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終章

名探偵シルフィー-2

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 ポトスの街の大通りを、ゼータとシルフィーは速足で歩く。できるだけ目立たないようにと腰をかがめ、時折物陰に身を潜めながら、人ごみの中に目立つ金色の頭を探す。
 いた。ゼータとシルフィーの進む先、10mばかり離れた場所にクリスがいる。隣にはメリオンの姿もある。シルフィーは「いたいた」と囁きながら、小うさぎのように2人の後を追う。隣を歩くゼータは不安げな表情だ。

「シルフィー、やっぱり後をつけるのは不味いですよ」
「大丈夫だよ。もしも気付かれちゃったら、堂々と『偶然だねぇ』って言えばいいんだよ」
「それはそうですけど…」
「ゼータ、もう少し早く歩いて。見失っちゃうよ」
「すみません」

 気が付かれたらどうしよう。ゼータの心配をよそに、尾行は順調に進んだ。大通りを抜けたクリスとメリオンが、まず立ち寄った場所は書店だ。書物の他に文具の類もそろえる大型の書店。品揃えが豊富なため、ゼータも頻繁に訪れる場所だ。クリストメリオンは入り口付近で会話を交わし、それから揃って書店の中へと入っていく。背の高い本棚に隠れ、2人の姿は見えなくなってしまう。

「ゼータ。私、すぐそこの店に行ってくるね。動きがあったらすぐに教えて」
「はい?」

 ゼータが首を捻ったときには、シルフィーはとことこと通りを歩いていく。行く先にある物は、女性向けの服飾店だ。店の雰囲気はシルフィーの好みと大分違うようだが、気になる品でもあったのだろうか。ゼータは疑問を感じながらも、言われたとおり書店の出入り口観察に勤しむのである。
 それから数分と経たずに、ゼータの元にはシルフィーが戻ってきた。とんとんと背後から肩を叩かれ、ゼータは振り返る。

「ゼータ、お待たせ」
「シルフィー。早かったです…ね…」

 ゼータは驚愕した。背後に立っていたその人物は、シルフィーであるがシルフィーにあらず。先ほどまで身に着けていた薄水色のワンピースはどこへ行ったのやら。儚げな外見の少女は、半袖に短パンという少年のような姿に様変わりしていた。長い髪は帽子の中に押し込められている。遠目から見れば、シルフィーだとはまず気が付かない格好だ。

「…もしかして変装ですか?」
「そうだよ。尾行なんて初めてだからわくわくしちゃう。これ、ゼータの分ね」

 シルフィーの右手が、ゼータの頭に黒い帽子をのせた。シルフィーの頭にある帽子と揃いのものだ。

「いやいや…。帽子くらいじゃあまり変わらないですって」
「そんなことないよ。目深にかぶれば目元が隠れるから、意外とわからないものだよ」
「そ、そうでしょうか…」

 シルフィーの言葉に疑問を感じつつも、帽子を精一杯目深にかぶるゼータである。
 それから間もなくすると、書店からはクリスとメリオンが出てきた。2人とも手には紙袋を下げている。袋が重たげに揺れているところを見ると、何冊かの本を購入したようだ。尾行再開、シルフィーが嬉しそうに囁く。

 書店を離れたクリスとメリオンは、続いて住宅街にある老舗の菓子店へと足を運んだ。出入口には古びた看板を構え、店内はそこそこの広さがある。ゼータは立ち寄った経験がない店だが、甘味好きのシルフィーはその店を知っていた。

「ここのお饅頭、美味しいんだよねぇ。食べたくなっちゃった」

 2個のケーキを平らげたにも関わらず、シルフィーの食欲は満たされないようだ。石造りの壁には煙突の排気口が取り付けられており、確かにそこからは饅頭の蒸ける良い匂いが漂っていた。ガラス扉の向こうにクリスとメリオンの背中を眺めながら、ゼータはシルフィーに言う。

「シルフィー。そろそろ尾行はお終いにしませんか?これ以上2人に張り付いていても、面白いことは何も起こらないですよ。ただたまたま一緒に買い物に来ただけですって。そういうこと、あるでしょう?現に私とシルフィーだって、こうしてたまに2人でお茶をするわけですし」

