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懐かしいカフェ

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 時は夕方。ダイナは足取りおぼつかなく、神都の街中を歩いていた。神都に到着してから早4時間、その間ダイナは就職活動に没頭した。通りのあちこちにある神具店に立ち入り、自前の神具をお披露目しては、店で雇って欲しいと訴えたのである。しかし結果はどれも同じ。人の好い笑みを張り付けた神具店の店員は、揃ってダイナにこう告げるのである。
―貴女の作る神具は、当店の看板商品にはなり得ません

 ここに至るまでに分かったことは、神都内の神具店はどこも即戦力を望んでいる。膨大な神力を有し、店の売り上げに即貢献を果たすような実力者。だからダイナの神具は求められない。ダイナの作る神具は見た目も効果も地味で、店の看板商品にはなり得ないから。

「困ったな…」

 ダイナは呟き、通りの端に腰を下ろした。宛てもなく歩くうちにダイナの足は神具店の通りを外れ、見知らぬ小道に迷い込んでしまった。周りにある建物は、木や煉瓦で作られた一般の家屋ばかり。商店と呼べそうな建物は見当たらない。もう一時間もすれば日が暮れる。就職活動は一区切りにして、今夜の宿を探すべきか。惑うダイナの鼻腔に、慣れた香りが流れ込んでくる。生家の工房に漂っていたのと同じ、香しいコーヒーの香りだ。
 ダイナは匂いに誘われるようにして、人気のない小道を進む。

 迷路のような小道をあちらこちらへと進み、辿り着いた場所は小さなカフェであった。恐らくは家屋の1階部分を店舗にしただけの、こじんまりとしたカフェ。しかしその風貌はどこか懐かしい。チョコレート色の木材を組み上げた外装も、夕陽を思わせる紅色の屋根も、そして気持ちばかりの花々が植えられた玄関口も。全てが、ダイナの生家によく似ている。ダイナはすっかり使い込まれた店の戸口へと歩み寄り、その取っ手に右手を掛けた。ふと、戸口の横にある小さな看板が目に入る。
―カフェひとやすみ

 何とも安直な名付けである。

 そろそろと立ち入ったカフェの内部には、コーヒーの香りが充満していた。外壁と同じチョコレート色の内装の中に、2人掛けのテーブルが5つ並んでいる。5つのテーブルのうち1つには先客が腰掛け、コーヒー片手に読書の真っ最中だ。ダイナはきょろきょろと店内を見回しながら、店の奥側に位置する一席に腰を下ろす。

「ご注文は」

 突然背後から声を掛けられて、ダイナは肩を震わせた。声のした方を見てみれば、テーブルの脇に小柄な老婦が立っている。真っ白な髪を頭長に結い上げた、可愛らしい印象の老婦だ。すみれ色の瞳が、ダイナを見つめてぱちぱちと瞬く。

「ご注文は」

 再度そう問われて、ダイナは慌てて麦藁帽子を取った。膝に載せたままであったかばんを床へと下ろし、テーブル上のメニュー表に視線を走らせる。

「ミルクティーが一つと…あとはサンドイッチ…あれ?」

 忙しく巡るダイナの視界に、とある文字が飛び込んできた。真四角のメニュー表の片隅に書かれたその文字は
―従業員募集中(神具師歓迎)
 あの、とダイナは声を上げる。

「このカフェでは、神具師を募集しているんですか?」
「そうねぇ…。本当に欲しいのは従業員だけれど、欲を言えば神具に知のある人が良い…程度の気持ちかしらねぇ」

 老婦の語りは、老いた外見に相応しく穏やかだ。

「それは何故ですか?」
「私、若い頃は神具師だったのよ。年を取って神力が弱くなってしまったから、神具師を引退して夫とカフェを開いたの。それでもつい数年前までは、カフェ業の傍ら趣味で神具を作っていてねぇ。カフェの一角に売り場を設けて、ほんの少しだけど神具の販売を行っていたの」
「へぇ…そうだったんですか」
「今はもう神具は全く作っていないんだけれどね。たまに常連に、細々とした私の神具が懐かしいと言われるの。最近の神具店に並ぶ神具はどれも高額で、あまり実用的ではないでしょう。私の使っていた工房もそのままにしてあるから、誰か私の後を継ぐ神具師が来てくれたら…なんて勝手に考えているのよねぇ」

 老婦が言葉を終えたとき、ダイナはまたあの、と声を上げた。

「私をこのカフェで雇ってもらえませんか。実は私、神具師なんです。今日田舎から出て来たばかりで、神具師としての仕事を探しています。あ、もちろん、カフェの店員としての仕事もこなしますから」

 思いの外大きな声が出た。少し離れたところに座る客人が、驚いたようにダイナを見る。しかし老婦の言葉はやはり穏やかだ。

「それは嬉しい申し出だけど、良いのかしら?神具師さんなら、街の神具店で引く手数多でしょう。うちはこの通り小さなカフェだからねぇ。大したお給料はお支払いできないわよ」

 ダイナは足元のかばんから巾着袋を引っ張り出した。中に入ったたくさんの文具を、テーブルの上にばらばらと落とす。色の変わる付箋、文字数を数えるボールペン、吉凶を占うサイコロ、その他諸々。今日だけで、何度その作業を繰り返したか分からない。

「これが私の作った神具です。地味だ、華がないと言われて、街の神具店にことごとく不採用をいただきました。少し前まで、もう神具師として働くことは諦めていたくらいなんです」

 ダイナが顔を上げると、白髪の老婦はにこにこと微笑んでいた。優しく、そして少し悪戯な笑みだ。

「そういう事情なら、遠慮せず採用しちゃおうかしら」
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