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3章 ドS男と相棒業

30話 アーサー邸にて

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 翌日、アンドレはアーサー邸を訪れていた。目的はグレンに会うためだ。

 グレンの私室の扉を開けると、部屋の主は真剣な表情で机に向かっていた。日頃不埒な言動が目立つグレンだが、仕事中は凛々しく見えるのだから摩訶不思議。
 アンドレはきりりと引き締まったグレンの顔にしばし見惚れ、それから軽い調子で挨拶をした。

「グレン、やっほー。お邪魔してるよ」

 グレンからは不機嫌を隠そうともしない声が返ってきた。

「お前、何で今日はアンドレそっちなわけ?」
「今朝は寝坊しちゃったんだよ。ここを出たら、そのまま仕事に行けるようにと思って」
「レオナルドはすんなり通してくれたか? 初対面には厳しいだろ、あいつ」
「アンのいとこを名乗ったからね。『この間はいとこのアンがお世話になったみたいで……』と頭を下げたら、すんなり通してくれたよ」

 あっそ、と投げやりなグレンの声。

 ――そういえばアンドレの姿でグレンと会話をするのは初めてだなぁ
 書類でいっぱいの机を眺めながら、アンドレはそんなことを考えた。

「で、今日は何の用だ? 仕事の話か?」
「そうそう、仕事の話だよ。実は昨晩、繁華街でドリー・メイソン嬢と会ってさ」

 グレンの碧色の瞳がするどく光った。指先でくるりとペンを回し、神妙な顔つきでアンドレを見据えた。

「……やっぱり繁華街に出入りしていたのか」

 アンドレは極力明るい口調で説明した。
 
「あちこち遊び歩いている感じではなかったよ。繁華街の北側に『リトルプラネット』という酒場があるんだけど、そこの常連さんなんだって。僕がドリー嬢と会ったのはまた別の酒場だけどね。『マッドアップル』という締めパフェが有名な酒場でさ。僕がそこでパフェを食べていたら、偶然ドリー嬢がやって来たんだ」
「ふーん……で、どうだった?」
「ドリー嬢の人となりがってこと? 普通にいい子だったよ。昨日話した感じでは、これといった問題点も見つからなかったな」

 グレンは意外そうに目を丸くした。
 
「ほぉ、珍しいパターンだな」

 アーサーの結婚候補者として名乗りをあげているご令嬢は、いずれも何らかの問題を抱えた訳あり令嬢ばかり。並々ならない顔ぶれの中で、確かにドリーの存在は異質とも思えた。

 しかしその点については、アンドレにも思い当たる節があった。

「ドリー嬢は社交が苦手なんだよ。僕も昨日ドリー嬢と別れてから知ったんだけど、メイソン家は騎士の家系なんだってね。男社会の中で育ったせいか、確かに見た目や仕草があまり女性的ではないんだ。ドレスよりも皮鎧の方が似合うタイプというかさ」
「……ふぅん?」

 グレンはくるくるとペンを回しながら、アンドレの語りに耳を澄ませている。

「でも別に、だからどうってわけじゃないんだよ。普通に可愛い子なんだ。一目惚れをした相手がいるらしいんだけど、自分に自信が持てなくて、積極的にアタックできないんだって。だから僕、ドリーの恋を応援しておいたんだ」

 ふいにグレンの表情が険しくなり、溜息交じりに文句を言った。

「お前さぁ……ドリー嬢がアーサー王子の結婚候補者だってわかってんのか? ドリー嬢の恋を応援してどうすんだよ」
「結婚と恋は別物だろ。ドリー嬢だってその辺はわきまえてるよ。家族の意向で望まない結婚を強いられているんだ。心までその相手に縛られる必要なんてないと思うけどね」

 アンドレが強い口調で言い返せば、グレンは苦虫を踏み潰したような表情となった。
 グレンがそれきり黙り込んだのをいいことに、アンドレは好き勝手に主張を続けた。

「僕としては、アーサー王子の結婚相手にはドリー嬢を推すよ。だって本当にいい子なんだもん。貴族の令嬢にしては珍しく身なりも質素で、話し方も慎ましやかでさぁ。僕、控えめな子が大好きなんだ。付き合うなら絶対ああいうタイプ――」
「おい、アン・ドレスフィード」

 グレンが名前を呼んだ、次の瞬間。
 「ぎゃあああ」と間抜けな悲鳴が部屋の中に響き渡った。叫ぶ声は男の声から、しだいに高い少女の声へと変化する。熱に溶けた飴のように、アンドレは姿を変えていく。

 ものの数秒経った頃には、その場所にアンドレの姿はなく、男物の衣類をまとった小柄な少女がたたずんでいた。ぱさり。ぶかぶかのズボンが音を立てて床に落ちる。

「な、な、なんで⁉ 何で急に魔法を解いたの⁉」

 ずり落ちそうになる上着を押さえながら、アンは阿鼻叫喚だ。本当の名前を呼べば魔法は解ける。それは知る人ぞ知る変貌魔法の解除方法だ。

 男物の革靴を脱ぎ散らかしながら、アンはグレンを相手に吠える吠える。

「ひどいよ、せっかく身支度を済ませてきたのに! 今日は髪のセット、すごく上手くいってたんだよ。魔法が解けたら全部やり直しなんだからね!」

 アンがじたばたと足踏みをすれば、ぶかぶかの靴下がすぽーんとグレンの方へ飛んでいく。
 目の前に飛んできた靴下をぐしゃりと握りしめ、グレンは大声で怒鳴り返した。

「うるっせぇぇぇ! やることなすこと腹立たしいんだよ、アンドレてめぇは! この暑いのにキザたらしく上着なんぞ着込みやがって。お上品なシャツも腹立たしい! 脱げ、全部脱げ!」

 足音荒くアンのそばへと歩み寄ったグレンは、アンのシャツの襟もとを掴み上げた。思わず爪先立ちとなるアンの腰回りから、男物の下着が音を立てて落ちる。
 すなわち今のアンは、全裸に男物のシャツを身に着けただけの状態だ。事情を知らない者から見れば完全な痴女である。

「やだやだ! グレンよく見てよ。あたしシャツを脱いだら全裸――」

 がちゃり、と扉の開く音がした。アンとグレンがそろって音のした方を見れば、半開きの扉からはレオナルドが顔をのぞかせていた。

 グレンに用があるのか、それとも廊下を通りすがったときにたまたまアンの叫び声を聞いたのか。入室の理由はそのどちらともわからないが、確かなのはレオナルドがこの状況を何も把握していないということだ。
 つまりレオナルドの目から見れば、アンはグレンの私室で生尻をさらす痴女。言い換えればド変態である。

 アンの生足と生尻を数秒凝視した後、レオナルドは不自然に視線を泳がせ、消え入りそうな声で謝罪した。

「し、失礼致しました……。女性の叫び声がしたので、何事かと思い……引き続きお楽しみください……」

 そして扉を音もなく閉められた。
 はっと我に返ったアンは、襟元を掴むグレンの手を振り払い、大声で叫ぶ。

「ねぇ誤解だよ! 話を聞いて、レオナルドぉ!」
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