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失せ物探しの神具

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「できた!」

 散らかり放題の工房に、ダイナの声が響き渡った。机の上にはたくさんの木くずが散らばり、床は汚れたタオルやガラス片の山。元から綺麗とは言い難かった工房の内部は、今やすっかり廃屋の有様だ。
 工房の中心に佇むダイナの装いも、一歩間違えれば廃人同然だ。木くず塗れのワンピースに、塗料に汚れた手指と顔。長い髪は後頭部で一つにくくっただけで、もう何日もくしを入れていない。廃人よろしく薄汚れたダイナの右手の平には、蜜柑大のガラス玉が載っている。玉の内部はとろりとした液体で満たされていて、液体の中心に木造りの小舟が浮かぶ。小舟の先端に乗る物は、同じく木造りのキツツキだ。ガラス玉の下部には木製の台座が取り付けられており、一見すれば綺麗な置き物とも見える。

「お願い。正しく作動してよね…2週間も掛かったんだから…」

 ダイナは祈るように呟き、ガラス玉をくるりと回す。底部分にある台座に爪先を掛け、そこにある底蓋を開ける。この神具は台座部分の内部が空洞になっており、そこに物を入れることができるようになっているのだ。ただし入れられる物は、精々親指大の小さな物に限られる。
 ダイナはポケットから布包みを取り出し、開く。柔らかな絹地から顔を出す物は、2週間前アメシスから貰った耳飾りの片方だ。その片方を指先でつまみ上げ。台座の内側に落とし入れる。からから、と小さな音がする。

「お願い…!」

 祈りながら、ダイナはガラス玉を机の上へと置いた。水晶玉を思わせる玉の内部で、キツツキを乗せた小舟が回る。東、南、西、北。また東、南。数度くるくると回転した小舟は、やがて一方を指してぴたりと止まる。キツツキのくちばしが射す先は、真南だ。
 ダイナはガラス玉を両手でひしと握り締め、工房を飛び出した。丁度扉の外側にいたヤヤが、薄汚れたダイナの姿を見て声を上げる。

「あら、ダイナちゃん。神具作りは終わったの?それなら―」
「ヤヤさん、ごめんなさい!急ぎの用があるの!」

 ヤヤの制止を振り払い、ダイナは走る。人気の少ない住宅街を駆け抜け、大通りの角を曲がり、人混みを避けて走る走る。目指すはキツツキを乗せた小舟の舳先へさきが指す先だ。そこにダイナの探し物がある。
 大通りを越え、急な上り坂に差し掛かった時だ。真正面から見知った顔が歩いてきて、ダイナは思わず声を上げる。その人物もダイナの姿に気が付いたようで、坂道の途中で歩みを止める。

「ああ、ダイナ殿。ちょうど今カフェひとやすみに―」
「アメシス様。お久しぶりです。また今度、ごきげんよう!」

 一息にそう叫ぶと、ダイナはアメシスの真横を走り抜けた。2週間工房にこもりっきりだったのだから、2人が会うのは当然2週間ぶりだ。しかし再開を喜ぶよりも先に、ダイナにはしなければならないことがある。アメシスに貰った紫水晶の耳飾り。その一方を探し出さなくては、贈り主であるアメシスに申し訳が立たぬ。脱兎の勢いで坂道を駆けあがるダイナは、しかしその途中ではたと走ることを止めた。

「…あれ?」

 ダイナが覗き込むは、右手に握り込んだガラス玉だ。先程まで真南を向いていたはずの船の舳先が、今は真北を向いている。真北、即ち今ダイナが駆けてきた方向だ。何故一瞬のうちに探し物の在処が変わってしまったのだろう。不思議に思いながらも、ダイナは大人しく来た道を戻る。向かう先には、先程すれ違ったばかりのアメシスがいる。

「ダイナ殿。急ぎのところを悪いが、私は貴女に用が―」
「アメシス様、申し訳ありません。とても大切な用事があるんです。アメシス様のお話は、用事が済んだ後でゆっくり伺いますから」

 気持ちばかりに頭を下げ、ダイナはアメシスの横をすり抜けた。上ったばかりの坂道を、息を切らしながら下る。その途中でついとガラス玉に視線を落とせば、

「…あれぇ?」

 船の舳先はまた真南を向いていた。
 何故こうも探し物の在処が変わるのだ。ダイナは眉根に皺を寄せ、ガラス玉の内部を覗き込む。正しく動作したように感じたけれど、やはりまだ未完成であったのか。それとも込める神力の量が足りなかったのか?戸惑うダイナの元にアメシスが近づいてくる。船の舳先は真っ直ぐにアメシスの胸元を指している。ダイナはおそるおそる口を開く。

「…アメシス様。失礼ですが私にご用とは?」
「ああ。これを貴女に返さねばならないと思って」

 そう言うアメシスの右手には、2週間前に失くしたはずの耳飾りの片方が載っていた。
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