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終章

懺悔

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「メリオンさん。僕の懺悔を聞いてくれますか」

 夜、ベッドの中。クリスは重々しい表情でそう言った。

「懺悔?話して気が済むのなら、好きに話せ」
「ありがとうございます」

 本日の夜伽はしばしお預けか。数個外した寝間着のボタンはそのままにして、メリオンはクリスの語りに耳を傾ける。

「僕が魔導大学にいた頃の話なんですけれどね。魔導大学のある研究棟には地下室があったんです。その地下室は『地下治験場』と呼ばれていて、魔導大学内で開発された魔導具や、薬剤の治験を行っていました。被験者はロシャ王国内で犯罪者として捕らわれた魔族。魔導具で魔力を封じ、檻に閉じ込めて、非人道的な治験を行っていたんです」
「…ああ。王から多少の報告は受けているな。魔族と戦うための魔導具を開発していたんだろう」
「そうです。その治験上に幽閉された魔族の扱いは酷いものでした。薬剤の後遺症が残っている者もいましたし、足が切り落とされている者もいました。逃亡を不可能にするためです。そして僕はその治験場の管理者として働いていました。ほんの3か月程度ですけれどね」

 クリスと同様、メリオンも古い記憶を辿る。魔導具の共同開発に向けて、身分を隠し魔導大学を訪れたレイバックとゼータ。特に不都合もない帰国したように思われたレイバックは、帰国後すぐにロシャ王国の国王アポロに文を送っていた。文の内容は密告と忠告。当時、魔族友好派として国政の舵を切りつつあったアポロ政権。そのアポロ政権に反旗をひるがえすような動きが、魔導大学内にある、と。そしてアポロはその文を受けて、魔導大学内の各研究室を対象に異例の大監査を行ったのだと聞いている。

「治験場の管理者を任されたこと自体は別に良いんです。主な仕事は食事の配膳くらいでしたしね。それで僕が治験場を任されているときに、レイさんとゼータが視察員としてやって来たんです。僕は外交視察団としてドラキス王国を訪れた経験から、視察員の監視と接待を任されました」
「なるほどな。そこでゼータと再会した訳か」
「そういう事です。視察員と研究員が2人1組になって、行動を監視していたんですよ。そこまでするなら魔導大学内に魔族を入れるなと今なら思いますけどね。まぁその事は置いておいて。僕は運よくゼータの相方になったんです。それで僕も心を許してしまって、地下治験室への隠し扉がある僕の研究室に、ゼータを招いてしまったんですよ。扉が見つかる訳がないという自信もありました。でも悪いことに、ゼータは僕のいない間に隠し扉を見つけ、幽閉されていた魔族を目撃してしまいました」
「人の研究室を家探しするとは、研究員の風上にも置けんな」
「勝手に物を物色するなとは言ったんですけれどねぇ。ゼータの好奇心に完敗ですよ。それで国家機密を見られた僕は、ゼータをその地下治験場の一室に幽閉したんです。他の魔族と同じように魔力を封じる首輪をつけ、部屋の入り口を閉ざして。もちろん罪人と同じ扱いはしていませんよ。部屋と言っても僕が寝泊まりできる程度の設備があって、シャワーも自由に使えましたし、食事も1日3度運んできました。書物もたくさん置いていたから、慣れた頃にはゼータも中々快適そうでした」
「阿呆なのか、あいつは」
「単純だな、とは正直何度か思いましたよね。その後は察しの通りかと思いますが、ゼータは無事レイさんの手により地下から救出されました。ドラゴンの王の怒りを買った僕は手を切られ、胸を一突きにされるという末路です」

 クリスは手の甲に残る刀傷を指し、それから寝間着越しに胸をつついた。メリオンが幾度となく見たその胸には、確かに中心あたりに刺し跡が残っている。大分薄くはなっているが、恐らくその傷跡が消えることは一生ない。

「ゼータを幽閉した理由は何だったんだ。まさか口封じをするつもりだったわけでもあるまい」
「まさか。共犯者になってもらおうと思ったんですよ。魔族の立ち入りが許されないとされるロシャ王国ですが、実は国に認められれば魔族は住めるんですよ。目立たないよう人間に姿を似せる必要はありますけどね。僕がいた当時で、首都リモラだけでも100人ほどの魔族が暮らしていたはずですよ。運悪く国家機密を知られてしまったことだし、僕はゼータのことが気に入っていたから、共犯者として僕の研究室で研究員として働いてもらおうと思ったんです」
「ああ…それを王が認めるはずもないな」
「今思えばね。でも当時はうまくいくと思ったんですよ。自分で言うのも何ですけど僕、結構交渉は得意なんです。末路は散々でしたけれどね。一国の王に脅しとは言え武器を向けたのだから、仕方ないです」
「お前の懺悔は、ゼータを罪人にように幽閉していたことか?」
「いえ…」
「なら王に武器を向けたことか」
「…いえ」

