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3章 ドS男と相棒業

29話 ドリー・メイソン

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「話は変わるけれど、シンシア様。最近幼馴染の彼とはどう? 何か進展はあった?」

 ドリーと仲良くなるためには、まずドリーに警戒心を解いてもらわねばならない。そう考えたアンドレは、ひとまずシンシアに話題を向けた。

 シンシアは幼馴染のルークという青年に片思い中。ルークとシンシアはいとこの関係で、幼い頃から家族ぐるみで付き合いがある。シンシアにとっては頼りがいのある兄のような存在であり、そして長年に渡り片思いを続けている相手だ。

 アンドレの質問に、シンシアは顔を赤くしてもじもじと答えた。

「進展は……何もないの。ルークはもう家の跡取り候補として立派に働いているから、仕事の関係でたまに私の家にやってくるの。お土産を持ってきてくれることもあるのだけれど、いつも子ども向けのお菓子ばかりで……多分、ルークにとって私は妹のような存在なのよ」

 今にも消え入りそうなシンシアの声に、アンドレはわざとらしく溜息を吐いた。
 
「恋する乙女を妹扱いとはねぇ、贅沢な男がいたもんだ。ルーク様には、まだ結婚話は持ち上がらないの?」
「何人か候補者はいるみたい。どなたも仕事上の付き合いがある家の、立派なご令嬢ばかりよ」
「その中にシンシア様の名前は入っていないの?」

 さりげない質問に、シンシアの顔は林檎のように赤らんでいく。

「は、入っていないことはないのだけれど。でもうちとルークの家は元々仲がいいでしょう。私とルークが結婚しても、あまり両家に利益がないのよ。事業の拡大を第一に考えるのなら、私とルークはそれぞれ別の相手と結婚すべきなの……」

 貴族にとって、結婚とは家と家の繋がりを深めるための手段でしかない。本人の気持ちは二の次で、まず考えるべきことは、その結婚が家にとってどれだけの利益をもたらすかということだ。
 
 つまり貴族界のルールに則って考えれば、ルークとシンシアが結婚できる可能性は限りなく低いということ。なぜなら結婚などという手段を取らずとも、両家はすでに良好な関係を築いているのだから。

「そんな悲しいことを言わないで。シンシア様の家の事業は順調なんでしょう? ご両親もお優しい方であると聞いている。事業の拡大よりも、娘の幸せを第一に考えてくれる可能性は十分にあるよ」

 アンドレの慰めに、シンシアはほんの少しだけ表情を明るくした。
 
「そ、そうかしら……」
「そうそう。そのためにも、まずはルーク様に異性として意識してもらわないと。色仕かけを使ってみるというのはどうかな? ルーク様をお部屋に呼んで、一緒のソファに座るんだ。そしたらルーク様の太ももにそっと手のひらをのせて、身体をすり寄せて、とどめにチラッと胸の谷間なんか見せちゃえばさ。うまくいけばその場で既成事実を……イテテテ。シンシア様、僕の足を踏んでるよ。ピンヒールが革靴にめり込んでいる」
「わざとよ」

 蚊の鳴くような声から一転し、シンシアは氷点下の声音でそう言い放った。
 
 シンシアはアンドレにとって数少ない『貴公子の仮面を被らずに話ができる相手』だ。ルークに片思いをしているシンシアは、決してアンドレにはなびかない。
 そのことがわかっているからこそ、アンドレはシンシアと友達でいることができるのだ。

 くすくすと和やかな笑い声が聞こえた。笑い声のする方を見れば、ドリーが肩を揺らして笑っていた。今日、初めて見る笑顔らしい笑顔だ。
 
 度の過ぎた冗談を言ったかいがあったね、とアンドレは痛む足先をさすった。

 間もなくテーブルの上には2つのパフェグラスが運ばれてきた。ぷるぷると揺れるコーヒーゼリーに、たっぷりの生クリーム。小鉢に入れられたコーヒーシロップが、香ばしい香りを立ち昇らせている。
 2人の令嬢が幸せそうにパフェをほおばる様を、アンドレはしばらく黙って眺めていた。
 
 そしてあるとき、出し抜けに質問した。

「ドリー様には好きな方はいらっしゃるの?」

 ドリーは生クリームをのせたスプーンに視線を落とし、消え入りそうな声で答えた。
 
「……気になる方なら」
「その方とはどんな関係? 貴族友達かな」
「いいえ、1度お会いしただけのお方です。ひ、一目惚れというか……」
「一目惚れ? そりゃロマンティックだねぇ。叶いそうな恋なのかな」

 アンドレが声を弾ませて尋ねれば、ドリーは途端に泣きだしそうな表情となった。

「十中八九叶いません。初めから、想ってはいけない立場のお方なのです」

 アンドレは首をかしげ、はっきりとした口調で言い返した。
 
「想ってはいけない? そんなことは有り得ないよ。誰を想おうが、誰を愛そうが、それはドリー様の自由でしょ。貴族の家に生まれた以上、結婚については両親の意向に従う必要があるけどさ。心まで縛られるないと思うよ」

 ドリーははっと口を噤み、2人の間にはしばし沈黙が落ちた。
 テーブルの片隅では、シンシアが1人黙々とコーヒーパフェを口に運んでいる。ドリーとアンドレの会話を気にかけながら、積極的に口を出すつもりはなさそうだ。