 黒い帽子に隠れたシルフィーの頭頂部に、ゼータは必死で語りかける。現在までのところ、クリスとメリオンの距離は至って平常だ。平常とはつまり、「適度な距離を保ちながら行動している」という意味である。例えば仲睦まじく手を繋ぐだとか、道端で突然キスをするだとか、そんなTHE・恋人同士な行動は一度たりともしていないのだ。それも当然である。恋人の片割れはあのメリオンだ。もしもメリオンが猫撫で声で「クリス」と囁き、クリスの手のひらに自らの手のひらを絡めることがあれば、明日ドラキス王国は破滅を迎えるだろう。人には向き不向きがある。
 しかし恋人らしい行動を一切していなくても、こっそり後を付けられているというのは良い気持ちはしないだろう。できれば尾行に気付かれる前に、シルフィーとともにこの場を離れたいものだ。ゼータの密かな願いには、熱い眼差しが返される。

「ゼータは、メリオンが女性になった理由を聞いた?」
「…いえ。不慮の事故としか」
「私はね。クリスの謀なんじゃないかと疑っているの」

 ゼータの鼓動は大きく跳ねる。なぜだ。なぜこの幼い少女が真実に行き着いてしまったのだ。逸る気持ちを懸命に抑え、ゼータは口を開く。

「えっと…シルフィー…。どうしてそう思ったんですか?」
「だって普通に考えたらおかしいじゃない。『不慮の事故に行き会った』なんてメリオンは言っていたけれど、不慮の事故で女性になるって何?肉体の性別を転換させる魔法は、精霊族と妖精族の一部の人にしか使えないの。希少な魔法なんだよ。メリオンが突然女性になったのは、自分でそうなることを望んだが、そうでなければ誰かに強引に魔法をかけられたってこと」
「そ、その『誰か』というのがクリスであると?」
「これは私が秘密裏に入手した情報なんだけどね。あの日、メリオンとクリスは揃って休暇届を出していたんだよ。一緒に馬車に乗り込む姿を見た、なんて情報もある。多分、クリスが言葉巧みにメリオンを誘い出したんだよ」

 まずい、一言一句合っている。ゼータは焦る。

「でも、メリオンを女性にする意味がわからないですよ。もしも、仮に、クリスがメリオンに対して好意を抱いていたとしましょう。それでも男同士でも良い話じゃないですか。メリオンを強引に女性にする意味が…」
「キセイジジツだよ」
「…キセイジジツ?」

 シルフィーの口から飛び出した聞きなれない言葉。ゼータは説得の言葉を区切り、シルフィーの説明を待つ。

「キセイジジツというのはね、人間が恋の駆け引きに使う手法だよ。相手の心よりも先に、身体を手中に収めるという狡猾的な戦略。つまりクリスはメリオンと想いを通わせるよりも先に、子どもを作って強引に自分のものにしちゃえ!って思ったんだよ」

 なるほど、既成事実か。場合によっては合理的な手法ともいえるが、恋愛と繁殖活動が安易に結びつかない魔族には馴染まない言葉だ。性に関して寛容な魔族は、ただの遊戯として気軽に人と身体を重ねる者が多い。それによって子ができても、必ずしも行為の相手が父や母となるわけではない。子を産んだ母が一人で育てることなど普通だし、父となる相手が特定できるときには打診して引き取ってもらうこともある。全くの他者に譲り渡される場合もあるのだ。性にも血縁関係にも頓着しない魔族の、奔放な家族関係である。
 呑気に既成事実の意味合いを受け止めるゼータであるが、シルフィーの推理に返す言葉は浮かばない。シルフィーの言葉は真実を捕らえている。正しく導かれた真実を捻じ曲げる事など、言葉での駆け引きにおいてただの凡夫でしかないゼータにはできるはずもないのだ。

 ゼータはすっぱりとシルフィーの説得を断念した。せめて余計なことは言うまいと、口を引き結んで菓子店の出入り口観察に勤しむ。間もなく菓子店から出てきたクリスは右手に小袋を抱え、メリオンは饅頭らしき物体を掲げている。まさか「はい、あ~ん」などと甘々な行動を見せつけられやしないかと、激しく視線を泳がせるゼータであるが、小さな饅頭はあっという間にメリオンの口内に消えた。そりゃそうだよね、と一安心である。
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