 言葉を探し、クリスは黙り込む。一つ布団にくるまれた2人の間には、随分と長いこと沈黙が落ちる。

「…僕、いまだに当時の事を思い出すんです。ゼータを幽閉していた5日間の記憶です。でもその事を思い出すときに付きまとう感情は、後悔ではないんです。楽しかったなって。当時はゼータに対する恋心など自覚はできていなかったんですけれど、気に入った人物がいつでも手の届く場所にいて、僕の庇護を必要としているんですよ。すごく気分が良かった。悪しき感情だなとは思います。でもあの時に戻れたらどんなに満たされるだろうと思うことが、最近結構頻繁にあるんです。当時ゼータに着けていた魔封じの首輪の仕組みを思い出そうとして、何時間も経っていることがあるんですよ。僕は製作に携わってはいないし、一度参考に見ただけの資料の内容を覚えているはずもないんですけれど」

 なるほど、これがクリスの懺悔か。メリオンは小さく頷く。ゼータを地下治験室の一室に幽閉していた過去についての禊は済んでいる。レイバックの刀を受け死の縁に立たされた、十分な禊に値する。ゼータにもレイバックにも謝罪は認められ、2人の中ではすでに過ぎた事として処理されている。しかし当のクリスの中にはまだ根深く残る思いがある。一国の王妃を幽閉していた事への優越感、好いた存在を手元に置く事の満足感。
 そして当時の情に再び浸りたいという思いを抑えきれずにいる。人間族長という地位と、ようやく手に入れたゼータとの信頼関係。現在のクリスの立場を顧みれば、それはひどくよこしまで悪しき思いだ。確かに懺悔と言うに値する。

「夜、寝る前に妄想するんです。ポトスの街外れに一軒家を建てて、そこに地下室を作るんです。快適な方が良いですよね。お風呂を作って、本もたくさん置いて、大きなベッドも必要かな。そこにね、幽閉するんですよ。魔法を使われると簡単に逃げられちゃいますから、魔法を封じる手段は考えないといけませんね。魔封じの首輪を入手できれば一番手っ取り早いんですけれど、恐らく開発は頓挫しているだろうから難しいかな。薬漬けするというのもなぁ。積極的にやりたくはないんです。まぁ、魔力を封じる方法についてはおいおい考えるとして」

 独り言のように呟かれるクリスの言葉を、メリオンは無言で聞く。こうして口にする事でクリスが満足するのならば、それを受け止めるのは今や自分の役目だ。クリスの異常とも言うべき執着心は理解している。犯罪行為に手を染められるくらいなら、話を聞いてやるくらい簡単なものだ。

「調教とか躾とかそういうのはあまり興味ないんですけれど…。でも僕がいないと生きていけないんだから、きっと徐々に従順にはなると思うんですよ。従順なメリオンさんって、想像しただけで興奮します」
「あん?俺?」
「仕事があるから日中は一緒に居られないじゃないですか。夕方僕が地下室に入ったら、メリオンさんが縋り付いてくるんです。待っていたって言って。ああ…やっぱり首輪が欲しいなぁ。メリオンさんの髪と同じ色の革の首輪が良い。それで一緒に晩ご飯を食べて、お風呂に入って、もちろん夜伽はしますよね。僕が触れただけで乱れるくらいに調教できないかなぁ…。あ、前言撤回。やっぱり調教に興味あります。散々乱れて『クリス、お前がいないと生きていけない』って言ってほしいなぁ…」

 うっとりと顔を赤らめたクリスは、どこからともなく革のベルトを取り出した。ポトスの街の逢瀬宿で同様の物を見たことがある。夜伽の玩具として使用される、手錠の役割を果たすベルトだ。

「実現見込みは今のところないですけれど、今の話ちょっと気にしていてほしいんですよ。僕の性格上、できると確信すれば確実に実現に向けて動きます。僕が『一緒に一軒家に住まないか』と言い出したら危険信号です。即刻逃げてください。一度家に立ち入れば恐らく逃げられませんし、先ほどの話を僕は忠実に実行することでしょう。あ、このベルト。とりあえず今日はこのベルト使わせてもらって良いですか?本人に向かって懺悔したんだし、多少のお痛は許されますよね。適度に支配欲を発散しておかないとそのうち暴走しそうです。あと今すでに暴走しそうです。下半身が」
「おい待て、犯罪者予備軍」



***
メリオン「王に危険人物引受手当を申請するか。お前の過去を鑑みれば認められるだろう」
クリス「でもそれ、僕が貰うはずの淫猥人物引受手当と相殺されてゼロになると思いますよ」
メリオン「…」
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