「……確かに『想ってはいけない』という言い方には語弊があるかもしれません。ですがやはり困難な恋であることに違いはないのです。そもそもそのお方とは、会う事すら難しく……」
「でも一目惚れしたということは、1度は会っているんでしょ? 適当に理由をでっちあげて、もう1度会いに行きなよ。そんで『好きです』って言っちゃいなよ。案外上手くいくかもよ?」

 ドリーは大慌てで否定した。
 
「いえいえいえ! 上手くいく、なんてことはあり得ません。私はその……男性から愛される容姿ではありませんから。人と話すことも苦手ですし、表情が乏しいとよく言われますし……」

 そうかなぁ、とアンドレは首をひねった。
 
 確かにドリーは『愛らしい』という表現が似合う容姿ではない。目眉はきりりと力強く、フェイスラインは男性のように精悍だ。手足は細く長く、身体全体の肉付きも薄い。
 あまり人との会話が得意ではないというのも、本人がそう言うのならそうなのだろう。
 
 ティルミナ王国では、貴族の女性の主な仕事は『社交』であるとされている。だからこそ貴族界では、愛嬌があり社交性に富んだ女性が重宝される。
 
 しかし愛嬌のある女性が重宝されるからといって、全ての貴族の男性が愛らしい女性を求めるという事はない。例えば鬼人レオナルドの横に並ぶのならば、愛嬌のある女性よりも、きりりと精悍な女性の方が絵になるだろう。
 社交に必要な処世術などというものは、訓練次第にいくらでも身に着けることができるのだ。

 アンドレはテーブルの上のドリーの手を握りしめ、打ち解けた口調でその名を呼んだ。

「ドリーはもっと自分に自信を持つといいよ。愛嬌のあるご令嬢は社交の場では目立ちやすいけどさ。それでも全ての人から好かれるわけではないし、全ての男性から愛されるわけではない。叶うことはないなんて決めつけず、積極的に行動すれば、意外とすんなりいっちゃうかもよ? 男性って、自分を好いてくれている女性には弱いもんだからさ」

 ドリーは何も返さずに、しかしアンドレの言葉を噛み締めるように小さくうなずいた。

 そのとき、一足早くパフェを食べ終えたシンシアが音もなく席を立った。レース模様のハンカチで口元を押さえ、そそくさと店の奥側へと向かっていく。帰宅の前に化粧直しやお手洗いを済ませてしまうつもりなのだろう。
 
 2人きりとなった場で、アンドレはドリーを見つめて微笑んだ。

「ドリー、また一緒にパフェを食べにこようよ。僕でよければいくらでも話を聞くからさ」

 そう言って優しく微笑めば、ドリーからははみかみ笑いが返ってきた。

「そうですね……ぜひまたご一緒してください。楽しみにしています」

 会話が一区切りしたところで、アンドレはパフェグラスに残ったコーヒーゼリーを口に運んだ。まだまだ尋ねたいことはたくさんあるが、欲を出してもいいことはない。
 『リトルプラネット』に足を運べばドリーに会えることはわかったのだし、一緒にパフェを食べる予定も取り付けた。今日のところはそれで十分だ。

「アンドレ、お尋ねしたいことがあるのですけれど……」

 少し緊張したドリーの声が聞こえ、アンドレはパフェグラスから視線を上げた。
 
「なぁに?」
「『魔女の妙薬』という物をご存じですか?」
「『魔女の妙薬』……知らないなぁ。それ、何なの?」
「飲めば美しくなれる薬、だそうです。繁華街のどこかに、そんな夢のような薬を売る店があるのだと」

 栄養剤の類だろうか、とアンドレは考えた。
 
 いつの時代も、美容は女性の興味の的。特に社交を仕事とする貴族の女性は、見た目の美しさにひときわ気をつかう。例えばクルミには美肌効果があるとか、キノコは腸内環境を整えてくれるとか、大豆を食べると髪が美しくなるとか、貴族の茶会はそんな美容に関する話題で持ちきりだ。
 
 しかし残念ながらアンドレは、美容に関しては人並み程度の知識しか持ち合わせてはいない。

「『魔女の妙薬』にも、『魔女の妙薬』を売る店にも、残念ながら心当たりはないよ。ドリーはその妙薬が欲しいの?」

 ドリーはゆっくりと首を振った。
 
「……いえ、どうしても欲しいということではないんです。よく聞く美容剤の類だろうと想像はつきますし」
「まぁ、そうだろうね。半年くらい前にも、そんな変わった名前の美容剤が流行ったよね。『天使の雫』だっけ? 僕もたまたま立ち入った商店で勧められたことがあるなぁ」

 アンドレは適当に返事をするけれど、ドリーは唇に指先をあて悩ましげな表情だ。

「美容剤の類だろうとは思うのですけれど、噂の内容が他とは少し違っていて。具体的な効能だとか、販売店名が不明のままなんです。『魔女の妙薬』という名称だけが独り歩きをしている……とでも言いましょうか……」
「……ふぅん?」

 何だかよくわからないな、とアンドレは思った。これ以上会話から得るものはないと悟ったのか、ドリーはゆっくりと首を左右に振った。

「すみません。私の言ったことは気になさらないでください。ただそんな根も葉もない噂を聞いた、というだけの話ですから」

 ドリーはそう言って笑うけれど、そのとき聞いた言葉は嫌にはっきりとアンドレの耳に残った。

 飲めば美しくなれる『魔女の妙薬』。繁華街のどこかに、そんな夢のような薬を売る店があるらしい―― 
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