にしてまで、私からの贈り物を探し出そうとしてくれたのだろう。その行動の根底にある想いを知りたい」
アメシスは腕に込めた力を緩め、ダイナを抱擁から解放する。ダイナはよろよろと後退り、アメシスからは数歩離れた場所で立ち止まる。身体が離れて初めて、その表情が明らかになる。銀色の眼は溢れるほどに潤み、左右の頬はまるで完熟林檎のよう。まだ夕焼けには早い時間だが、まるでダイナの顔にだけ夕陽が射したようだ。ダイナは何度も視線を巡らせて、それから捲し立てるように言う。
「アメシス様。私は貴方が好きです。突然すぎて整理ができないのだけれど、多分そういうことなんだと思います。だってそうじゃないと―」
ダイナは一度口を噤み、乾いた唇を舌先で舐める。はぁ、と熱い吐息。
「―今、こんなに幸せなはずがないもの」
そう言って、ダイナは花が咲いたように笑う。その笑顔があまりにも愛しくて、アメシスは銀色の少女に向かって再び腕を伸ばすのだ。先程よりもずっと熱いダイナの身体が、アメシスの腕の中へと飛び込んでくる。
愛おしい。今までに感じたどのような情よりも強烈に、腕の中の少女が愛おしい。
「…ダイナ殿。触れてもよろしいだろうか、唇に」
アメシスがそう問えば、ダイナはうなづき背伸びをする。アメシスの方が遥かに長身なのだから、ダイナが精いっぱい背伸びをしてようやく、2人の吐息は混ざり合うのだ。
「どうぞ…何度でも」
囁く小さな唇に、引き寄せられるようにしてキスを落とす。
33
お気に入りに追加
1,950
あなたにおすすめの小説
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。
社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。
対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。
それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。
けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。
…ある大事件が起きるまで。
姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。
両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。
姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。
しかしその少女は噂のような悪女ではなく…
***
タイトルを変更しました。
指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる