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 神都の中心部から少し離れた場所に、神殿と呼ばれる建物がある。赤い煉瓦造りの、さほど大きくはない建物だ。自然の少ない神都の中で、唯一その神殿の周囲だけは美しい緑が溢れている。
 神殿には、神国ジュリの国王が住まう。国外からの旅行者は神殿のことを『王宮』などとも呼ぶけれど、とにかくその煉瓦造りの建物は、民には神殿と呼ばれている。

 神殿には渡り廊下が付いている。神殿と、神国ジュリのお役所である『神官舎』を繋ぐ渡り廊下だ。国王は日々神殿内部で執務を行い、国家の僕である役人―『神官』は神官舎内部で公務を行う。そして神官の中でも限られた者だけが、渡り廊下を渡り、神殿へと足を踏み入れることが許されるのだ。

「王、失礼致します」

 丁寧な礼とともに、扉から現れた者は初老の神官だ。名をモルガ。200人に及ぶ神官の中で、神殿へと立ち入ることが許された数少ない人物だ。

「何用だ。本日分の決裁書なら先程受け取った」
「謁見申し込みが入っております。大都市ルゴールの首長殿が、近日中王にお会いしたいと」
「ルゴールの首長?謁見の目的は」
「都市内部で新条例を制定するにあたり、王の意見を求めたいと仰っております」
「…条例の制定については、各首長の判断に任せているはずだ。顔を売り込みたいがだけの謁見申し込みなら断ってくれ」

 都市や集落の有力者が己の権力を高めるために、国家の最高権力者と接点を持ちたいと考えるのは至極当然のことだ。しかしそうした謁見申し込みを全て受け入れていたのでは、ただでさえ多忙な王は通常の執務がままならなくなってしまう。
謁見申し込みの取捨選択は、本来家臣であるモルガの仕事である。部屋の中にはしばし沈黙が落ち、やがてモルガは静々と口を開く。

「ルゴールの首長殿は、娘を謁見の席に同席させたいと仰っております」

 モルガが言葉を終えるなり、部屋の中には溜息が響く。

「またそれか。見合い目的の謁見申し込みは断ってくれと、いつも言っているだろう」
「お言葉ですが、王。大都市ルゴールの首長殿は、神国ジュリの建国にあたり多大なる貢献をされたお方です。娘のアクア様は父君の補佐として日々都政に従事し、土地を治めることの道理をよく理解しておられます。妃として迎えるのなら、彼女以上の適任者はいないかと」
「たとえ適任であっても、私は愛のない結婚をするつもりはない」
「もっともなご意見でございます。しかしどうか隣国に目を向けてくださいませ。同盟国のうちには、ここ数年のうちに妃を迎えた国王が複数名おられます。妃同士の茶会が頻繁に開催され、貴重な情報交換の場になっているとの噂も聞き及びます。中には茶会から得られる利益を求め、王宮内から妃候補を募った国王もおられると。このままでは神国ジュリは、貴重な情報収集の場からはじき出されてしまいます」

 神国ジュリは、その周辺に位置する十数の小国と同盟を結んでいる。各王国間では年に数度国王同士の往来があり、国土の防衛や将来的な施策展開に関して意見交換を行うのだ。そして国王の移動には、当然妃が同行する。国王とその家臣らが粛々と国政の議論を行う傍ら、王宮の園庭で優雅な茶会が開催されるのだ。茶会の目的は情報交換。正式な会議の場には出せぬ未確定情報、民の噂話等を、菓子を片手にとりとめなく語らうのだ。堅苦しさとは無縁の場であるからこそ、そこから得られる情報の価値は計り知れない。その利を理解しているからこそ、同盟国の国王はこぞって妃を迎えようとする。

「王、ひとまずアクア様との見合いをお受けくださいませ。妃にする、しないの判断は実際に顔を合わせた後でなされば宜しいでしょう。面会すら謝絶されては、結ばれるべき縁も結ばれません。王、3日後の正午時でございます。神殿内に昼食の席を設けますから、どうぞ将来のためと思って参席くださいませ」

 では、私はこれにて。モルガは深く一礼をし、足早にその場を立ち去った。
 残された神殿の主は本日何度目になるかわからぬ溜息を零し、執務机の引き出しを開ける。そこにある小さなサイコロを指先でつまみ、机の上にころりと転がす。出た目は6つの面の中で、ただ一つ赤らかな「壱」。

「…大凶」
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