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3章 ドS男と相棒業

23話 地下倶楽部

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 酒場を出たアンとグレンは、幅広の通りを横断し、ぽつりと佇む鉄製の扉の前に立った。薄汚れたれんが造りの外壁に、後から無理やり取り付けたかのようなその扉は、地下クラブの存在を知らなければ絶対にくぐろうとは思わない。

 錆びた取っ手に手をかけ、グレンは言った。

「扉の先に地下へと続く階段があるんだ。階段の先にまた扉があって、そこに人が立っている。前回俺1人で来たときは、そいつに追い返された。『ここはカップル限定のクラブだから、入りたければ相棒を連れてこい』ってさ」
「へぇ、今日はすんなり通してもらえるといいね」

 グレンの手が鉄扉を開き、2人はそろそろと扉をくぐった。
 
 扉の内側には、グレンが言ったとおり地下へと続く階段が伸びていた。色味のない石造りの階段だ。階段の左右には色あせたれんが造りの壁が伸びていて、低い天井にはランタンが揺れる。まるで地下牢へと続く階段のように、物々しく閉鎖的な空間だ。

 石造りの階段を20段も下りると、行く先にはまた鉄製の扉が見えてきた。扉の前には男性が立っている。ストライプ模様の燕尾服を身につけた品のいい男性だ。
 
 アンとグレンが階段を下り切るや否や、男性は2人に向けてうやうやしく頭を下げた。

「ようこそ地下クラブへ。当施設のご利用は初めてですか?」

 男性の問いかけにはグレンが答えた。

「初めてだ」
「左様でございますか。どなたかのご紹介でいらっしゃいますか?」
「紹介ではない。繁華街の酒場で、たまたまここの噂を聞いたんだ」
「では紹介状はお持ちではありませんか」

 いつも自信満々なグレンの顔が、珍しく不安にかげった。

「紹介状は持ってねぇが……」

 もしや地下クラブに入るためには、誰かしらの紹介状が必要だったのか。アンはドキドキとしながら男性の返事を待った。
 少し間をおいて、男性はまた丁寧な口調で言った。

「では会員登録料として、お1人様につき金貨1枚をいただくことになります。それとは別に本日分の入場料がお2人で金貨1枚。合計金貨3枚を頂戴しますが、よろしいですか?」

 どうやら紹介状の不所持は、金を払えば解決できる問題のようだ。ほっとした表情のグレンが答えた。

「金がかかるのは構わねぇよ。ちなみに紹介状があれば、会員登録料は丸々免除されんの?」
「現会員様の紹介状があれば、会員登録料は免除される規定となっております」
「あっそ、良心的な規定だね」

 グレンはズボンのポケットから金貨を3枚取り出し、男性に手渡した。
 すると金貨と引き換えに、男性はグレンに銀色の記章を手渡した。カーネーションをモチーフにした可愛らしい記章だ。

「こちらの記章が当施設における会員章となります。再発行には金貨1枚をいただきますので、紛失には十分ご注意ください。また他人への譲渡や貸与は重大な規定違反となり、発覚しだい当施設への立ち入りが永久的に禁じられます。くれぐれもご注意くださいませ」

 丁寧な口調で説明を終えた後、男性はアンの手のひらにも記章をのせた。小さいながらもしっかりとした重さがあり、細部までよく作り込まれている。アクセサリーとして身に着けていても違和感はなさそうだ。

 アンがシャツワンピースの胸元に記章を留め終えたとき、薄暗かった階段室にまばゆい光が射しこんだ。先へと続く扉が開かれたのだ。

 目がくらむほどの光と、大音量で掻き鳴らされる音楽と、そしてアルコールの匂いを混ぜた熱気が、扉の向こうから滾々と流れ出してくる。

「地下クラブへようこそ。どうぞ心行くまでお楽しみください」

 男性の声に背を押され、アンとグレンは光の扉をくぐった。

 ***

 扉をくぐり抜けた先には、地下とは思えない壮大な空間が広がっていた。
 遮蔽物のない広い空間には、100人を超える人々が滞在していて、彼らは弾むように踊る、踊る、踊る。大音量で掻き鳴らされる音楽に、天井でまたたく色とりどりの灯りに、むんと立ち込める熱気に、今にも飲み込まれてしまいそうだ。

 大音量の音楽にかき消されないようにと、アンは声を張り上げた。

「派手なクラブだねぇ。あたしも一般的なクラブには顔を出した経験があるけど、規模が桁違いだよ。人の多さも、設備の派手さも、音楽の音量もさ」

 アンの隣に立つグレンも、台風さながらのクラブの様子に圧倒されているようだ。

「地上のクラブじゃ、こんな派手な演出はできねぇよな……。ここまで大音量で音楽を垂れ流しちゃ、近隣の酒場から苦情の嵐だぜ」
「そうだねぇ。案外、これだけが売りの場所なのかもよ? グレンの想像するようないかがわしいことは何もなくてさ。イェレナ嬢がこのクラブに出入りしているのも、会員制で安心だからっていうだけなのかも」

 アンはそう言いながら、クラブの会場をぐるりと見まわした。広い会場に窓はなく――地下なのだから当然だが――出入り口以外に扉と呼べそうな物は見当たらない。
 会場の中央にはカウンター台があり、酒の給仕が行われているようであるが、特段おかしな点も見受けられない。
 
 ここが地下にあるだけの普通のクラブなら、アンとしては一安心だが、グレンは不満そうだ。

「普通のクラブ……なのかねぇ。そうだとしたら無駄足じゃねぇか。金貨3枚も払ったってのに」
「どうする? せっかくだし少し踊って帰る? あたし、ダンスはまるで駄目だけど」
「俺もそれほど好きじゃあない。せっかく高い金を払ったんだから、念のために聞き込みくらいはしてくるか……」
「じゃああたしは会場内を適当に散歩してくるよ。怪しい人が出入りしていないかとか、変な物が置かれていないかとか、そのくらいの事ならあたしでもチェックできるからさ」

 アンがそう提案すれば、グレンはぽんと手を叩いた。

「そうだな。やるべきことはさっさと済ませて、どこかで飯でも食って帰るか。お前んちの近くに洒落た飯屋があるだろ。俺、ずっと気になってんだよね。今日の晩飯はあそこにしようぜ」

 話すうちに、グレンの顔はみるみる笑顔になった。驚異的な切り替えの早さである。目を潰さんばかりの笑顔に圧倒されながらも、アンは「ああ、うん」とうなずいた。

「グレンがすぐに帰らなくてもいいのなら、夕食くらいは付き合うよ」
「よっしゃ。そんなら1時間後にここ集合な。会員制のクラブに野蛮人はいねぇと思うけど、一応気を付けろよ。知らないおっさんが菓子をくれても、ほいほいついていくんじゃねぇぞ」
「あたしは2歳児かい?」

 アンの文句には言葉を返さずに、グレンは軽い足取りで人混みの中へと消えていった。

 グレンと別れ1人になったアンは、どこを目指すでもなく会場内をふらふらと歩き回って過ごした。演奏隊の華麗な指技にしばし心を奪われ、踊り狂う淑女に足先を踏まれ、大音量の音楽にくらくらとめまいを覚えながら放浪する。
 アンたちが到着したときよりも人の数は増え、会場全体が1つの熱の塊のようだ。
 
 ひたいに浮いた汗粒をぬぐい、アンはぶつぶつと独り言を言った。

「それにしても暑いなぁ。怪しい物も見つからないし、どこかで少し休憩しよっかな……」

 行く当てもなく会場内を歩くアンの背後に、音もなく歩み寄る人がいた。
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